14:すり合わせた結果
「「……」」
ワタシとヘルムス様はお互いに四年前の事柄について話して、その時の思いなどを全てではないが共有した。
その結果……。
「……。やはり、師匠は師匠と扱うべきですね」
「何故そうなるのですか!?」
ヘルムス様によるワタシの師匠扱いはむしろ堅固なものになったようだった。
実に納得がいかない事である。
ワタシは思わず机を両手で叩いていた。
「……」
そんなワタシの動きにヘルムス様は何かを考え込み……それから口を開く。
「師匠……いえ、ミーメ嬢。貴方の為にも幾つかはっきりとさせておこうと思います」
「……」
「まず、ミーメ嬢が基礎として見せた技術ですが、あれには貴族院の教師でも知らない技術が含まれていました。勿論、中には知っている教師も居ましたが、知っている者はお互いに示し合わせ、敢えて教えない事にしていました。理由は分かりますか?」
ワタシはヘルムス様の言葉に頷く。
これはまあ分かる。
魔術は力でしかなく、悪用しようと思えば幾らでも悪用出来てしまうからだ。
そして悪用された時の被害を考えると、教える人間を限るのは止むを得ない措置と言える。
まあ、当時の私はムシャクシャしていたので……そんな可能性知った事かと言わんばかりにヘルムス様に披露してしまったのだが。
「さらに言えば、恐らくですが貴族院の教師たちはミーメ嬢程に理論的にアレを理解できていないと思います。彼らの教えは経験則に基づいている部分が多いので。何なら私も理解できていない部分もあるでしょう」
「えー……っ」
思わず変な声が漏れてしまった。
いやだって、貴族院ってワタシのイメージとしては、この国の中でもかなり上の方の教育機関なんだよ。
そこの教師……それも魔術を専門にしている教師が理論ではなく経験主体で教えているって……。
ああいやでも、それなら魔境で時々見かけていた他の狩人たちの実力があの程度だったのにも納得がいくのか……。
「ヘルムス様。この件、文章化した方が良いですか?」
「間違ってもしないでください。不用意に広まったら、最悪国が滅びます。まずは他の宮廷魔術師たちとすり合わせたいので待ってください」
「分かりました」
「ちなみにミーメ嬢には私以外に弟子は居ませんよね?」
「居ないので大丈夫ですよ」
国全体として流石にもう少し魔術の実力を上げた方が良いのでは?
ワタシはそんな思いから何となく提案してしまったが、肩を掴まれるレベルで止めてくれと言われてしまったので、まあ、止めておこう。
ちなみに、貴族院の教育では、第一属性の純度を上げる事は教えても、別の性質を表出させて操る手法と言うのは一切教えていない。
なんなら邪道であるとか、間違っているとかまで認識されているそうだ。
なので、そういう所にワタシにとっての基礎を記した文章が到達すると、冗談抜きに大惨事になりかねないのだとか。
学びの場が荒れるのはワタシとしても不本意であるので……うん、やっぱり黙っておくべきなのだろう。
「で、ミーメ嬢は一時の気の迷いから私を弟子にしたので、師匠扱いは正しくないと考えているようですが……。貴族院の教師が知らないような事を教えた上に、私とミーメ嬢が第二属性に目覚めると言う結果も出していて、成果を上げていないが通るわけないでしょう」
「えー……」
「さらに言えば、一時の気の迷いで当たり散らすのではなく、他人を気遣いつつ育てる事で気を晴らそうなどと考える時点で、少なくとも尊敬に値する人物であると私としては言わせてもらいます」
「むー……」
「あの時の、一週間の最後に遭遇した貴族子弟の強盗犯を思い出してください。アレが本当のろくでもない連中、落ちこぼれと言うものです。ミーメ嬢はアレと同じですか? そんなわけがないでしょう」
「むぐぐ……」
「そういう訳ですので、ミーメ嬢は私の師匠です。これは揺るぎません」
「うぐー……」
しかしどうしようか。
ワタシはヘルムス様にワタシの師匠扱いを止めて欲しくて、ワタシは師匠扱いをするに足らない人間なんだよとアピールしたつもりだった。
なのにどうして、ヘルムス様の意思が強固になっているのだろうか。
うぐぐぐぐ……。
「ところでミーメ嬢。ミーメ嬢の話で一つ気になったのですが、ミーメ嬢が貴族に奪われた獲物とはどのような魔物だったのですか?」
なんか藪から棒にヘルムス様が尋ねてきたな。
まあ、秘密に関わりない部分なら話してもいいか。
「ドラゴンですね。頭に二本の角が生えていて、鱗は緑色、背中には蝙蝠のような翼が生えた、体長数メートル程度のトカゲです。あ、炎の魔法を使っていて、呼気に混ぜる事で広範囲を焼くなどしていましたね。魔術が殆ど通じず、倒すのがとても大変でした」
「……。なるほど、そうですか」
「今ならもっと楽に倒せると思いますし、素材を貴族に奪われるような事も無いと思うのですが……どうかしましたか? ヘルムス様」
「いえ、長年の疑問の一つが氷解すると同時にさてどうした物かと頭を悩ませているだけです」
ワタシの言葉を聞いたヘルムス様は頭を抱えてしまった。
いやまあ、貴族院の魔術教育の一端を知った上で考えると、ほぼ対処不能な魔物っぽいからなぁ、ドラゴンって。
そんなものが四年前、王都近くにやって来ていたなんて知ったら、ヘルムス様でなくても頭を抱えるか。
いや待てよ。それだけではないのかも。
ワタシが休憩している間にドラゴンの死体を持って行った貴族はその死体をどうしたのか。
解体して売った? 家の権威を高めるべく見せびらかした? 王家に献上した?
