16:何処まで明かすか
「なるほど~発想としては単純な足し算と引き算なんですね~」
「そうですね。生成と還元、付与と抽出などは正にそうだと思います」
「操作と変形の相性が悪いのは、どっちも動かすの範囲だからか。力が分散しちまうんだな、きっと」
「特化については他を下げる事によって、特定のものが高く跳ね上がる、と。なるほど、分かり易いですね」
ワタシの魔術理論についての話はまだ続いている。
いや既にワタシだけが話すのではなく、議論のような態勢に移っている。
「その特化ですか、ヘルムス様は覚えていますよね?」
「勿論覚えていますとも。ミーメ嬢から教わった話の中でも特に研鑽を積んだものですので。おかげさまで、今は『水』からは淡水、海水、泥水、純水と出せますし、『船』の方からも船そのもの以外の要素を出せますよ」
「素晴らしいですね。流石はヘルムス様です」
「ーーーーー……」
「おおっ、ヘルムスの奴が何か見た事のない感じの笑顔を……」
「なるほど~。そうなると私の場合は~……」
ただ、その議論は非常に楽しいものだった。
これまでワタシは一人で研鑽を積み、実戦で試す事ばかりしてきて、こんな深い部分の話は出来ていなかったから。
時には実験も挟みつつ行われた議論は、本当に楽しかった。
「ミーメちゃん~。これなんかはどう思いますか~? 神に祈りを捧げる事で発動するような魔術なのだけど~あ、こっちは精霊にお願いするものね~」
「これは……ちょっと分からないですね。ワタシの魔術理論は神様や精霊のようなワタシが見たことがない物は想定していませんので」
「こちらは複数人で行う儀式魔法だな。どうだ?」
「う……何と書いてあるのかも……」
「ミーメ嬢にとって古代トリニア語は学習の範囲外でしょうからね」
そして、ワタシとしても非常に実りのある物だった。
これまで一人だったから分からなかった部分や、理論の穴と言うべき部分を指摘して貰えて、それへの対応分だけ理屈がしっかりとしたように思える。
ちなみに古代トリニア語と言うのは、前世知識でいう所の英語に対するラテン語のようなもので、他の人の詠唱にあった『ダークボール』とか『フレイムランス』とか言っていた部分をさらに古くしたような言葉となる。
うん、平民であるワタシに分かるわけがない。
「しかしこうなると、俺っちのように『槍』の属性を持っているならともかく、そうでないなら槍の形に変形させる意味はないって事か?」
「いえ、そこはその魔術に求めるもの次第だと思います。突貫力とでも言うべきものを求めるのなら、魔術でなくても槍のように先を尖らせた物を用いるのが妥当だと思いますので」
「なるほど。むしろ、目的の為にしっかりとした形を作る必要がある、と。ジャン、槍の中にも色々とあるはずだから、調べてみるのはどうだ?」
「そうだな。騎馬槍、投げ槍、手槍、普通の槍、穂先の形に重量の具合……あー、考える事の数がヤベエな。だが、用途と状況に応じて成形先を変えられれば、それだけ鱗を貫きやすくなるか」
勿論、得られる情報もちゃんとある。
今なら、ジャン様が頭の中で思い描いた様々な形と長さの槍を炎で作り出している姿をワタシたちに見せてくれている。
炎の揺らめきの制御具合を場所ごとに調整しているらしいその姿は、ジャン様の実力の高さと『槍』と言う自身の属性への造詣の深さをよく示している。
「ミーメちゃんが詠唱少なめなのも~この八つの顕現の組み合わせであると割り切っているからですかね~?」
「それもありますし、慣れもあると思います。使い慣れていない魔術の時やしっかりと発動したい時はイメージを固めるのに詠唱はしますので」
「ミーメ嬢が一番使い慣れているのは、やはりあの闇を固めて作った人間の魔術ですか?」
「そうですね。アレが一番便利な魔術なので使い慣れています。その、この体だと自分で何かするより、闇人間にやってもらった方が早いものでして」
なお、時刻は既に昼を過ぎ、直に夕食の時間になるほどだ。
なので、ユフィール様が侍従の方々に頼む形で部屋の外に食事を用意してもらい、ワタシの闇人間で部屋の中へと運び入れ、各自が適当に摘まむ形式になっている。
それほどに議論が活発になっていた。
「さて~、急いで確認するべき事は出来ましたかね~?」
ただそれでも夕食の時間が終わる頃には流石に落ち着いてきた。
これで終わりかと思うと少し寂しい気もするが……寝ないと体に良くないし、切り上げ処ではあるのだろう。
だからユフィール様の言葉に応じる形でワタシ、ヘルムス様、ジャン様が頷く。
「では最後の確認ですが~ミーメちゃんはコレを公表して有名になりたいですか~?」
