24 乱戦
―――……フェイが立ち去った後、刻印の者を追いかけるために町民らも走り去っていった。
残されたのは十二勇将であるシェル、ザドー、リゲルと、帝国騎士アレットの4人だけだ。
アレットは、フェイが消えた方へふらり、と歩を進めた。
最後に見せた、悲痛な表情。その顔を見たアレットは、何故か胸を痛めた。
彼女が救世主なのか、ただ騙していただけなのか、アレットには分からない。分からないが、駆けつけなければと焦るのだ。
「……、救世主様……」
呆然と名を呼び、心のままに従おうと地を蹴った時だった。
それまでザドーと闘っていた筈のリゲルが目の前に現れ、アレットへ剣を薙ぐ。咄嗟に避けたアレットは続けて奮われた二撃目を、剣で防いだ。
「っ、貴様……どういうつもりだ……っ!」
「フェイの下には俺がいく」
剣越しに告げたリゲルは、次の瞬間、左足でアレットの胴を蹴り倒すと、踵を返し駆け出した。
蹴られた方へ身体を崩したアレットは、されど両足を踏ん張って地に伏せることだけは回避する。
「いい加減にしろよ……!」
そしてリゲルの背を睨むと、露わとなった胸元のペンダントを握り締め―――剣に『魔力』を込め始めた。
「『開くは七つの門、巡るは因果の業。
起源の祖よ、混沌の礎を築きし祖よ、
脈々と胎動せしこの力、
この意思を以て、対する者に廃滅を望む。
―――許しを此処に。
祖は終焉の兆しにして、理を抱く者。
大門よ開け、溢れて満たせ、我に破滅の導きを―――ッ!』」
唱え終えた瞬間、アレットの剣はその輝きを失っていく。いや、黒い影に飲まれているのだ。
まるで浸食するかの如く、光を染める夜の如く。
闇はうねり、霧を上げ、剣を黒で覆い尽くす。
そして、アレットは剣を携え駆け出した。
―――リゲルの背へ、剣先を向けて。
「、!」
脅威を感じ身を捻ったリゲルは、穿とうとするアレットの剣を目に留め、咄嗟に刀身を剣で薙ぎ払う。
だが触れた個所から黒が移り、リゲルの剣を埋め尽くさんと浸食を始めた。
「ッ、『liaison≪結合≫―――circulation≪巡る≫、
四大の精霊、侍るは理、我に栄華の導きを』!」
急ぎ詠唱を紡いだリゲルの剣は、黒を排除せんと炎を巻き上げる。思わぬ熱気にアレットが身を挺した瞬間、頭上からザドーが現れ、二人の間に割り込んだ。
「俺を置いてくんじゃねぇよお、リゲルーッ!」
声を張り上げるザドーは、狂気的な嗤いと共に詠唱を口ずさむ。
「『liaison≪結合≫―――circulation≪巡る≫、
四大の精霊、侍るは理ぃ、我に栄華の導きをおおおぉぉ』ッ! ひゃあああああははっははあ!」
掲げた彼の剣はリゲルと同じように炎を纏い―――やがて、猛々しく荒れ狂う黒炎と変わった。
まるで意思を持つかのように剣から伸びる炎は、ザドーをも飲み込まんと火柱を上げている。
「さあ、決着を着けようぜリゲル! 俺の炎とお前の炎……どっちがより強ぇのかをよお!」
「ザドー……っ!」
「―――全く困りましたね。目的はリゲルただ一人だというのに……ああ、熱気が鬱陶しい。もういっそ全員殺してしまいましょうか……!」
冷静さを見せていたシェルから、殺意が膨れ上がる。
高揚に目が見開かれ、殺しきれない笑みが狂気に歪められた。
「『liaison≪結合≫―――circulation≪巡る≫、
四大の精霊、侍るは理、我に栄華の導きを』……!」
謳うように唱えた後、シェルの足もとから波紋が広がるようにして、円が三人を飲み込んでいく。
