17:建国神話
「じゃ、部屋の片づけと鍵の返却は俺っちの方でやっておくから、こっちの食器類はヘルムスたちで頼むわ」
「分かった」
「かしこまりました」
片付けが始まって直ぐにジャン様が提案をしてくれた。
なので、ヘルムス様とワタシはその提案に従って、自分の手荷物は手で持ち、昼食と夕食の二食分の食器類は専用のカートに載せると、部屋の外へと出た。
「ではミーメ嬢。向かいましょうか」
「はい、ヘルムス様」
そして、ワタシの闇人間がカートを押す形で食堂に向かって移動を始める。
順番としてはヘルムス様とワタシが横並びになって、闇人間が後ろに続く形だ。
「さて、ただ歩くのもなんですから……少しだけミーメ嬢の勉強になるような話をしながら歩きましょうか。どのような話がいいですか?」
「……。では、建国の頃の話などお願いできますか? その、恥ずかしながら、ワタシは国の名前もはっきりとは知らないぐらいなので」
「そう言えばそうでしたね。では、そうしましょうか」
既に夕食の時間も過ぎているし、今日は舞踏会の類もないため、王城内の人通りは少ない。
夜に勤務をする方々の気配が時折しているくらいだ。
「この国の名前は『グロリアブレイド王国』と言います。国の名の由来は初代国王……『開拓王』と呼ばれる方の属性に由来しています。此処から先の話は王国建国期の話です」
ヘルムス様の話が始まった。
昔々、と言っても今から500年ほど前の事。
海の向こうから、後の『開拓王』を含む開拓者の一団が、王都の南西方向にある入江……後のトレガレー公爵領へとやって来て、この土地の開拓を始めたらしい。
『開拓王』は『光』と『剣』の属性を操る魔術師であり、優れた剣士であり、秀でた為政者でもあった。
『開拓王』の仲間たちも優れた戦士であったり、職人であったり、魔術師であったりと、それぞれに異なる得意分野を持ちつつお互いに協力も出来る、非常に優秀な集団だった。
そんな彼らが開拓を始めたのだから、土地の切り開きは然したる苦労もなく進んでいったそうだ。
「そんな中、今現在の王都がある場所。つまりは此処で『開拓王』の一団はドラゴンに遭遇したそうです」
「ドラゴンですか……」
『開拓王』たちが遭遇したドラゴンは、ドラゴンの中でも少なくとも一回りは強力な個体だったらしい。曰く。
空を飛べば、広げた翼とその巨体で世界が闇に閉ざされた。
口を開けば底なしの闇が広がり、牛一頭を丸のみにする事も容易だった。
爪を振るえば鋼鉄の盾が紙切れのように引き裂かれ、尾が振るわれれば巨石も砕け散る。
駆ければ馬より速く、そもそも、直ぐ近くに迫るまで吐息の音も体を擦る音も聞こえなかった。
その息は酸のようにあらゆるものを溶かして消し去る。
その鱗は千の矢も百の槍も跳ね返し、高名な魔術師が渾身の力で放った魔術ですら僅かな傷をつけるのがやっとだった。
との事。
あーうん、困った事に誇張表現はたぶん混ざっていない。
闇属性のドラゴンで、ワタシがかつて遭遇して狩ったドラゴンよりも成長した個体だと考えれば、これくらいの事は出来てしまう。
と言うか、闇属性が今の王国で嫌われている遠因、さてはコイツだな。
建国神話に出て来るようなドラゴンが闇属性なら、そりゃあ悪役のイメージも強くなる。
前に調べた時はそこまで調べてなかったから、気づかなかった。
と、そんなワタシの感想はさておき、ヘルムス様の話はまだ続いている。
「『開拓王』たちとドラゴンの戦いは三日三晩続いたそうです。何人もの仲間が犠牲にもなりました。そして四日目の朝、もはやこれまでかと精魂尽き果てかけた『開拓王』は、それならばと自身の持てる力の全てを一点に集めて放つことにしたそうです」
「ふむふむ」
「その力は光り輝く大剣となって放たれ、自分たちと同じように疲れ果てていたドラゴンの頭から胸の半ばまで切り裂き、絶命させました。こうして、多大な犠牲を払いつつも、『開拓王』はドラゴンを討伐せしめたのです」
「凄いですね」
『開拓王』はドラゴンを討伐した。
それはつまり、この地の支配者がドラゴンから『開拓王』に移った事になる。
するとこの時に『開拓王』は神の声を聞いたらしい。
「『汝が求める力を授けよう』だそうです」
「……」
ワタシはヘルムス様のその言葉に思わず黙った。
ワタシも聞いたことがある言葉だったからだ。
「この言葉を『開拓王』はトリニア神からの啓示にして褒美であると受け取り、既に御年四十近かった王はこれ以上の戦いの力ではなく豊穣の力を求めたそうです。すると『開拓王』の体に一つの異変が生じました。額に第三の目が現れたのです」
少々の違いはあれどワタシにも覚えがある変化だった。
第三属性に目覚めた人間は瞳の数が足りないので、そうなるのだ。
「トリニア教で聖者として崇められるトリニティアイが新たに生まれた瞬間でした。以降現代に至るまで、新たなトリニティアイは少なくとも王国の耳目が届く範囲では生まれていないそうです」
ワタシの秘密の重みが一気に増した瞬間だった。
「なるほど。そうしてこの王国は海の向こうにある元の国から独立する事が認められたわけですね」
話の流れを断ち切るように、ワタシは言葉を口にする。
「いいえ。あー、その、その辺りは少し何とも言えない事情がありまして」
「事情?」