「……。いいえ。ヘルムス様から貴族院では魔術に関する知識を制限する事で、力を持つべきでない人間が力を持たないように工夫されているとお聞きしています。ワタシの魔術知識を無制限に公表する事は、そう言う人間にも力を与え、社会を混乱させる事に繋がると思います。なので、ワタシは公表しようとは思いません。教えるにしても、相手は選ぶべきだと思います」
ワタシは少し悩んでから首を横に振る。
確かに多くの人が力を手にした方が、救われる命も多くはあるのだろう。
魔術と言う力は、魔物と言う不倶戴天の敵と戦うに当たって、剣や鎧に並ぶほどに重要な力の一つになる。魔物と戦わなくても、日常生活を豊かに便利にするのに魔術は欠かせないのだから。
だが、そうしたメリットを手放してでも、力を持つべきでない人間が力を得ると言うデメリットは潰さなければならない。
それはこの国の事情を少し冷静になって考えたのなら、当然と言えてしまうような結論だった。
「ミーメちゃんが賢明で助かりますね~」
「いえ」
「ほっ……」
「お前が安心すんのかよ。ヘルムス」
そう、この国は意外と危ういのだ。
まず、魔境と言う魔物の生息地が国中に在る。
国境の外は必ず魔境であり、なんなら各貴族の領地と領地の間にも魔境があって、そこを開拓するのが国是であると同時に国の最前線であると定められていて、何処も油断ならない状況らしい。
王都近くにある魔境……グロリベス森林は資源回収場所として残されているものだが、そこですらドラゴンのような強大な魔物が潜んでいる可能性があって、そう言った強大な魔物の動向次第では街の一つや二つくらいは簡単に滅びてしまう可能性がある。
だからこそ、そんな魔物に対抗するために魔術は重要なものなのだが……力を持つべきでない人間が力を得た時にその力を向けるのは魔物に対してではなく、愚かにも他の人間に対してなのだ。
そして、ワタシは別としても、普通に優秀程度の魔術師が背後からそう言った人間に撃たれれば、勝てる相手にも勝てなくなってしまう。
おまけに魔物の中には人間同士の大規模な争いを感知して漁夫の利を狙う者も居ると、風の噂で聞いたこともある。
で、そんな流れの果てに待っているのは国の滅びなわけで……。
うん、やはり、見せる相手は限らないといけないと思う。
少なくとも、公にするのなら、そういった力を持つべきでない人間が力を得た時にどう対処するのかの方策が出来てからでないと、国を栄えさせるどころか滅ぼしてしまう事だろう。
「そうなると~見せるのは~……まずはあの人と陛下のお二人にして~その先はお二人次第かしらね~?」
「あの人?」
ただ、ワタシに誰に見せるのかと言う判断は出来ない。
なので、この場を取り仕切るユフィール様に判断を委ねる事になるのだけれど……。
「私の旦那様よ~宮廷魔術師長なの~。あの人の考えとこの理論の相性も良いから~絶対に味方になってくれるわ~」
ワタシはユフィール様の言葉に少しだけ驚く。
ユフィール様の夫が宮廷魔術師長……つまりはヘルムス様たち宮廷魔術師の長だとは思いもしなかったからである。
いやだって、ユフィール様ってどう見ても二十代前半……いっていても二十代後半で、対して宮廷魔術師長なんて役職に就いている人なら、どう若く見積もっても四十代だろう。
そんな二人が夫婦、結婚……年の差夫婦と言う奴だろうか?
いやでも、ユフィール様は貴族のようだし、貴族ならそれぐらいの歳の差は普通と言う事なのだろうか?
あるいは職場結婚?
わ、分からない。いったいどういうことなのだろうか。
凄く質問をしたいと言うか、色々と尋ねたくなる。
いや待て落ち着けワタシ。ワタシはそもそも宮廷魔術師長の顔も知らないのだ。憶測で何かを言うべきじゃないし、不躾に物を尋ねるべきでもない。
そう言う失礼な事はするべきじゃない。
ワタシより年上の美人な宮廷魔術師様がどんな夫婦なのかについては、16歳と言う年頃の乙女として非常に気になるけども!
「ミーメちゃん~?」
「はっ! 何でもありませんユフィール様! ワタシの理論の方、よろしくお願いいたします!」
「任されたわ~」
ワタシはユフィール様に元気よく返事をする。
「さてそう言う事だから~。ミーメちゃんは話を漏らさないように気を付けてね~。ヘルムス君はしっかりとミーメちゃんを守る事~。ジャン君はその手助けをしてあげて~。それと~諜報部隊のお二人については~今日の事は他言無用でお願いね~。もしも漏れていたら~……メッってしちゃうわよ~」
「「「!?」」」
ユフィール様の言葉……特に滅の部分でヘルムス様、ジャン様、諜報部隊の人たちが竦み上がる。
ああなるほど、権力的にも実力的にもユフィール様がトップだったらしい。
「それじゃあ今日は解散ね~。私はこれをあの人に届けるから~ヘルムス君たちは後片付けお願いね~」
「分かりました」
そうしてこの日の話し合いは終わる事となり、ワタシたちは後片付けを始めるのだった。
ミーメはユフィールの年齢を知りません(重要)




