第58話 スタンディングオベーション
帰り際に巻物を開きながら歩く、中の文字は水でにじんでで何も読めない。
読めないが、俺の頭の中に入ってくるようだ。
A3用紙にびっしりと書かれた呪文が自動的に頭の中に入ってくる感じがして、それが終わると巻物の中の文字が全て消えていく。
「へぇ……こうなっているのか。とはいえ今の俺には使い道ないかな……魔法名は『シャドウウォーター』……うん『水影分身』って所か、しかし詠唱が長い」
クルット指先を回して水球を出す。
水魔法の初期動作で基本型の一つ、そのまま脳内のイメージ通りに口を開く。
「水影分身」
小さかった水球が人間の形になると俺とそっくりにの姿になった。
「うお……」
俺が驚くと水影分身も驚く。
右手を動かすと右手が動いた。
面白い……。
「が。水影分身だけあって全部透明なのは違和感ありまくりだ」
服や顔、すべてが水人間というか透明である。
内臓が見えても怖いけど水で出来たマネキンと言った所だろうな。
攻撃の幅は広がったが今の俺には使い道はない。
「ありがたくって所だな」
小屋が見えたので指先を鳴らすと水影分身はそのまま水滴となって消えていく。
面白いから皆には黙ってこう、俺が遅れて小屋に戻ると夕食の準備が出来ていた。
「ドアホウ帰ったか……どうじゃアレは元気そうだったじゃろ」
「え。アレって」
「あの精霊もどきじゃ、元々は小さい精霊じゃったのだろう。なに悪さをして何かに縛られた感じじゃな。アレ本体よりも願いを叶える力はまさに神の力なのじゃ」
あーそういわれたら、そうなのかな?
「じゃぁ手加減したんですか?」
「別に手加減はしとらん、が……残った周りの魔力からたぶん残ったじゃろうな。とな」
「ほええー師匠って頭いいんですね。てっきり」
俺は師匠の胸を見て顔を見た。
「ほうほうほうほうほう。なんじゃ? 何が言いたいのじゃ? あ?」
「何も! ほ、ほらノラが食器並べてますし行きましょう」
おっぱいが大きいから頭は馬鹿とおもってました。なんて言えるわけがない。師匠がキレだしたのでさっさと背中を押す、押した所で師匠に怒られたがまぁそれも俺にとっては幸せな日常だ。
7人全員がそろった所で夕食を食べ一日を終えた。
もう後はやる事は無い、クウガを含め俺も昨夜寝ていた所で体を休める、女性組はこれからお喋りタイムが始まるらしいが別に参加する事もない。
――
――――
「ついたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
翌朝の昼、俺は両膝を地面につけ両手を上にあげた。
目の前には聖都タルタンの街壁がみえ、入国街の人間が俺に注目をしているのがわかる。
「さて、行くか」
両足をもどしズボンについた土をぱっぱと吹き飛ばすと、少し離れた場所にいるみんなの場所に戻っていく。
「クロウベルさん……今のは?」
クウガが俺に質問をしてくるので俺は普通にそれにかえす。
「街に入る前の儀式だけど、え。しないの?」
「知らなかった……です」
「クウガ、遅れてるな……今の時代――」
俺が街へ入る儀式を説明しようとすると、横からノラ補足してくれた。
「クウガさん、クロー兄さんの嘘ですし本気にしないでください」
「ノラ本当の事をそう淡々と……まぁ本当は俺がしたいからしてるだけだから、師匠からは白い目で見られるしノラからは他人の振りされるし、俺は悲しいよ」
じゃぁヤメレバいいのじゃ? と師匠の声が聞こえた気がするが気のせいだな。
とにかく聖都タルタンについた。
師匠の小屋の裏口から出るのに、馬を小屋にいれたり、じゃぁ馬車はどうするんだって事で師匠のアイテムボックスに馬車を入れたり、その馬が小屋の中で暴れたりと色々あったが聖都タルタンまで着いたのだ。
入国審査をし馬車を預け終わった俺達は、そのまま宿に向かう。
他の街と違って人が多い。
青く染めた衣服を着てる人が多く、聖職者が多いのだろう、いかにも聖都って感じがする。
怪我人も多く道端でヒールをかけていたのも目にした。
「相変わらず回復魔法のセールじゃな」
少し吐き捨てるように、というか呆れたかんじで師匠が言うので少し気になった。
「師匠は嫌いなんですかこの街?」
「…………別にまぁ考え方の違いじゃな」
冒険者用の宿に来る。
さぁ俺達がその宿にはいる、いや入ろうとしたら青い服を着た集団に囲まれた。
武器はもっていなさそうなんだけど、あきらかに俺達を囲んでいるその数はざっと20人以上。
「ふえええ! ミーティアちゃん《《まだ》》何も悪い事してない!」
「クウガまもる!」
ノラが横にくると俺に目配せをした。
「クロー兄さん、どうする? 突破する」
「俺はクウガに任せる。リーダーだしな」
俺がクウガに顔を向けると、アリシアを守るようにクウガが立っているのが見えた、なかなかやるじゃん。
ああいう所は男らしい。
「何の用でしょうか? 僕は僕達は普通の冒険者ですけど」
クウガが言うと一人の青い服を着た聖職者が一歩前にに出た。
身長が高い老人で、実家にいたカール爺さんを思い出す。
父サンドベルに仕え俺達にも厳しいカール爺さんで、それでも家のためと思えば意見もした立派な人だ。
「アリシア様。お帰りになられるのであればご連絡を……門兵からご連絡を受け急いでかけつけました。メル様もお変わりなく」
爺さんは懐かしさを思い出すかのように言う。
一方師匠ほうは不機嫌顔だ。
「ほう。入国書にはワラワはヘルン。あっちは『ミーデ』と書いたのじゃ、人違いなのじゃ」
「ご冗談を。大魔法使いメル様、そしてアリシア=スニーツ様を間違えるほどボケてはおりません」
クウガの話をガン無視した爺さんはうやむやと頭を下げた。
その場にいた20数人が一斉に膝をつくとアリシアを拝めるように礼をしだす。
「帰ってください」
アリシアにしては珍しく、力強い声を老人にかえした。
暫くそのままだった爺さんが頭を上げアリシアを黙って見つめた。
「わかりました。スニーツ家で父上がお待ちしております、すべては聖女のために。失礼」
爺さんが合図をすると20数人が一斉に動き爺さんの後を続いて帰っていった。
「クウガ君……クロウ君そのごめんなさい。色々と」
「俺は別にいいよ。アリシアが聖女の血が混ざってるとか、なんでも関係はかわらないし」
「え?」
「お?」
アリシアと師匠が同時に変な声を出した。
「アリシア! そ、そうだったのか……そんな秘密僕は知らなかった。いや教えてくれれば、アリシアだって街に来たくはなかったはずだ」
「ちょっとまってクウガ君!」
「僕は何ておろか」
「まってってクウガ君! クロウ君、私そんな事一言も言ったこと無いよね? 先生……?」
「ワラワだって言った事はないのじゃ。またいつもの何でも知ってます系のインチキ魔法じゃ?」
うわーお。
また余計な事を言った気がする。
「アリ姉ちゃん。それはそうと周りに人いっぱいなんだけどミーティアちゃんちょっと疲れたかな」
「ご、ごめんね! 宿に入ってから話するべきよね。いま受付するから!」
話を打ち切ったアリシアはすぐに宿に入っていった。




