20:魔術鍵の扉
「……。二人とも。話しても問題のない範囲で構いませんから、この扉について知っている事を私に教えて貰えますか?」
「は、はいっ!」
「かしこまりました!」
ヘルムス様の言葉に従って、騎士たちが改めて希少素材倉庫の扉の仕組みについて話し始める。
動揺している部分、話してはいけない部分、本人たちも知らない部分もあるので、上手く話が繋がらない部分もあったが……まとめるならこうなるらしい。
・この扉は無数にある魔道具の鍵の束から、正しい組み合わせの鍵を二本挿し、異なる人間がそれぞれの鍵へ魔力を流し込み、同時に起動する事によって稼働する仕組みである。
・鍵の中には正しい組み合わせが複数存在していて、これは担当者以外には教えられない。
・正しい組み合わせであっても、前回と同じ組み合わせでは反応せずに警報装置が起動する。
・間違った組み合わせでも、警報装置は当然起動する。
・この仕掛けは外から開ける時だけでなく、内から開ける時にも機能している。
・開いた扉は一定時間経過で自動的に閉まるようになっていて、正当な理由以外で閉まらない場合も警報装置が起動する。
との事だった。
つまり、正規ルートで希少素材倉庫を開けて、中で作業し、出てくるためには、最低でも正しい鍵の組み合わせを二通り知っていて、二人以上の人間が協力する必要があるらしい。
完全無敵には程遠いが、中々の鉄壁具合の仕組みと言えるだろう。
ただ、脱出方法を考えなければならない現状の助けにはならないだろう。
「つまり、鍵穴が消えているのは仕様外の事象。何かしらの魔術になるわけですか」
「はい、そうなります……」
なにせ、ワタシたちが今外に出られないのは、扉に本来あるべき鍵穴が消失していると言う異常現象によるものなのだから。
「これは困りましたね」
「申し訳ありません。我々の管理不行き届きです」
「謝罪については、本当にそうだったかは今後の調査を待ってからにしましょう。現状は何も分かっていないに等しいのですから。それよりもです。元々、最終手段以外で取るつもりのない方法でしたが、扉に魔術が掛けられているのでは、扉を力技で壊して脱出するわけにはいかなくなりました。扉も犯人に繋がる貴重な証拠になっているわけですから」
ヘルムス様が悩む様子を見せている。
この希少素材倉庫は使う素材を厳選し、強化の魔術を多重に付与された建物の形をした魔道具だ。
だがそれでも、この倉庫を建てた魔道具職人たちは所詮第一属性しか持っていない魔術師である。
なので、第二属性を有しているヘルムス様なら、力技で壁なり天井なりを破壊して脱出する事は可能だろう。
が、それは出来ない。
「いったいどれだけの品がすり替えられているのか、あるいは紛失しているのか。それを調べる事を考えると周囲に被害が及ぶような魔術は出来るだけ用いりたくないのですよね」
力技で破壊すると言う事は、余波による周囲への被害が少なからずあると言う事。
倉庫内の品物が何者かによって漁られている事が明らかになった現状、倉庫内の品々はどれも証拠品になり得る。
だが、今後調べるのなら、それなりに強度がある壁を無理やり壊すような魔術の余波に晒すのは、可能な限り避けるべき事柄だろう。
何がどう影響するか分からない状況なのだから。
また、単純に無理やり突破すれば、扉の先に居る誰かを傷つけるかもしれないし、犯人に気取られるかもしれない。
あるいは犯人の置き土産が鍵穴を消すだけではなく、別の罠があって、それが起動する可能性も一応は考慮しておくべきだろう。
「ヘルムス様」
そうして考えていくと……まあ、これが一番スマートなやり方になるか。
「どうしましたか? ミーメ嬢」
「ワタシが開けます」
「良いのですか?」
ワタシの言葉にヘルムス様が尋ねてくる。
鍵穴のない扉を開けられるとなれば、面倒な疑いを持たれるし、誹謗中傷の類もされかねない。それを心配するような響きを持たせながら。
「ワタシが犯人ではない……。と言うより、犯行を行う理由がない事は簡単に証明できますから」
「具体的には?」
「グロリベス森林に何人か連れて行って、ワタシの狩りの光景を見せます。それだけで、希少素材倉庫の素材をわざわざ盗むなんて無駄な事をしなくていいのは明らかですから」
「……。分かりました」
うん、心配してくれるのは嬉しい事だ。
そして、ワタシの証明方法で問題ないと判断してくれたのだろう。
扉の前に立っていたヘルムス様が場所を譲ってくれる。
「ではお願いします。ミーメ嬢」
「分かりました」