いずれにせよ、何かしらの利益は得たはずだ。
だが、その利益は本来ワタシの懐に入るべきものである。
もしかしてヘルムス様は、ワタシのものになるはずだった利益をどう取り返すかを必死に考えているのか?
それは……それは……迷惑をかける事になってしまいそうだ。
「ヘルムス様。そんな心配されなくても、もう四年も前の事ですよ。ワタシは気にしていません。今更、あのドラゴンから得られたであろう利益なんて要らないです。仮に鱗などが残っていても、もう素材としては不十分なほどに魔力などが抜け落ちているはずですし、ワタシは名誉の類は元々求めていませんから」
「そう……ですか……」
うーん?
返答をミスったか?
どうしてだかヘルムス様の眉間の皺が濃くなったように思える。
「……。ミーメ嬢、これだけは伝えておきます」
「なんでしょうか?」
ただ、何か知っている事はあるらしい。
ヘルムス様が口を開く。
「ミーメ嬢からドラゴンの死体を奪った貴族ですが、サギッシ男爵と言います。いえ、元男爵と言うべきでしょうか?」
「元男爵?」
「サギッシ元男爵はドラゴンの死体を自分が狩った物であるとして見せびらかしたんです。その集まりには王都の貴族なら誰もが訪れるほどで、王族の方々も訪れたほどでした」
「なるほど」
「ただ、そうしてドラゴンの死体を披露する中で宮廷魔術師長が指摘したのです。『サギッシ男爵の装備と魔術ではどう足掻いてもドラゴンの体は傷つけられない』と。そして、その指摘が正しいことが証明され、サギッシ男爵は虚偽の報告をして爵位を剥奪され、平民落ち。元男爵となったのです」
「ふむふむ。ザマァ見ろと言う奴ですね」
とりあえずワタシからドラゴンを奪った貴族は破滅済みであるらしい。
ドラゴンの死体を拾ったと言うだけなら、そんな事にはならなかっただろうに。
人間欲をかくと碌でも無い目に遭うと言う話だな。
「ざまぁ? まあとにかく、これでこの件は終わったわけですが……残った謎が一つ。誰がドラゴンを狩ったのかは終ぞ分からなかったのです。これまでは」
「あー……」
「ミーメ嬢、明らかにしますか? トレガレー公爵家が後ろ盾になれば、疑われないと思いますが」
ヘルムス様がワタシの顔を真っすぐに見つめる。
答えは……決まっているな。
「……。いえ、お断りします。トレガレー公爵家の権力があったとしても、当時12歳の子供が一人でドラゴンを狩ったなんて信じませんし、信じさせるためにアレコレやるのも面倒です。それにさっき言ったではありませんか、今更、あのドラゴンから得られる利益なんて要らない、と」
そんな物は要らない。
サギッシ男爵のように欲をかいて、碌でも無い目に遭うなんてごめんである。
「分かりました。では、私はこの件については基本的に口を噤みます」
「それでお願いします。ヘルムス様」
と言うわけで、これでこの話は終わりである。
ワタシとしてはそう思っていたのだが……。
「しかし、やはりミーメ嬢は師匠ですね。私など足元にも及ばないような遥か高みにいらっしゃる」
「えっ!?」
「っと。ではミーメ嬢。今日の仕事は此処までです。また明日も頑張りましょうね」
「えっ? えっ!? ええっ!?」
なんかヘルムス様のワタシを師匠として扱う気持ちが、気が付けば更に強固になっていた。
いったい何故こんな事になったのだろうか、これが分からない。
11/03誤字訂正




