13:それは天恵にして運命の出会いであった ※
今回はヘルムス視点となっております。ご注意ください。
それと本日二話目となっております。こちらもご注意ください。
「いったい何が悪いと言うのだ……」
私ことヘルムス・フォン・トレガレーはトレガレー公爵の三男である。
三男と言う事は、よほどの事態が起きるか、何処かの家に婿入りでもしない限りは家を出て、一人で生計を立てていくべきとされる身の上となる。
なので貴族院に入学した私は早々に卒業の為に必要な学びを修めると、宮廷魔術師になるべく本格的に魔術を学び始めた。
幸いにして、私には魔術の才能は備わっており、貴族院の教師たちの教えを私は順調に吸収。
魔術の腕前は見る見るうちに上がっていき、周囲の者たちは私の事を褒め称えた。
そして、今から四年前……17歳の頃、私の実力は伸び悩む事になった。
「繰り返しても、繰り返しても威力が上がらない。第二属性に目覚めない。いったい何が悪いと言うんだ……!」
貴族院の教師たちは言った、ヘルムス様なら必ずや第二属性に目覚めるに違いない、と。
だが、私自身の手応えとして、しばらく前からはただ無為に魔力を消耗しているような感覚しかなかった。
この道の行く先に第二属性があるとはとても思えなかった。
宮廷魔術師となった先達たちと私の間には、何か決定的な差が……壁があるように思えて仕方がなかった。
そうして思い悩む私は煩悶し、何も手に付かず、友人がサギッシ男爵が討ち取ったドラゴンの死体を見に行こうと誘っても反応できず、ただ街を歩いて……気が付けば平民街の中でも治安が悪い方へと入ってしまうほどだった。
「はぁ……何故上手く行かないんだろうな……」
それでもまだ私の悩みは止まらず、どうした物かと思っていた時だった。
「商売をする気がないなら退いてください。此処はワタシの場所です」
「なっ!?」
私がその少女と出会ったのは。
少女は見た目からして私よりはるかに幼くて、もしかしたら貴族院への入学資格すらまだ無いかもしれないぐらいだった。
それなのに、私を持ち上げる黒い人型は同じ体格の成人男性よりはるかに力強く、それでいて繊細で、であるのに込められた魔力はとても少ないように感じた。
はっきり言ってしまえば、私の常識の範囲外に存在する魔術だった。
私はそんな少女の魔術に魅せられた。
少女が自分より年下だとか、平民だとか、闇属性だとか、そんな事はどうでもよかった。
だから直ぐに教えを乞い、少女……師匠は何かを考えた後に、幾つかの制限を付けた上で私を受け入れた。
それから一週間。
私は驚かされ続けた。
「なるほど。この程度ですか。基礎からなっていませんね」
貴族院の中でも一部の者にしか習得が許されない槍の魔術を見た師匠は、基礎も出来ていないと言い放った。
そして、代わりに見せた闇の魔術には当時の私では理解できない要素が幾つも含まれていた。
そもそもとして、詠唱も動作もなく、手足を動かすような気軽さで魔術が行使されていた。
「えっ、師匠。この素材は……」
師匠が魔道具を作るように私に命じた際に出された素材は、公爵家でも見たことが無いような品質をしていた。
だがそんな素材を師匠は、幾らでも手に入る素材の一つ、と言ってのけ、事実として何個も出てきた。
「師匠!? どうやって闇で火を!?」
師匠に属性の概念の講義をしてもらえば、師匠はどうやってか『闇』で薪に火を点けて見せた。
これについては未だにどうやったのか分からない。
また、この時の講義で教わった内容は、第一属性の純度をひたすらに高める事を考える貴族院の教えとは対極のもの……泥のように様々なものが混ざった混沌の教えだった。
しかし、今なら分かる。
純粋な『水』を知りたいのであれば、純粋ではない水をとにかく知らなければならなかった。
そう、規格に沿う魔術師を生み出すべく組まれた貴族院の教育だけでは、規格外たる第二属性に辿り着けないのは当然の事だったのだと、この時に私はようやく気づいたのだ。
