15:八顕現
「ミーメ嬢。予定が合いましたので、今日は他の宮廷魔術師の方にミーメ嬢にとっての魔術の基礎を説明して貰えますか」
すり合わせから数日。
いつものように隠蔽の魔術を使ってヘルムス様と朝食を摂っていた所、このような事を言われた。
「大丈夫です。何時からですか?」
「この後すぐですね」
「分かりました。では、食べ終わり次第と言う事で」
「ええ、それで大丈夫です」
なお、この数日間のワタシの仕事はヘルムス様の後ろについて王城内を歩き回り、各部署の位置や基本的な礼儀作法を学ぶことだった。
だが、各部署の長や文官の人たちとの顔合わせは無かった辺り……たぶん、まだ警戒されていると言うか、ワタシと接触する人間を限っているんだろうなと言うのは察している。
まあ、これについては闇属性のイメージと実際に出来る事を考えたら、妥当以外の何物でもないし、ワタシとしても助かる事なので否はない事である。
「こちらです。ミーメ嬢」
「はい」
そんなわけなので、ヘルムス様に案内された先の部屋に居る宮廷魔術師らしき方がヘルムス様含めても三人しか居ないのも、妥当な事だとワタシは判断した。
ちなみに、宮廷魔術師以外の方も二人ほど居るが、こちらは諜報部隊とか影とか呼ばれるような部署に所属する人だと思う。
何かしらの手段で姿を隠しているようなので。
まあ、ワタシ相手に並の隠蔽は通じないので、ワタシ目線ではバレバレであり、むしろ視線を向けないように注意を払ってあげないといけない訳だが。
閑話休題。
「こんにちは~、ミーメちゃん」
「こんにちは、ユフィール様」
ワタシはこの部屋に居る宮廷魔術師の一人、ユフィール様に挨拶をして、握手を交わす。
「初めまして、ミーメ嬢。俺っちはジャン・フォン・ベリンリンと言うんだ。宮廷魔術師の一人で『焔槍の魔術師』の二つ名を戴いている。今日はよろしくな」
「初めまして。ジャン様。ミーメと申します。本日はよろしくお願いします」
それからもう一人の宮廷魔術師、赤い右目と鉄色の左目をした軽鎧を身に着けた騎士のような風貌の男性と握手を交わす。
「ヘルムス様。これで全員、と言う事でいいんですよね?」
「ええ、その通りです。私を含めて宮廷魔術師三人が今日はミーメ嬢から話を聞きます」
「分かりました」
ヘルムス様はそう言いつつ、諜報部隊の方が隠れている方を一瞬だけ見る。
ヘルムス様が気が付いていて気にしていないのなら、やはり気にしなくていいと言う事なのだろう。
それと同時に、今日の集まりの主旨も概ね理解した。
此処に居るのは、たぶんヘルムス様と親しい宮廷魔術師の方でありつつ、判断は冷静に下せる方々。
つまりはワタシの味方に割合なってくれやすい人たちと言う事になる。
逆に言えば、この方々すら納得させられないようなら、ワタシの理論はワタシ自身にしか通用しないものとして広める気は無い、と言う上の判断なのだろう。
うん、慎重なようで、ワタシとしては好印象である。
「では、ワタシの魔術の基礎部分について話そうと思います」
では、ワタシもその期待に応えられるように、出来るだけ誠実に話そうと思う。
「最初に申し上げてしまいますと、ワタシは殆どの魔術は感知、理論、八つの顕現の組み合わせで出来ていると考えています」
「ふむふむ~」
「理論ね……」
「八つの顕現ですか……」
ワタシは椅子に座る三人からよく見えるように、一段高い場所で立って話し始める。
「感知は何処に自分の属性の物があるかを認識する技術の事。理論はこの魔術はこう言う理屈で成り立っていると、自分の中だけでも構わないから納得させる技術の事ですね」
感知技術は大切である。
その場にある自分の属性そのものな物を利用する魔術を扱うなら必須と言っていい。
なお、ワタシの場合、感知技術に意識を割き過ぎると、情報量がちょっと多すぎるので、必要ない時は範囲をだいぶ絞っているのだが。
理論構築も大切である。
結局のところ、魔術とは自分が納得しているかどうかが重要で、自分で筋が通らないと認識してしまった魔術は発動しないか、精度や威力が大きく下がる。
たぶん、この辺を突き詰めると、色々とありそうな気がするが……最悪、自分の魔術を全て捨てる必要すらありそうなので、ワタシは追及する気は無い。
「この辺りは貴族院でもやっていると思うので省きます」
「そうですね。ミーメ嬢もお察し通り、その二つについては貴族院でやっている物と変わらないと思いますので、飛ばして構いません」
ヘルムス様の御墨付もいただいたので、では遠慮なく飛ばそう。
「ワタシの魔術のキモになっているのは、八つの顕現の組み合わせ方です。この八つの顕現ですが」
ワタシはヘルムス様たちに見えるように左手をまっすぐ前に伸ばし、木片を載せた手のひらを天井に向ける。
「生成」
左手の上の空間に闇の塊が生み出される。
生み出された闇は雲のようにデコボコとしていて、ゆっくりと揺らめき蠢いている。
「変形」
闇が綺麗な球体となり、少なくとも表面上は全く動いていないようになる。
「強化」
闇が含む魔力が増して、その分だけ闇が濃くなり、微かにも向こう側が見えなくなる。
「付与」
手のひらに乗せていた木片に闇が吸い込まれていき、茶色だった木片が炭のように、けれど光沢が一切ない黒に染まる。
「操作」