シェルを中心として発生する、薄い水色の膜は動く度に波紋を作り、さも円の範囲内に水が張られたかのようだ。
だが濡れる感覚はない。足を上げれば、水から引き上げたかのような感触はするが、微かに涼やかな空気を感じるだけだ。
「さあ、皆さん。始めましょうか―――至高の殺し合いを!」
気取ったように両手を上げたシェルに合わせ、水の膜から水泡がひとつ、ふたつと浮かび上がる。
その形が徐々に変わり、鋭利な針状のものになるや―――方向を定め、奔りだした。
「く、!」
危機を感じ、三人は地面を蹴って回避する。
彼らのいたところに無数に突き刺さったそれは、水の膜すらも穿ち、地面を深く抉ってみせた。
「なんだあれは―――」
「っ、てめぇ……おいシェルッ! 俺もいんだろぉがよお!」
「ええ、分かっていますとも。ついでに死んでもらおうと思っただけですよ」
こめかみに血管を浮かべたザドーは、含み笑いを浮かべるシェルに歯を軋ませる。
そしてシェルの名を叫ぶと、空中へ一閃、剣を薙いだ―――そこから放たれた黒炎が、シェルへと向かっていく。
だが到達する直前、シェルはその場から離れ彼の攻撃をなんなく避けた。
黒炎は水の膜を破り、大きな火炎を上げる。
「貴方の攻撃は単調なんですよ、―――っ、!」
着地したシェルは、言葉を切って咄嗟に剣を構えた。直後に剣がぶつかり合い、衝撃で水が浮き上がる。
対峙するリゲルの瞳孔は開き切っており、それまで浮かべていた嘲笑を更に深めている。彼もまた愉しんでいるのだ―――この殺し合いを。
「言っておくけど、俺はあいつほど単調じゃないよ」
「リゲル……っ!」
剣の重みを受け止めきれず、シェルの剣が震えだす。再び水泡が宙に浮き始めるが、リゲルは鼻で嗤うと、剣を纏う炎を霧散させた。
炎は火の粉となって水泡を消し去る。下唇を噛み締めるシェルは一瞬気が逸れ、リゲルの繰り出した拳に反応が遅れた。
「がぁ、!?」
殴られた衝動で水膜の上を滑っていくシェルに代わり、リゲルへ向かって飛び出したのはアレットだ。
首元に薙いだ筈の一撃を防がれるも、そこから闇が放たれ、リゲルの剣にとぐろのように巻きついていく。
言い知れない不安を感じてすぐさま距離を取ろうとするも、まるで繋がった糸のように剣が引き寄せられた。
「お前、何をした」
「離れられぬようにしただけだ」
アレットは自身の剣から繋がるそれを引くと、リゲルの剣も合わせて動く。
早く断ち切らなければ―――そう思った瞬間、黒炎が二人を繋ぐ糸を焼き千切り、勢い衰えることなくアレットへ襲いかかった。
咄嗟に剣を身構え、炎を切り裂く。だがあまりの熱量に呼吸すらままならない。手が焼ける痛みを訴え始めたとき、背後から飛んできた水泡が炎を打ち消した。シェルだ。口元から血を流したまま、荒い呼気を整えた彼は真っ直ぐにリゲルを睨みあげた。
「……そこを退けよ。お前らが俺に敵うわけないだろうが……!」
「退場するのは貴様だ、……いや、これを機に我らが帝国の力を示してやる!」
「俺の炎こそが最強ッ! それを死んで思い知れええぇえぇッ」
「ああ煩わしい、煩わしい! もう結構、すぐに殺して差し上げます」
―――リゲル、アレット、ザドー、シェル。
彼らは自分以外を敵とみなし、各々の剣を構える。
それぞれ持つは騎士の称号。この場に集う強者達は、殺し合う為に剣を握る。
今やこの町は、狂気満ちる戦場と化した。