ワタシは扉に手を当てると、針のように細くした闇を扉を構築する素材の隙間へと潜らせる。
そうする事で、ワタシの頭の中に扉にどういう魔術が付与されているのかの情報が入って来て……二つほど気付く。
一つはこの扉の正体。
どうやら、魔道具の本体は鍵の方であるらしく、二本の鍵に込められた魔術によって、この場所へ一時的に扉を作っていたらしい。
つまり、扉に変化する部分の壁を普通に弄ったところで、扉にはならないらしい。
もう一つはこの扉に掛けられた魔術の端的な情報。
第一属性は恐らく『肉体』、第二属性は……『回帰』、『思い出す』、『再現』と言った感じの『精神』属性に近いもののようだ。
どうやら、扉として開けられた状態を思い出させる事によって開け、扉にされる前の素材の頃を思い出させることによって内側の鍵穴だけを消してみせたらしい。
『肉体』の概念の範囲を他者どころか、石と木と鉄で出来た壁にまで適用している辺り、だいぶ腕のいい魔術師でもあるようだ。
まあ、これだけ分かれば十分だ。
これ以上の置き土産も無いようだし、扉として開けられたと言う結果が染みついているのなら、人間が創造した物である事も相まって、ワタシにはどうとでもなる物でしかない。
「開け」
「流石ミーメ嬢……」
「「!?」」
ワタシの前で壁が扉に変わり、ゆっくりと動き始める。
ワタシがしたことは単純だ。
警報装置を一時的に無力化した上で、ワタシの第三属性『万能鍵』の力を込めた闇を素材間の隙間を通して外側にまで回し、闇を鍵穴に差し込んで扉を起動。
幾つかのルールを、マスターキーと言う概念で以ってねじ伏せて、扉には普段通りに動いてもらっただけの事である。
「では出ましょうか」
「ええそうですね」
「「……」」
と言うわけで、脱出成功である。
なお、安全と証拠保全の為にも、ワタシは外へ出ると同時に、闇人間の膂力に物を言わせて扉は取り外しておく。
当然騎士たちから、何をしているんだ。と言う顔は向けられるが、そこはヘルムス様が素早くカバーしてくれた。
そして、そのワタシを庇うためのヘルムス様の言葉を聞いたところから、一気に場が騒がしくなった。
「急いで関係各所へ報告しろ!」
「なんてことだ……守るべきものが守れていなかっただなんて……」
「落ち込むのは後にしろ! 三人一組で行動! 急ぎつつも慌てず、今はまだ何も起きていないかのように動くのだ!」
まあ、当然の事である。
彼らの職務内容や知識からして希少素材倉庫の中へと立ち入り、素材の状態を確かめる事は元々無かったのだろうけど、守っていた物がいつの間にか盗まれていたのだから。
失態には変わりない。
「ヘルムス様。少しいいですか」
「なんでしょうか? ミーメ嬢」
そしてこの先はワタシの仕事ではないだろう。
と言うわけで、先にヘルムス様と共有しておくべき情報を共有しておくとしよう。
「宮廷魔術師の中に、第一属性が『肉体』。第二属性が……そうですね、『回帰』『思い出す』『再現』と言った属性の方はいらっしゃいますか? もしも居るなら、その方が第一容疑者となるのですが」
「……。いえ、私が把握している限りでは居ませんね」
「本当に? 恐らく左目が紫系統の色だと思うのですが」
「師弟の間柄に誓って居ないと断言させていただきます」
「なるほど。となると、王城に所属していない第二属性持ちになりそうですね」
「ミーメ嬢。その話、後で騎士たちに尋ねられた時もお願いします。第二属性持ちが関わっているとなると、こちらの動き方も変わってきますので」
「分かりました」
どうやら扉に細工した魔術師は王城が……少なくともヘルムス様は把握していない第二属性持ちであるらしい。
まあ、ワタシと言うトリニティアイ……第三属性持ちが市井に居た以上、そんな人間が他に居たとしても異常ではないか。
「それにしても第二属性持ちの肉体属性魔術師でありながら、王城の魔道具職人の傑作魔道具にも干渉出来る魔道具職人……。それほどの人間が、この希少素材倉庫に集められている程度の素材を求める? 自分で取りに行った方が早いと思うのだけれど……」
むしろ分からないのは動機の方であるのだけど……。
うーん、考えても仕方が無いか。
この辺りはやはりワタシの仕事ではない。
ワタシが今日やるべき事は、事情聴取に粛々と応じて、話せることは素直に話すだけだ。
「ところでミーメ嬢。闇属性でどうやって魔道具の扉を開けたのですか?」
「それは……闇属性のちょっとした応用と言う奴です。まあ、ワタシぐらいでなければ出来ませんが」
「なるほどそうですか」
勿論、話せない、話す気がないことは話さないのだけど。




