21:開かれたトラブルの箱
「ミーメ嬢。よく来てくれました」
「呼ばれましたから」
ヘルムス様と希少素材倉庫へ赴き、倉庫が荒らされているらしい事が明らかになった翌日。
ワタシはヘルムス様の部屋へとやって来ていた。
ヘルムス様以外に人影はなく、ワタシが席に座ると共にヘルムス様は魔術を活用して淹れてくれたらしい紅茶を出してくれたので、素直に飲む。
うん、香り高く、渋味がない。
銘柄などは分からないが、良いお茶だと思う。
魔力は薄いが。
「それで、ヘルムス様。昨日の件はどうなりましたか? ワタシは話せること話しましたが」
「とりあえず担当者は大慌ての状態になっていて、昨日から徹夜で調査をしている状態ですね。そして、ミーメ嬢なら分かっていると思いますが、現状は関係者にしか事件は知らされておらず、知った関係者は静かにしているように言われています。外で話さないように気を付けてください」
「分かりました」
さて、昨日の件だが……静かな騒ぎとでも言うべき状態になっているらしい。
どうやら今日呼び出されたのは、情報共有だけでなく釘刺しもあるようだ。
「さて、この先の王城側の行動ですが……先ず確定している事としては、希少素材倉庫の中にある物は一度全て外に出されて、記録と照らし合わせることになりました」
「それは当然の事ですね。被害状況を正しく把握できていなければ、調べるも何もありませんから」
「そう言う事ですね。中には単純に保存状況が正しくなかったものや、元から状態が悪かったものも含まれているようですし、これだけでも難事になる事でしょう」
希少素材倉庫の中にあった物で異常が見られた物は、異常の方向性で分類できる。
つまり、劣化、偽造、紛失だ。
この内の劣化については、単純な知識不足や設備不十分もあるだろうし、今後の為にも別の意味で調査が必要になるだろう。
問題は偽造と紛失だが……。
「ヘルムス様。量と種類によっては年単位の話になるのでは?」
「なるでしょうね。恐らくですが、私たちは期せずして、長年にわたり詐欺、横領、窃盗などが行われていた現場を暴いてしまったのでしょう」
単純な手口でよければ幾らでも思いつく。
なんなら、希少素材倉庫に入れられた時点で偽物にすり替えられていたとかもあるだろう。
希少素材倉庫に入れられるのは、王城に持ち込まれるも、直ぐに使い道が見つからなかった数が少ない素材がメインのようだから、入れ替えタイミングなんて幾らでもあったはずだし。
そして、長期間にわたってそれが行われていたとなると……組織的な犯罪とか、癒着とか、腐敗とか、そう言う部分まで疑う必要があるだろう。
うん、実に面倒な話だ。
「まあ、その辺りについては、こちらでじっくり確実に詰めていきますので、ミーメ嬢は気にしないでください」
「分かりました」
なので、関わらなくていいと言うのなら、喜んで関わらない方向で動かせてもらおう。
「他に確定している事項としては……ドラゴンの素材については入れ替えられていた事が確定しています」
「そうなのですか?」
希少素材倉庫にあったドラゴンの素材と言うと……私が狩り、サギッシ男爵が持ち去り、王城が接収したもので、爪、牙、角があったか。
アレが偽物?
確かにドラゴンの魔力は感じられなかったが、見た目は間違いなくドラゴンの物だとワタシは思ったのだが……。
「ええ。専門家が調べたところ、別の魔物の爪や牙を何かしらの方法で一つに固めて、精巧に見た目を模している物だと判明しました。我が家……トレガレー公爵家が宝物品として保有している同じドラゴンの鱗が未だに魔力を保有している点から疑ったのですが、それが正しかったわけですね」
「なるほど。そうなると、模造品を作った者は相当優れた職人ですね。他の素材の現状を知らなかったワタシには本物にしか見えませんでした」
「そうですね。私も優れた職人が作ったと言う点には同意します。見た目は本当に本物そっくりでしたから」
どうやらワタシは見事に騙されたらしい。
後で聞いたところ、ドラゴンの素材と言うのは野風に十年晒しても風化せず、魔力を保持し続けるくらいには頑丈との事で、よほど劣悪な環境に置いたとしても四年程度では劣化などしないようだ。
「後は……そうですね。ミーメ嬢が感知した扉にかかっていた魔術については、こちらでも感知出来ました。専門家曰く、相手が王城が把握していない第二属性持ちなのは間違いないだろうとの事です」
「そうですか」
魔道具の扉と言うか、扉になっていた部分の壁についても既に調べは入っているらしい。