「『開拓王』がトリニティアイとなる数年前。その時点で、トリニア教の聖地でもある旧本国とでも言うべき国は滅んでいます。なんでも大量の魔物に襲われたそうでして。聖地に至っては今でも魔境に沈んだままだと聞いていますね」
「……」
「『グロリアブレイド王国』と国境を接する国はありません。陸路にしろ海路にしろ、一月近くは旅をしなければ他の国には辿り着けません。何処までも未開拓の魔境が広がっています。そんな場所ですので、誰かしらが王にならなければ、国は保てなかったそうです。そんな中でトリニティアイになった『開拓王』はとても良い象徴だったそうで……」
「つまり、『開拓王』は一地方の長になる気はあっても、王になる気は無かった?」
「とも言われています。真偽は不確かですが」
なるほど、『開拓王』は祭り上げられてしまったのか。
とは言え、元々リーダー的な立場の人だったようだし、能力も十分にあったようだから、少なくとも本人以外は間違いなく幸せだったのではないだろうか。
「こうして『グロリアブレイド王国』は成立し、『開拓王』はトリニア神から授かった『豊穣』の魔術によって国に繁栄をもたらした。少々まとめてしまいましたが、これが我が国の建国話となります。参考になりましたか、ミーメ嬢」
「はい、とても」
しかしこうなると……一応尋ねておくか。
「ところでヘルムス様。仮に現代にトリニティアイが現れたらどうなりますか?」
「……。そうですね。まず、出来る限りの要望を叶えられるように誰もが動くでしょう。トリニティアイにはそれだけの権威があります。そして、少なくとも王族か公爵家か……その辺りと縁戚になるように婚姻を結ぶことになるのは確実でしょう。その後は本人の適性、人格、属性次第となりますが、基本的には対魔物における切り札的な扱いになるのではないでしょうか」
「なるほど」
ワタシはヘルムス様の言葉に小さく頷く。
と、食堂に着いてしまったか。
「宮廷魔術師のヘルムスです。食器を返しにまいりました」
「ヘルムス様! そんなわざわざ……ありがとうございます。っ!?」
「あ、すみません。ワタシの魔術ですので、害はありません」
「そ、そうなの……」
食堂の中から女性の侍従が嬉しそうに姿を現して、ワタシの闇人形に一度驚いてから食器を載せたカートを受け取る。
はて、この時間帯の女性の勤務は限られていると言う話だったが……。
「夜遅くまでありがとうございます」
「いえいえ、ヘルムス様の為ですもの。その、この後にお時間などは……」
「すみません。まだ用事がありますので」
「そうですか……」
なるほど、ヘルムス様目当てか。
あからさまに残念そうな顔をしている。
「ではミーメ嬢」
「はい」
そして、ヘルムス様とワタシが背を向けたら、ワタシの背中に向かって恨みがましそうな目を向けてきている。
まあ、恨みがましいだけで、実害はないので無視するが。
「まったく、困ったものです。私に婚約者が居ないからとその座を狙う人間のなんと多い事か」
「やっぱりそうでしたか」
「そうそう。食堂に着く前の話の続きですが、仮にトリニティアイが女性であるならば、その時はほぼ間違いなく私が婚約者として選ばれると思います。婚約者の居ない公爵家の三男坊にして宮廷魔術師。顔も悪くないので、トリニティアイの相手としてはもってこいだと我ながら思うところですので」
「そうですか」
「師匠……興味なしですか?」
「弟子が望まぬ婚姻を強制されるならともかく、嬉しそうに話しているのですから、否定をする気なんてありません」
ヘルムス様が何とも言えない顔をしているが、ワタシは努めてその顔を無視する。
今ここで顔を見られて、ワタシの秘密を知られたら、どう動くか分からないので。
「ではミーメ嬢。また明日」
「はい、ヘルムス様。今日もありがとうございました」
そうして歩いている内にワタシとヘルムス様は王城に勤める人間の寮……その内の女性寮へと着く。
そして、寮の入り口で別れ、ワタシは自分の部屋へと移動。
部屋に隠蔽の魔術をかけて、誰も部屋がある事も、部屋の中も認識できないようにする。
「……。トリニティアイ、か」
その上でワタシは自分に常時かけている二つの隠蔽の魔術を解除する。
ただそれだけでワタシの左目は赤紫色に輝きだし……。
胸元を盛り上げるように、宝石のように輝く灰色の瞳が現れる。
「まあ、隠すしかないか。貴族のご婦人なんてワタシには出来ない」
四年前、ドラゴンとの死闘の果てにワタシは第三属性を得る機会に恵まれた。
そして、得た第三属性を活用する事によってワタシはドラゴンを討ち果たした。
第三属性を得たワタシは知っている。
第三属性に至るにはとある発想が不可欠だが、その発想は現代の常識から大きく外れている事を。
第三属性は至った人間が自由に選べてしまうため、悪意持つ者が手にした時が極めて危険な事を。
第三属性を絡めた魔術の破壊力は規格外であり、第二属性までとは文字通りに格が違う事を。
だからワタシは口を噤んで隠す。隠し通す。
第三属性にどうやったらなれるかを墓まで持っていく。
そんな決意を既にしている話に宗教と政治まで絡んでくるとなったら、ワタシにはどう考えても対応できない話だ。
故に隠す。
誰に何と言われようとも。
それでトラブルが起きたのなら、天秤に逐一かけるしかない。
それがワタシに出来る、ワタシと世の中の平穏を保つ方法だった。
聖剣伝説L〇Mの珠魅を思い浮かべて貰えれば、ミーメの第三の目は分かり易いと思います。




