11:素直に認められない者
「お疲れ様です、ミーメ嬢。これでミーメ嬢の能力は知られるべきところには知られました。正式な採用や採用後にどのような役職にするかを決めるのはまだもう少し先になるでしょうが、悪いようにはならないはずです」
「分かりました。ヘルムス様」
魔道具工房での作業を終えたワタシはヘルムス様の部屋にやって来ていた。
聞くところによれば、宮廷魔術師は王城内に一人一部屋、自分専用の部屋を与えられるらしい。
どのように使うかは人それぞれだが、基本的には、魔術の研鑽あるいは魔道具の制作に使う部屋だそうだ。
さて、ヘルムス様の場合だが、トレガレー公爵家の王都屋敷にも自分の部屋があるからなのか、研究室と言うよりは執務室と言った方が正しい雰囲気の部屋になっている。
部屋の棚に置かれている物も、本と書類、もてなしの為のティーセット、と言う具合で、魔術関係の物はとても少ない。
「明日からは……基本的には私の下で色々とやってもらう事になると思います。魔道具の製造、魔道具への魔力補給、他の宮廷魔術師との知識のすり合わせ、魔術の研鑽。主にこの辺りが仕事になるでしょうか」
「ヘルムス様。礼儀作法の授業もお願いします。ワタシはその辺りについては本当に疎いので」
「そうでしたね。では、そこについてはトレガレー公爵家の方から講師の方を招きましょう」
「お願いします。後は魔境に赴いて素材回収もしたいところですね」
「そうですか。その時は是非とも同道させてください。ミーメ嬢」
ヘルムス様とワタシは明日以降について喋る。
で、先に確かめておくべき事を知ったのならばだ。
「それでヘルムス様。つかぬことをお聞きしますが、ヘルムス様はワタシの事をどの程度の方々に師匠として紹介したのですか?」
後回しにしておいた点について確かめるとしよう。
「ミーメ嬢、そんな顔をしなくても大した範囲ではありませんよ。私に対してどのようにして第二属性に至ったのかを訊ねられる人間……つまりは私と十分に親しいか、宮廷魔術師の人間くらいです」
「……」
「そして、私は事実しか話していません。つまりは師匠のおかげで第二属性を得られた。と言う話ですね。ええ、それは尋ねられる度に同じように答えていましたとも」
「……」
「ああですが、ご安心ください。師匠に何をどのように教わったのかについては話していません。此処については師匠、我が家、国の事情も考えての事ですね」
「……」
ヘルムス様は何処か興奮した様子で話しているが、ワタシとしては頭を抱えるしかない話だった。
ヘルムス様……公爵家の三男と十分に親しい人間と言う事は、友好的な相手に絞っても相当な人数になる事は間違いないからだ。
そこに宮廷魔術師も加えるとなると、ワタシが思っているよりも、ヘルムス様がワタシを師匠扱いしている。と言う話は広まっているのかもしれない。
「ヘルムス様……」
「なんでしょうか、ミーメ嬢」
「前にも言いましたが、ワタシがヘルムス様に教えたのはたったの一週間です。そんな人間を師匠として扱うのは色々と問題があると思いませんか? 周囲の方々……特にヘルムス様が教わった私以外の人々が良い顔をしないとは思いませんか?」
「その一週間が重要だったと言う事ですよ、ミーメ嬢。私は貴方の言葉が無ければ第二属性に目覚める事は無かった。それは即ち宮廷魔術師になれる事もなかったと言う事です。それほどまでに大きな影響を受けたのですから、師匠と慕うのはむしろ当然の事でしょう。勿論、ミーメ嬢以外の先生の教えが無駄だったとは言いません。ですが、誰が師匠かと尋ねられれば、私はミーメ嬢としか答えられません。それだけの物を教わったので」
うぐぅ……一を言えば、二にも三にもなって返って来る……。
「ミーメ嬢、先日のお誘いをした時も内心思っていましたが、どうしてそれほどまでに私の師匠である事を嫌がるのですか? 確かにミーメ嬢は平民ですが、平民が貴族の師匠になってはいけない法なんてありません。もしも妬み僻み嫉みの類が煩わしいと言うのなら、それこそ弟子である私に頼ればいいだけではありませんか」
「そ、それは……」
「それは?」
ヘルムス様は私の回答を求めるように見つめて来る。
しかし、何故師匠扱いされるのが嫌かと言われれば……なんと言えばいいのだろうか……こう、不甲斐なさとか、情けなさとか、そんな感じのワードが出て来るようには思う。
そして、その事を口に出すことに、何と言うか恥ずかしさのような物もある。
「言えません」
「そうですか」
「ただ、これだけは言っておきます。妬み僻み嫉みの類は気にしていません。彼ら彼女らがワタシに対して陰口を吐こうが、悪戯を仕掛けようが、脅しの類を試みようが、ワタシには通じません。結局のところ、ワタシの命を危うくすることなど出来やしない弱者のそれなので。人間なんて、ワタシが全力で殴れば跡も残らないんですから、むしろ傷つけないようにワタシの方が注意してあげるべき話です」
「そうですか」
ワタシの言葉にヘルムス様は笑っている。
笑っているが……なんか怖いな。
うん、深くは追及しないでおこう。
「うーん、ミーメ嬢は自分の魔術や魔道具の技量については疑っていないのですよね?」
「それは当然です。客観的に見て、ワタシの魔術と魔道具の技術は極めて高いものです。国一番であると自惚れるつもりはありませんが、そこらの有象無象では比較対象にもならない事くらいはワタシでも分かっていますよ」
「なるほど」
話が変わったか?
まあ、普通に答えておこう。
ただの事実として、ワタシの魔術は極めて強力だ。それは世界が証明してくれている。
ワタシの魔道具の質も高いものだ。それは魔術の強さと魔道具の売れ行きが証明してくれているので。
この二つは本当に明確な事実なので、ワタシも認めているし、自信がある事だ。
「でも私の師匠として扱われるのは嫌なのですね」
「嫌ですね」
「……。ミーメ嬢、一度しっかりと話をすり合わせましょうか。貴方は自分の力にどれだけの価値があるのかを、もう少ししっかりと認識しておくべきです」
「……」
話のすり合わせか……。
うん、良い機会かもしれない。
此処でしっかりとすり合わせれば、ヘルムス様もワタシの師匠扱いを止めてくれるかもしれない。
「分かりました。では、しっかりと話をしましょうか。ヘルムス様」
「そうですね。しっかりと話をしましょう。ミーメ嬢」
そう、ワタシが師匠扱いされて良い訳が無いのだ。
ワタシがヘルムス様に魔術を教えたのは、その時偶々機嫌が悪かったから、なんて理由なのだから。