闇が付与された木片が宙を舞い、円軌道を高速で描き、ワタシの顔の横を一周。
その後はゆっくりと手のひらの上で円軌道を描いて動き続ける。
「抽出」
木片から闇が抜け出て来て、付与された時と同じ球体となり、それから先ほどまでと同じように円軌道を描き始める。
「特化」
円軌道を描いていた闇が不穏な気配を漂わせ始める。
それを見て、ヘルムス様は気にした様子を見せず、ユフィール様は身動ぎ一つしなかったが闇を凝視し、ジャン様は反射的にと言った様子で椅子から立ち上がって距離を取る。
諜報部隊のお二人も思わず身を強張らせてしまっている。
うん、ヘルムス様以外が正しい反応だ。
今、ワタシの手の上で円軌道を描いている闇は強い死の気配を漂わせているのだから。
「還元」
そんな闇がワタシの言葉と共に魔力に分解されていき、霧散していく。
死の気配が消え失せていく。
張り詰めていた空気が弛緩……はしていないな。
「以上がワタシにとっての基礎の基礎。八つの顕現ですね」
「なるほど。そうなると、あの時にミーメ嬢がやっていたのは……」
「ヘルムス様。まだ話は終わっていませんよ」
「と、すみません」
ワタシがヘルムス様に注意する中。ジャン様は倒してしまった椅子を元に戻すと、そのまま壁際に寄り、立った状態で話を聞く態勢に移る。
ユフィール様も何時の間に取り出したのか、メモ帳のようなものに先ほどまでの話を素早く書き留めているようだった。
「ミーメ嬢、話が終わっていないと言うのはどういう事だ?」
「先に述べた通り、この八つの顕現の組み合わせ方も重要になるからですね。どうにも相性が悪い順番と言いますか、組み合わせと言いますか、そう言うものがあるようなのです。ジャン様」
「具体的には?」
「生成と還元、操作と変形、強化と特化、付与と抽出。この四つの組み合わせを同時あるいは連続して行うと、魔術の効果が著しく落ちます」
「なるほど」
ジャン様がユフィール様に一度視線を向け、ユフィール様は頷く。
どうやらこの場で一番偉いのはユフィール様だったらしい。
うん、なんとなくだけど納得がいく。
「この場で少し試してみても?」
「むしろお願いします。ワタシとしても、ワタシと縁が今までなかった方でも通じる理屈なのかは気になるところですので」
「分かった。少し待ってくれ……えーと、生成、強化、変形、操作ってのが……そうだな。よし、行ける」
そして、流石は宮廷魔術師と言うべきか、ジャン様は簡単に理論構築を終えたらしい。
「では……。炎よ、燃え盛り、短槍となりて、回れ。『フレイムランス』。そして、炎よ、短槍となりて、燃え盛り、回れ。『フレイムランス』」
ジャン様が二度の詠唱を得て、両手の上に一本ずつ炎で出来た短い槍を出現させ、回転させる。
「あー、コイツは分かり易いな」
そして、二つの炎で出来た槍は……明らかに回転速度が違った。
右手の槍は穂先がはっきり見える速度なのに、左手の槍は軽く残像のような物が見えている。
「そうですね~。一応確認しますが~ジャン君は込めている魔力の量や意識を変えたりはしていませんよね~?」
「勿論してません。何なら今も同じくらいの速さで回れと命じているくらいなんですが、右手の方が明らかに遅いと言うか、動きが鈍いです。いや、面白いし、長年の疑問が一つ解けたな」
「疑問ですか?」
「昔からあったんだよ。殆ど同じ詠唱をしているはずなのに、時折だがほんの僅かにだけ効率が落ちるって話は。誤差とか練度とか調子とかで片づけられる範囲だったんだけどな。なるほど、誤差じゃなかった可能性もあるのか」
「なるほど」
どうやら順番については昔から誤差レベルでは認識されていたらしい。
まあ、当然と言えば当然の話か。
今回分かり易く表に出ているのは……たぶん、ジャン様が第二属性を絡めた詠唱にしてくれたからだろう。
属性を二つ込めると最終的な出力が四倍くらいになるので、それだけ差も開くはずだし。
「さて、ユフィール様。それにジャン。これでミーメ嬢の理論は正しい。少なくとも検証や議論をする価値があると認めてくれますか?」
「私は勿論認めますよ~」
「俺っちも認めるぞ。これだけ分かり易い差があるなら当然だ」
「ありがとうございます。ユフィール様、ジャン様」
ワタシの魔術の基礎は色々と探るに値するものだと認めて貰えたらしい。
安心したワタシは、軽く頭を下げて礼を言う。
「ではそう言う事なのでミーメ嬢」
「はい?」
で、これで今日は終わりだと思っていたのだが……。
「もう少し詰めましょうか。どういう発想でこれに至ったのかや、どういう理屈で行っているのか、と言う辺りは私も知りたいところなので」
「あ、はい」
「お昼ご飯と~必要なら夕食もこの場に招きながら話しましょうか~」
「そ、そうですか……」
「こうなってくると、これまでに使っていた魔術の構築も見直す必要が出て来るな。いやしかし、単純化されていて分かり易いな。ミーメ嬢、助言の類は求めたら貰えるか?」
「ぜ、善処はしますね……」
むしろ、これからが本番であったらしい。
流石は宮廷魔術師と言うべきか、魔術の研鑽を積める機会を見逃すような人間は一人も居ないらしい。
ワタシも割とそうなので、ヘルムス様たちが求めるものについては理解が及んでしまった。
そんなわけで、話はまだ続くようだった。




