18:嫌がらせが始まって?
ワタシの魔術についてヘルムス様、ユフィール様、ジャン様の宮廷魔術師三人に話してから数日が経った。
それはつまり、ワタシが王城に来てから既に一週間程度が経ったと言う事でもあった。
この間、ワタシがやる事はまだそこまで大きく変わってはいない。
基本的には学習。時々、ヘルムス様の手伝い。稀に、ワタシが闇属性なのを証明する時に会ったディム様の下で闇属性の魔道具の製造と魔力補給をする。と言う状態だ。
なのでまあ、傍目にはワタシはだいたいヘルムス様の背後について回る少女あるいは見習い魔術師のような扱いとなっていた。
「またですか」
だからこそだろうか。
公爵家の三男にして宮廷魔術師であると言う有望株であるのに婚約者が居ないヘルムス様の近くに現れたお邪魔虫。
平民で、普通の見た目で、闇属性で、年端もゆかない、なのにヘルムス様の傍に居続ける事が許されている不可解な女。
一部の女性からワタシはそのように認識されてしまったらしい。
そして、そんな嫉妬に由来するものなのだろう。
ここ数日は嫌がらせのような行為がされている。
「生乾き……。これ、わざわざ時間をずらして取り込んでいるのか、水をかけているのか……まさか、水属性の魔術? 逆に関心したくなってきたかも」
うん、嫌がらせ……なのだとは思う。
出した洗濯物が敢えて生乾きの状態で返されるとか(王城内には乾燥の魔道具もあるので、取り込んだ時に微妙な状態なら緊急でそちらへと入れるはずである)。
ワタシに出された紅茶だけが妙に渋く、砂糖が入れられる事もないとか(王城に勤めるほどの侍従が茶の淹れ方を知らないとは考えづらいし、砂糖の準備が無いのもあり得ない)。
横を通り過ぎる時に歩調を変えて、脚の長さの差などをアピールしてくるとか(歩調は緊急事態や他の者に合わせるなどの理由がなければ、一定にするのが淑女として望ましいそうだ)。
ワタシにギリギリ聞こえる範囲で悪口を言われているとか。
そんな感じの、指摘するとそれはそれで角が立ちそうなぐらいの微妙な塩梅の嫌がらせと思しきものはされている。
ちなみに悪口の内容としては、ワタシが闇属性なのに隠そうともしないのが気に入らない、なんて言う差別意識を露わにしつつもまだ納得が出来るものもあれば、ワタシがヘルムス様に魅了の魔術を使って取り入っている、などと言う、ちょっと拙いことになりそうな悪口まである。
「水分を対象に侵食還元。これでよし、と」
ワタシは闇属性の魔術で洗濯物をきっちり乾かす。
まあ、この程度の嫌がらせなら、貴族のお嬢様らしい可愛いものである。
ワタシが狩人としてグロリベス森林に通い始めた頃に受けた嫌がらせの中には普通に命の危機に繋がる物もあったからな。それに比べたら、魔術一つで対処可能だったり、味覚的には何の問題もない行為だったり、むしろ周りから憐れみを向けられるような行為など、本当に可愛いものである。
悪口だって、城下の方がもっと直接的で鋭かったですわよー。ってな感じだ。
「さて、明日も早いし寝ますか」
そんなわけでワタシは呆れながら今日の活動を終了。
そして翌日。
ワタシは普段通りに食堂へと朝食を食べに行き。
「おはようございます。ミーメ嬢」
「おはようございます。ヘルムス様」
夜勤が無かったはずなのに何故か居るヘルムス様と合流。
机を挟んで座る事になった。
うん、ワタシの前ではヘルムス様はだいたい笑顔なのだけど、今日はなんだか作ったような笑顔になっている気がする。
今日はちょっと念入りに隠蔽の魔術を展開しておこう。
「食事をしながらで構いませんので、聞いてもらえますか?」
「分かりました」
ワタシは朝食のベーコンを口へと運ぶ。
うん、香辛料や焼き具合などは良いのだけど、魔力が薄い。
ちょっと王城に来る前の食事が懐かしくなってきたかもしれない。
次の休み辺りで、魔境に一度赴いて確保してくるべきかもしれない。
「ミーメ嬢が王城に来た時に突っかかって来た騎士の事は覚えていますか?」
「それは……まあ、存在したことは覚えています」
ヘルムス様の言葉にワタシは頷く。
なお、名前、容姿、属性などはもう覚えていない。
