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トリニティアイ -転生平民魔術師の王城勤務-  作者: 栗木下
1:転生平民魔術師

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12/51

12:それは4年前の事

本日は二話更新となります。

こちらは一話目です。

「あーもう、ムシャクシャする……」

 今から4年前のヘルムス様に出会った頃。

 ちょうどその時のワタシは非常に機嫌が悪かった。

 それはつい先日に……。


 いつもの狩場で見かけない魔物に遭遇したからであり。

 その魔物を狩るのが命がけの戦いになったからであり。

 物の見え方が激変した上に秘密が増えてしまったからであり。

 なにより……そこまでして狩った魔物を、隠蔽の魔術の範囲内で休息している間に貴族に盗み取られてしまったからだった。


 今思い出しても、はらわたが煮えくり返るような状況。

 だが、当時12歳の少女があんな魔物を狩ったと言っても誰も信じてくれないのは明らかな事であり、泣き寝入りするしかない話だった。

 そして、そんな状況であっても、豊かな生活を送るためにはお金を稼がなければならない。

 だからワタシは、自作の魔道具を持って、王都市民街の露店市を訪れた。


「はぁ……何故上手く行かないんだろうな……」

「……」

 悪い事は重なる物とはこういう事を言うのだろうか。

 露店市のワタシがいつも使っている場所には別の男が居た。

 これでこの男が露店を開き、商売をしていると言うのなら、彼が先に場所を取っていたのだから別の場所で今日の店は開けばいいと諦められる話だったが、その男はただ壁に背を預けて、黄昏ていた。

 何故上手く行かないと言う男の台詞は、ワタシが言いたい台詞そのものだった。

 故にだ。


「商売をする気がないなら退いてください。此処はワタシの場所です」

「なっ!?」

 機嫌の悪さもあって、ワタシは実力行使に出た。

 闇人間を男の足元から出現させ、持ち上げると、驚き慌てふためく男を軽く前に放り投げ、その場から強制的に退かす。

 男が貴族院と言う貴族あるいは裕福な平民の子女が通う学院の制服を着ていようが、ワタシにとっては関係のない事だった。

 どうせ、こんな所で項垂れているのは貴族院の生徒の中でも落ちこぼれと相場が決まっているし、実力行使を仕掛けてくるのなら家ごと壊滅させてやればいいくらいの気持ちである。


「これでよし。さて店を……」

 そうして男を退かしたワタシは露店を開こうとした。


「ま、待ってくれ……!」

 が、その前にワタシは男に手を掴まれた。


「なんですか。客じゃないなら去ってください。迷惑ですので」

「うっ、いや、その……さ、さっきの魔術を教えて欲しい! 金なら言い値で払うから!」

 そして言ってきた。

 闇人間の魔術を教えて欲しい、と。


「はぁ?」

 ワタシは首を傾げる。

 何故、そんなお願いをされたのか、その理由が本当に分からなかったからだ。

 と同時に少し観察する。

 男はワタシの事を真っすぐに見つめていて、ワタシが闇属性である事への恐れなど何処にもないようだった。

 身なりの整い具合からして、彼が貴族である事も疑いようがなかった。

 少女と見れば誰彼構わず発情しているような変態共の視線とは違う、純粋にワタシを見ていると言うか、魔術にしか興味が無いような目だった。


 それから考える。

 推定落ちこぼれの彼にいい感じに魔術を教えつつ、貴族の横暴な振る舞いを抑えるような思想を与えられれば、先日のような一件の発生頻度を少しでも減らせるのではないか、と。

 だからワタシは彼の求めに応じることにした。


「分かりました。我流の魔術で良ければ教えてあげます」

「本当ですか!? では……」

「ただし、一週間だけです。ワタシにも生活と言うものがありますので。お金も不要です。トラブルになる予感がしますので。そして……」

「そして?」

「お互いの名や身分を名乗るのも無しにして、背景を探るのも無しにしましょう。ワタシは師匠で、貴方が弟子。ワタシは貴方に伝えるだけです。礼をしたいのなら、学んだ後で自分で考えてください」

