34 踊り続ける役者達
リゲルは素早く剣を引き抜き、振りかぶったオリヴィエと剣を打ち合う。
その瞳は憎悪以外になく、以前会ったときの理知的な彼女とは別人のように見えた。
「オリヴィエッ! なぜ君がここに―――」
「リゲル、リゲルッ!」
狂ったように叫ぶオリヴィエを前にして、リゲルは平然と攻撃を受ける。彼らの馬が騒動に身を震わせ、小さく鳴き声を上げた。
「オリヴィエ、やめるんだ! オリヴィエ!」
止めに入ろうとするエリックはひたすらに声を上げるが、二人の耳には届かない。
リゲルも何も言わず、ただ剣を受け止めるだけで攻撃に転じようとはしなかった。固唾を飲んで見守っていたフェイは、自分を背にまわして守るアレットへ声をかける。
「……彼女、様子がおかしい」
「ええ、そのようです。猛進に剣を振り回しているだけだ。あれが騎士の剣術とは到底思えません」
フェイは奇宝石をひとつ取り出すと、馬から降り立ってゆっくり進んだ。慌てて引き留めようとするアレットを制し、二人へと近づいていく。
オリヴィエはフェイの気配にすら気づかず、リゲルへただ剣を振り下ろすばかりだ。だが傍らにいたエリックは流石に気づき、何をするつもりなのかと咄嗟に間に入ろうとする。
「だめ、止めないで。彼女怪我してる」
「え―――」
オリヴィエの服から滲み出る赤黒いそれは、なんらかの傷が癒えていない証明だ。それを見たエリックは顔を蒼ざめると、小さく呟いた。
「……まさか、」
フェイは術を展開し、オリヴィエの振りかぶっていた右腕に少量の風を絡ませる。それによってがむしゃらな剣の猛攻が、強制的に止められた。
しかし憎悪に彩られた彼女の顔は変わらない。なにがそうさせるのかは分からないが、息荒くリゲルを見つめながら、必死に腕を動かそうともがきはじめる。
「くそ……っ! リゲルを、リゲルを殺す……っ! リゲルを……っ!」
「……」
彼女が暴れれば暴れるほど、砂利道に赤い血が飛び散る。そんなことなど意にも介せず、オリヴィエは憎しみに彩られた瞳でリゲルを睨み続けていた。
―――だが、傷も癒えていない内から無理に動いてしまったせいだろう。
「―――、」
ふっと糸が切れたようにオリヴィエの身体が前傾したかと思えば、重力に従って馬上からすべり落ちる。
「オリヴィエ!」
咄嗟にエリックが腕を伸ばすが、間に合わない。
フェイは素早く奇宝石へ念を込めると、オリヴィエと地面との隙間に風を吹かせ、落ちる衝撃を防いだ。
エリックが馬から降り立ち、オリヴィエの下へと駆け寄る。
「オリヴィエ、オリヴィエ……こんな傷で……なんで、」
「とりあえず、どこか休める場所にいきましょう」
狼狽えるエリックに声をかけたフェイは、ふと見上げたリゲルに目が釘付けになった。
自らの剣を握ったまま感情を宿さぬ瞳を虚ろに下げ、ただこの状況を他人事のように見つめている。
―――まるで、暇つぶしにもならない舞台を眺める、観客のように。