それは正に天恵であり、私はこの先仮に自分が師匠を超える事があったとしても、師匠を師匠と慕う事は変わらないと心に決めた。
「うーん、美味しいですね」
そうして師匠から教えてもらう事一週間。最後の日。
私は師匠にこれだけは礼として受け取って欲しいと頼み込み、平民街の中でも師匠が気負わない程度に高級なカフェへと誘った。
そこで師匠は年相応の可愛らしい笑顔を浮かべてケーキを味わい、とても嬉しそうにしてくれた。
このまま時が過ぎれば良い……私がそう思いつつ師匠を眺めていた時だった。
私たちが居るカフェの向かいから爆発音がして、煙の向こう側から返り血に染まった一応は同級生の連中……貴族院の落ちこぼれたちが顔を見せたのは。
「ひゃはははっ! よしっ! ずらかるぞ!」
「平民如きが貯め込んでやがったぜ!」
「何してやがる! とっとと逃げんぞ!」
彼らは私と同年代の生徒の中でも特に素行が悪い者たちだった。
盗み、脅し、違法な物品の売買などが噂されていて、危険を避ける人間は近くに寄る事も避けるような連中。
明確な犯罪の証拠を掴ませない、仮に捕まったとしても親が方々に手を回す事で、好き勝手をしていた輩。
だがまさか、変装をした上で、魔術を利用した強盗行為にまで及んでいるとは思いもしなかった。
彼らは完全に一線を超えていた。
同じ貴族として、同じ魔術師として、同じ人間として許すことも見過ごすことも出来なかった。
彼らを止めなければいけない。
そう考えた私は席から腰を浮かせる。
「ワタシの前で犯罪とは……!」
「っ!?」
「「「ぎゃあああぁぁぁっ!?」」」
そして、その時には既に全てが終わっていた。
強盗犯たちは自身の影から現れた黒い人型によって抱え込まれ、丸め込まれ、魔術など使えないように圧迫されて、全員がそのまま気を失った。
強盗犯たちは勿論の事、周囲の者たちにも誰が術者なのか分からないほどの早業であり、圧倒的な魔術だった。
「弟子よ。ようく覚えておいた方が良いです。魔術は力です。道具です。恐ろしいものです。権力と同じで、扱いを誤れば、簡単に人を傷つける」
「はい……」
「力さえあれば何をしても許されていいなど、そんなの魔物と変わりません。常に己を律する事は難しいかもしれませんが、絶対に踏み越えてはいけない一線だけは超えないようにしなければいけません……」
「はい……」
「誰か、こう言う貴族を咎めてくれれば平民としては楽なのですが……」
「……」
ただ、そんな師匠の魔術以上に惹かれたのは……とても悲しそうに、あるいは嘆いているような表情で呟かれた師匠の言葉だった。
それは師匠の限界点でもあった。
どれほどの力があったとしても師匠は平民であり、一個人であり、横暴を働く貴族共を事前に止める力は無い事の証明でもあった。
この時、私は明確に宮廷魔術師になりたいと思った。
公爵家の三男が宮廷魔術師となれば、相応の権力を持つことが出来るはず。
そんな人間が貴族の規範を正すように動いたならば、多少なりとも抑止力になるはずであるから。
その後、私と師匠は約束の一週間が過ぎたと言う事で別れ。
それから一年の研鑽の後に私は第二属性『船』に目覚め。
更に二年経ったところで私は宮廷魔術師に就任し、『船の魔術師』の二つ名を戴いた。
「闇属性の魔術師ミーメ。貴方に対して王城から誘いが来ています」
そして……王城の闇属性の魔術師の数が足りないとなった時、私は師匠を招くことにした。
私が第二属性に目覚めて以降、私は尋ねられた時に師匠を師匠として紹介する事で、師匠がトレガレー公爵家の関係者であると示して、師匠の身の安全を図って来た。
しかし、今の王城の状況では、そんな私の策よりも王城の事情の方を優先せざるを得ない。
であるなら、私自らが師匠を招いた方がまだ良い。
そう考えて、私は師匠を王城に招いたのだった。
なお、師匠と再会した時に私は思わず師匠の胸を見てしまったのだが……、その時に脳裏をよぎった、師匠は私と出会った時は本当に12歳だったんですね、と言う言葉は、決して表に出さないように気を付けようと思う。
二重三重の意味で失礼であるので。