「……。分かりました」

 尤も、ワタシの師匠に倣うように、色々と条件は付けさせてもらったが。

 それでも彼は頷いたのだから、本当に力を求めて止まなかったのだろう。




 それから一週間。

 ワタシは彼……弟子に幾つも見せたし、話した。


「では、まずは弟子がどれぐらいの事を出来るかを見させてください」

「分かりました。水よ、槍となりて、我が敵を討て。『ウォーターランス』!」

「なるほど。この程度ですか。基礎からなっていませんね」

「基礎から……ですか」

「ええそうです。これが出来ますか?」

「!?」

 例えば、槍の形にただ成形しただけの水を射出するのみの魔術を弟子が見せた。

 だからワタシは弟子の水槍より明らかに強力であるのに、消費魔力量は少ない闇の槍を作って見せた上で、縦横無尽に操り、最後にはそれを虚空へと消した。

 弟子はその光景に大層驚いていたが、ワタシにしてみれば何をそんなに驚く必要があるのか、と言う程度の魔術だった。


「魔道具を作るのですか? 魔道具と言えば、職人が作る物で、魔術師が作る物ではないような……痛っ!?」

「魔道具は魔術を込めるから魔道具なんです。そして、正しい論理性が無ければ魔道具は作れません。魔道具一つ作れずして、優秀な魔術師になれるはずがないでしょう」

「そ、そうですか……。ではこれで……師匠!? 今何を……!?」

「弟子の為に失敗作の処理をしただけです。こんなのは基礎の応用ですよ」

 例えば、弟子がワタシの魔道具作りに疑問を呈した。

 だからワタシは魔道具作りが如何に魔術の研鑽に役立つのかを教え込んだ。

 ただ、初めて弟子が作った魔道具は正に力任せと言う作りで、放置しておくのも危険だったので、早々に闇属性で侵食して魔力に還す事で壊させてもらったが。


「『闇』属性は闇だけでなく、様々な概念を含んでいます。隠蔽、呪い、休息、黒、病気などなどですね。これらの概念は一部が闇に含まれていたり、繋がっていたり、あるいは単純に相性が良かったりするので、『闇』属性でも扱える概念になっています」

「はい」

「では弟子に質問です。貴方の属性は『水』ですが、『水』の中には如何なる概念が含まれているか分かりますか?」

「そうですね……。湯や雨などはありますが……すみません、それ以上は分からないです」

「ではそれを調べるのは貴方の課題ですね。よく調べておいてください。優れた魔術師は魔術以外の事……自然や世界と言うものをよく知っておく必要がありますので。そうして調べていき、柔軟にものを考えれば、これくらいの事は出来ますよ」

「師匠!? どうやって闇で火を!?」

 一週間の中では講義もしてやった。

 『闇』がどのような概念を含んでいるのかを話した上で、『水』がどのような概念を含んでいるのかに疑問を持たせ、調べる事を勧めた。

 なお、火については摩擦係数を馬鹿ほど高めた闇同士をこすり合わせて熱を発生させ、そこに黒の概念で集めた日光の熱を組み合わせる事で、薪が自然発火するぐらいに加熱しただけの事。

 タネさえ知っていれば、誰でも出来るような手品の類だ。


「弟子よ。ようく覚えておいた方が良いです。魔術は力です。道具です。恐ろしいものです。権力と同じで、扱いを誤れば、簡単に人を傷つける」

「はい……」

「力さえあれば何をしても許されていいなど、そんなの魔物と変わりません。常に己を律する事は難しいかもしれませんが、絶対に踏み越えてはいけない一線だけは超えないようにしなければいけません……」

「はい……」

「誰か、こう言う貴族を咎めてくれれば平民としては楽なのですが……」

「……」

 魔術を利用した強盗殺人犯に遭遇した事もあった。

 カフェで食事を奢られていたワタシの目の前で行われた犯行だったので、犯人は影人間で即座に物理的に丸めてやったが、問題はその後。

 厄介な事に、この犯人たちは貴族の子弟たちだったのだ。

 幸いにしてワタシが闇人間の魔術の行使者である事を知っているのは弟子だけだった。

 だからワタシはその場を早急に去り、口を噤む事で、難を逃れた。


 そうして一週間が過ぎて……。


「では、これで約束の一週間です。基礎の基礎しか教えられませんでしたが、まあ良いでしょう。後は弟子が自分で研鑽していってください。貴方なら出来ます」

「分かりました。一週間、ありがとうございました、師匠」

 ワタシと弟子……ヘルムス様は別れる事となった。




 今となっては傲慢極まりない、若気の至りとしか言いようのない一週間だった。

 12歳と言う年齢だから問題は無い、仕方がないと言われればその通りなのかもしれないが、前世知識持ちの12歳としては、後から振り返るとあまりにも恥ずかしい言動の一週間だった。


 おまけに、その時に教えた弟子が今や立派な宮廷魔術師で、しかも師匠の実力が必要だからとは言え、就職先を案内してくれたような状況。

 これで恥ずかしくならない、いたたまれない気持ちにならない、その方が難しいと言うものだろう。

 ああ、自分で改めて話していても恥ずかしい。


 どうしてこうなった!


 嘘偽りない気持ちをぶちまけるのなら、きっとこうなるに違いない。

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― 新着の感想 ―
>物の見え方が激変した上に秘密が増えてしまったからであり。 最新話から読み返してようやく気付いたんですが、これ、『物の見え方(概念)』と『物の見え方(物理)』の両方だったんですね……w
たった1週間でこれほどに懐かれるとは……www
つまり。『黒歴史人間があらわれた』、と。
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