アレっきりで関わりなど無かったので。
「その騎士……ソシルコットですが、貴族主義者の中でも問題がある者である事が分かりましたので、近い内に左遷して、性根から鍛え直すことになりました。ああ、まだ内々の話なので、外には漏らさないで下さいね」
「左遷ですか」
ワタシは王城の常識に疎い。
なので、左遷がどれほどに重い罰なのかは分からないが、少なくとも出世コースとやらからは外れる事になるのではないだろうか。
そう考えると、中々に重い罰であるように思える。
そんなワタシの疑問が顔に出ていたのだろう、ヘルムス様が言葉を繋げる。
「ミーメ嬢の件を受けて、ちょっとした検査を行ったところ。平民からはもっと税を取るべきである。平民など奴隷と同じ扱いでいい。魔術を使える平民など早々に使い潰すべきだ。としか取れないような回答をしたのです。全くもって愚かしい。王でも領主でもない、それどころか文官ですらない。新人上がりの騎士風情が何様かと……しかもそれを部分的に実行し始めているとなれば……容赦など不要でしょう?」
「その……お疲れ様です」
「ありがとうございます。ミーメ嬢」
あ、はい、ごめんなさい。思想に問題ありで左遷妥当でした。
ワタシはそんな感想を抱きつつ、ヘルムス様に労いの言葉をかける他なかった。
「ああそれと。ミーメ嬢に嫌がらせをしている一部の女性の方々についても、王城は把握していますので安心してください」
「ひゅっ……」
ただ、その次に続いたヘルムス様の言葉と表情には、ワタシは変な声を漏らさずにはいられなかった。
「ああ、ミーメ嬢にそう言う事をしたから問題なわけではありませんよ。王城に勤める者でありながら、己の職務を満足に果たせないような人間には出世も昇進もない。ただそれだけの話です」
「そ、そうですか……」
「ええ。此処は王城。国の中枢です。陛下が支配される場所です。相手によって仕事の出来栄えを変えると言うのなら、それは陛下のご意思に沿って行われるべきものです。自分の意思で勝手に変えるような者に下される評価など、低くなって当然ですよ」
「そ、そうですねー……」
これだから貴族は怖いのだ。
嫌がらせが始まったと思ったら、既に十分な情報を仕入れて、結末が決定されている。
我が身に降りかかってもどうと言う事はないけれど、この用意周到さだけは本当に怖い。
「そもそも彼女たちは私とミーメ嬢の関係性を聞かされてもいない。知る事も出来ていない。それくらいには主流から外れている人材です。そんな人材が自分に任された仕事すら真面目にこなさないのですから、侍従たちの管理を任されている侍従長などは私以上の笑みを浮かべていましたよ」
「わ、わぁ……」
「ちなみに流言飛語の類は状況と規模さえ慎むのなら、特に制限は設けていません。不満の捌け口はあった方が良いですから」
「そ、そうなんですね……」
え、えーと、流言飛語……悪口の放置は本当にそれで良いのだろうか?
ワタシの耳が捉えた通りだと、ヘルムス様も他の宮廷魔術師もワタシの魅了の魔術を見抜けていない木偶の棒になってしまうし、ヘルムス様がこのロリ巨乳と言っても差支えのない体型を好んでいるロリコンになってしまわないだろうか?
それはヘルムス様の名誉を著しく傷つけることになってしまうと思うのだけれど……。
いや、ヘルムス様なら、何かしらの手を既に打っているのだろう。
ワタシが気にする事ではないはずだ。
「そう言う事ですので、王城としてはミーメ嬢をしっかりと守っていくので、今のまま勤めていただければと思っています」
「わ、分かりました……」
それはそれとして、何故だろうか、囮、と言う言葉が頭から浮かんで離れない。
まあ、ワタシが囮にされる分には別にいいか。
ワタシなら仮に致死性の猛毒を盛られたところで、即時感知と無害化までは常時展開している魔術で出来る。物理的な手段なら、もっと楽に対処可能なのだから。
「それではミーメ嬢。折角なので、今日の予定についても話しておきましょうか」
「あ、はい」
その後、ワタシは朝食を食べつつ今日の予定について教えて貰い、朝食を食べ終えると、その予定に従って動き始めた。