「ヘルムス様。魔術が何時頃かけられたのかなどは分かりますか?」
「聞いていませんね。ただ、私たちが入る前、希少素材倉庫が最後に開かれたのは一週間と少し前との事なので、一週間以内なのはほぼ確実でしょう。この推定第二属性持ちの魔術師については、至急捜索する予定になっています。が、見つけられるかと言われれば……厳しいものがあるでしょう」
「まあ、それはそうですよね……」
一週間以内か……。
ワタシが入城したのと同じくらいの時期に、と言う事だろうか。
ただ、件の魔術師を探せるかと言われれば、たぶん無理だ。
なにせ……。
「第一属性が『肉体』なら、左目の色を右目と同じにするくらいは、発想さえ出来れば難なく出来るはず。見破るには相手の魔術を上回る必要がある。第一属性だけの魔術師では、よほど気合いを入れないと無理でしょうね」
「ええ、ミーメ嬢の言う通りです」
瞳の色を変えると言うのは、属性によってはそこまで難しい事ではないし、右目の……第一属性の色に揃えるだけならなおの事と言う奴だ。
そして、瞳の色を変える魔術に第二属性を絡められたら、その出力を超えるのは第一属性だけでは厳しい。
ワタシの隠蔽が見咎められていないのも、そう言う理屈だ。
「それでミーメ嬢。このような状況だからこそ、ミーメ嬢には二点ほどやっていただく必要が出てきてしまいました」
「なんでしょうか?」
と、ワタシに何かあるらしい。
ヘルムス様がこれまでにないくらいに神妙な顔でワタシの事を見ている。
「一つ目、ミーメ嬢の第二属性と本来の目の色を私に明かしてください。宮廷魔術師の他、察しがいい者たちはミーメ嬢が第二属性持ちである事に既に気付いています。そして、希少素材倉庫を開けられた事から、渋々ではありますがミーメ嬢も本件の容疑者として認識しています」
「だからヘルムス様に明かすことで身の潔白を証明しろ、と?」
「そう言う事です。勿論、伝える相手は限らせていただきますので、その点は安心してください。申し訳ありませんが、お願いできますか?」
「分かりました」
……。まあ、アレだけやりたい放題していれば、第二属性持ちであると察せられるのは当然の事なので。これについては仕方がないか。
第二属性だけなら、どうしても隠したい事でもないし、ヘルムス様相手なら明かしてもいいだろう。
そこまで考えて、ワタシは自分の左目に掛けてある隠蔽の魔術を解除。
それだけでワタシの左目は赤紫色に輝き始める。
「これでいいですか? ちなみにワタシの第二属性の正式名称は『人間』になっています」
「……」
「ヘルムス様?」
「え、あ、はい。大丈夫です。もう戻されても構いません」
「そうですか」
ワタシの左目を見たヘルムス様は何故だかボウっとした様子だった。
この左目に魅了作用の類は無かったと思うのだが……どうしたのだろうか?
とりあえず左目には再度隠蔽をかけておく。
「ゴホン、二つ目です。希少素材倉庫の扉を開ける時に仰っていた、グロリベス森林でミーメ嬢の狩りの光景を見せると言う話。アレを出来るだけ早急にして欲しいそうです」
「誰を連れていくかなどは決まっていますか?」
「私は確実に連れていって貰えるように捻じこ……ゴホン、調整しました。他に宮廷魔術師が一人に、騎士を三名か四名ほど連れて行けるなら、連れて行って欲しいそうです。当然ながら、偽の証言などをされないように派閥などが別の面々になりますが、魔境の中でミーメ嬢の指示に逆らうような愚かな行動を取るような馬鹿者は選ばないので安心してください」
捻じ込むとか言ったな、ヘルムス様。
いやまあ、自称弟子として見たいのだろうけども。
四年前の時は一週間しかなかったのもあって、狩りに同行させるような事はしなかったから。
なんにせよ、ワタシの指示をきちんと聞いてくれるのなら、六人ぐらい連れて行っても何の問題もない。
なんなら、その倍でも何とかして見せるぐらいだ。
口には出さないが。
「分かりました。それなら大丈夫です。ワタシは何時でも行けますが……。何時にしますか?」
「では明日にでも向かいましょう。既に準備は整っていますので」
「明日ですか。ではもう少し準備内容について詳しく伺ってもいいですか? ヘルムス様」
「勿論です、ミーメ嬢。この部屋で間食でも楽しみながら、話しましょう」
しかし、ここまで用意周到となると、ワタシが王城に居ない方が都合がいい誰かが居そうな気になってきてしまうな。
ただ、ワタシとしても都合がいい話である。
そんなわけで、ワタシは間食を食べつつ、準備の詳細を伺い、必要な修正については口を出した。




