19:希少素材倉庫
「ヘルムス様。確認させてください。今日は水属性の魔道具を制作する。なので、ワタシにその手伝いをして欲しい。との事でしたよね?」
「ええその通りです。私の第二属性も利用した魔道具で、計算通りなら一度に大量の水を生成する魔道具が出来上がる事になります」
朝食後。
ワタシはヘルムス様の後に続く形で、これまで行ったことのない通路と言うか部署を歩いていた。
「なるほど。それで何故、ワタシたちは工房ではない方へと向かっているのでしょうか? これまでなら、工房の方で、魔道具職人の方々が必要な素材も道具も揃えて貰っていましたよね?」
「それなのですが、今回の魔道具の制作には希少な素材を使用する予定があるのです。そして、その希少な素材が置かれている倉庫に立ち入り、物を持ち出すための手続きと言うのが、制作に関わる当人以外が行うと非常に面倒でして……」
「ヘルムス様がご自身で行った方が早い、と?」
「そう言う事ですね」
どうやらこの辺は倉庫が集まっている辺りであるらしく、それぞれの倉庫の担当であるらしい兵士または騎士だけでなく、王城の外からやって来たらしい商人の姿も見えている。
そうして歩いていく内に見えてきたのは、他の倉庫よりも一回り小さい建物。
ヘルムス様がその建物へと遠慮なく入っていったので、ワタシもそれに続く。
「ミーメ嬢。ここが希少素材倉庫です。施設自体が保有する防護力なら、王城内でも宝物庫の次に堅固な建物ですね」
建物の中に入ってまず見えたのは、木と石と鉄を組み合わせて作られた重厚で大きな扉。
その脇には複数人の騎士が立っていて、更にその背後には何本もの鍵が並んでいる。
「希少素材、ですか」
「ええそうです。王国各地から回収された魔物の素材の中で希少であると同時に、直ぐには使われなかった素材たちは此処に収められて、使われる時が来るまで保管されることになります」
「直ぐには、と言うのは?」
「その特性が分かり易かったり、質が高かったり、使う予定が先に定まっていたり、そう言った素材は希少であっても此処には入らないと言う事です。此処に保管されるのは……そうですね。少なくとも一月以上は保管し続ける事が決まった素材ですね」
「なるほど。要するに希少ではあっても、ちょっと使い道に困る素材だと、その使い道が思いつくまでは……」
「此処行きになりますね」
ワタシとヘルムス様の間に何とも言えない空気が流れる。
まあ、魔物の素材では時折ある事だ。
魔道具の素材になるのが基本的に魔物の肉体である以上、生きていた頃の魔物の性質をそのまま引き継いでいる素材も少なくはない。
そして、その中には魔道具にした際に、付与された魔術に毒気を帯びさせるだとか、加熱するだとか、そう言う性質を持った素材もある。
他に素材がないならともかく、王国各地から貴重で良質な素材が集まって来る王城ではそれらをわざわざ好き好んで使う理由もない。
と言うわけで、この倉庫に集めて、半ば死蔵しているのだろう。
そして、そんな物なのに警備や管理が厳重なのは……ただその場にあるだけで危険だったり、希少である事に変わりはなく高値で売れたり、悪用されれば危険であるが確保はしておきたかったり、と言ったところだろうか。
まあ、倉庫については警備関係の実験も兼ねているかもしれないが。
「『船の魔術師』ヘルムス様。及びその同行者様一名。今から倉庫を開けますが、中に入る際には規則に従い我々二名も同行させていただきます」
「ご不便をおかけいたしますが、これも規則ですので、どうかよろしくお願いいたします」
「分かっています。こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
と、準備が整ったらしく、騎士二人がそれぞれに鍵を持って、ワタシたちの前に立つと、ヘルムス様に向かって敬礼をする。
「では開けさせていただきます」
騎士二人が扉の前に立ち、それぞれに鍵を挿し込み、回す。
すると扉が独りでに動き出して、ゆっくりと開いていく。
どうやら、希少素材倉庫の扉は巨大な魔道具であったらしい。
「ミーメ嬢なら気付いていると思いますが、希少素材倉庫の扉は魔道具になっています。詳細は私も知りませんが、物理的な構造を真似するだけでは意味がなく、対となっている鍵を使わなければ絶対に開かない。だそうです」
「素晴らしいですね」
前世知識で似たものを上げるのなら、電子カードキーの扉、あるいは銀行の金庫に近い物になるだろうか?
少し探ってみた感じ、希少素材倉庫は壁も床も天井も魔術による強化が念入りにかけられていて、普通の魔術師では突破するのに何日もかかりそうで、扉も同様の強度を誇っているようだった。
宝物庫の次に堅固と言うヘルムス様の言葉は嘘でも過言でもなさそうだ。
「どうぞ中へ」
騎士二人に挟まれる形で、ワタシとヘルムス様が倉庫の中に入る。
そして、ワタシたちが入ると直ぐに扉が独りでに閉じていき、ガチャリと言う大きな音と共に完全に閉まる。
「さあミーメ嬢。此処が希少素材倉庫です」
それから倉庫内の明かりが灯る。
「……」
まず見えたのは……大量の棚、そして大量の冷凍倉庫の魔道具。
ついで、温度や湿度を調整するための魔道具たち。
最後に……とても大きな魔物の牙、爪、角と言った、棚に収まらないサイズの素材だった。
「何か言いたそうですね。ミーメ嬢」
「そうですね……」
ああうん、最後の牙、爪、角についてはぶっちゃけ見覚えがある。
ワタシが狩って、貴族に取られたドラゴンのそれだ。
なるほど、ワタシから盗み取った貴族は没落したと聞かされていたが、接収された素材は王城に眠っていた、と。
「やはり四年も経つと、魔道具の素材にするに当たっては使い道を変えないといけなくなるのだなとは言いたくなりますね」
この希少素材倉庫の保管環境はかなり良い物ではある。
だが、劣化を抑えるのにも限界はあるのだろう。
四年前、ワタシが狩った直後の感覚からすると、保有している魔力がだいぶ抜けてしまっていて、素材が元々持つ魔力を生かすような魔道具を作るのには向かない状態になってしまっている。
それでも大量の魔力を保有できる事には変わりないはずなので、使い道自体はあるだろうが……実に勿体ない。
「なるほど。あのドラゴンの素材はサギッシ男爵から接収された後、一部は魔道具に加工され、一部は
成果を上げた貴族に下賜されるなどしたそうですが……。ミーメ嬢がそう言うのなら、一度解析に回した方が良いのかもしれませんね」
下賜か……。
まあ、王や貴族の権力を示すのにそう言う事をするとは聞いたことがあるので不満は無いが、それはそれとして勿体なくは思う。
あれだけの素材なら、色々な魔道具を作れただろうに……。
ああ、本当に勿体ない。
「しかし、希少なだけで質そのものはあまり良くないみたいですね」
ドラゴンの素材への感想を終えたところで、ヘルムス様が歩きだしたので、ワタシは倉庫内に置かれている素材の状態を確認しつつ付いていく。
希少素材倉庫と言うだけあって、倉庫内の品々の大半はワタシが見たことがない素材ばかりではある。
だが、含まれている魔力と言うか、素材の状態的にはそこまで大したものではない。
「ははは。ミーメ嬢が狩ってこれる魔物と比べないでください」
「それはそうかもしれませんが……」
ワタシは棚に填められたガラスの向こうに見える毛皮を見る。
魔力は既にほとんど含まれておらず、仕留める時に付いた物なのだろうけど傷だらけの毛皮だった。
アレでは魔道具の素材としても、芸術品としても、価値は殆ど無いだろう。
他の素材も似たような状態にある物は多く、本当に希少なだけではないかと思う。
「ヘルムス様。こちらにお求めの品があるはずです」
「ありがとう。さて……おや?」
ヘルムス様が冷凍の魔道具の中から小さな箱のような物を取り出し、その中身を確かめ……首を傾げる。
「ミーメ嬢。すみませんがこれを見て、率直な意見をお願いします」
「? 分かりました」
ワタシはヘルムス様に見せられた箱の中身を見る。
凍り付いた花のように見えるが……。
「これはただの花ですね。魔力が殆ど含まれていない。残滓もない。魔道具の素材にする事は出来るでしょうが、希少素材倉庫と言う場所でわざわざ保管するような物には見えないですね」
ワタシは素直に答える。
そして、ワタシの答えを聞いたヘルムス様は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ヘルムス様?」
「どうやら大掃除が必要なようですね。最初の納入の時点で別物だったのか、それとも何者かがこの倉庫に侵入したのかは分かりませんが、倉庫の品がおかしくなっているようです」
「「!?」」
ああなるほど。
希少素材倉庫らしくない品だと思ったら……本当に希少素材倉庫に相応しくない品だったらしい。
「ヘルムス様、我々は……!」
「分かっています。貴方たちは真面目に職務に励んでいたはず。しかし、現に倉庫内の品がおかしくなっている。この分だと、他の素材についても調査をするべきでしょう。いずれにせよ、これは由々しき事態です。貴方たちの無実を証明するためにも、まずは外へ出て、状況を然るべき場所へと伝えなければいけません。行きましょう」
騎士たちとヘルムス様が倉庫の入り口へと向かっていくのでワタシも少し離れて付いていく。
しかし、横領か、窃盗か、詐欺か……いずれにしても王城相手に大それたことを考えるものが居たものである。
「っ!? か、鍵穴が……無いっ!?」
「詳しい説明を」
「そ、そのままの意味です! この扉は内側から開けるのにも鍵を挿す必要があるのですが。か、鍵を挿すための鍵穴が……無くなっているのです!」
「どうなっている!? き、緊急時用の外部連絡装置も動かないだと!? いったい何がどうなっているんだ!?」
青ざめた騎士たちの言葉で二つ分かった事がある。
この件を起こした奴は、並大抵の魔道具職人ではないらしい。
そうでなければ、王城に勤める魔道具職人たちの傑作であろう扉の魔道具に、誰にも気づかれる事なく小細工を施す事など出来るはずもないのだから。
そして、ワタシたちは倉庫に閉じ込められ、外との連絡も付かないらしい。
宝物庫に準じるくらいに頑丈な倉庫の中に、だ。
さて、この状況、どう解決するのが、一番静かで平穏に終わるだろうか?




