17 これから
―――それは、フェイが城に忍び込む直前だったという。
十二勇将は城の、謁見の間に勢ぞろいしていた。
帝国より遣わされた使者を迎えるために、普段よりも厳重な護衛が必要とのことだったらしい。
使者が来た理由はたったひとつ。
『この休戦を機に、互いに同盟を結ぶべし。―――それは紛れもない帝国の意思である』と。
だが彼らの見ている前で、皇帝は事も無げに使者の首を刎ねてしまった。
『これが我が皇国の意思である。使者の首を帝国へ送り返せ。それを再戦の合図とする』と。
直後、まるで帝国の怒りを現したかの如く、城は爆音と共に大きく揺れた。
刻印の者が襲撃したと分かったのは、十二勇将がメシアの部屋に飛び込んだときだったという―――。
*
―――ということは、使者の首が落とされたのは、今朝のことだ。
皇国から帝国へは、どれだけ早馬を飛ばしたって二月はかかる。
戦が再開されるには、まだ時間があるということだ。
だがもしこのまま帝国に使者の首が届いてしまえば―――それは、最早修復しようのない亀裂が入ることになる。
帝国からすれば、一方的に仕掛けられた戦争だ。
なのに停戦を申し出て、更に同盟を結ぼうと和解策を講じてきたのに、無下にされればどうなるかは目に見えて分かることだ。
「……せめてその場にいれば……っ!」
皇帝を一発殴ってやりたい。悔やんでも仕方ないことだが。
「起こってしまったことは仕方ないさ。ただ、機会だと思わないか?」
「え?」
リゲルを見れば、剣呑とした瞳を細め、不敵に笑っていた。
その表情の意図するところが分からず、フェイは眉を顰める。
「ここまで、きっとメシアの思う通りに事が運んでいるんだろ」
「……そうね、認めたくはないけど……」
「だったら、メシアの鼻をあかしてやろう」
「どうやって?」
「使者の首を奪還し、帝国を味方につけるんだ」
リゲルの提示した方法は、以下の通りだった。
今から城へ戻って元凶であるメフィストフェレスを倒したとしても、既に送り込まれた戦の種は芽を出してしまう。
それならば、まずは芽を摘み取る必要がある。
使者の首を、帝国に行き着く前に奪い取り、フェイが『救世主』だと装って帝国へこう進言するのだ。
『皇国は悪魔によって堕ちてしまった。いずれその脅威は帝国をも浸食するだろう。救世主たる力を以てこれを打ち破るため、帝国の力をお貸し願いたい』、と。
その力を率いて皇国へ向かい、メフィストフェレスを討ち取る―――。
「む、無理だよ!」
辺りに、フェイの否定する声が響く。
膝の上にいたエルの耳がぴくり、と立ち、ゆっくりと萎れていったのを確認して、止めていた息を吐いた。
帝国からしたら、まるで皇国の茶番に付き合わされるようなものだ。
そんなことで力を貸してくれるとも思えない。
だがフェイの否定を受けても尚、リゲルは自信を崩すことはなかった。
身を乗り出し、試すような口ぶりで問いを投げかける。
「帝国がなんとしても戦を回避したい理由―――なんだか分かるか?」
「……」
その問いに、まるでなにかの洗脳が解けたような。鮮明に目が冴えたような。
そんな一新したような気持ちで、フェイはようやくリゲルの提案に納得の意を示した。
「……そうか」
人の抱く『悪意』は高まり、どう考えても魔力を有する帝国に軍配が上がる。
実際には、先の戦争では有利に事を進めていたのだ。
停戦せずに戦を続けていれば、敗戦国となっていたのは皇国の方だろう。
それなのに停戦交渉を進め、同盟を提言した帝国。
その真意は、決して『救世主』の力を畏れたからなどではない。
「帝国の内乱だ」
アダン帝国は、今情勢が不安定に陥っている。
貴族位の反乱、平民の暴動、それに合わせたように、王である大帝の精神攪乱による失脚。
相次ぐ内乱に乗じて攻め入ろうとする皇国に、休戦を申し出るのは致し方ないことだ。
新たに大帝の地位に就いた者も、この2年の間で4人も失脚している。
つい先日新たな王が就いたと聞いたが、齢20ほどの前々大帝のご落胤だというのだから、国内は相当に荒れているのだろう。
もし今の現状で皇国との戦争が長引けば―――どちらが勝つか、予想だにできない。
「でも尚のこと、そんな状態じゃ力なんて貸してくれないんじゃ……」
「帝国の王にただ伝えればいい。『悪魔を討ち取れば神の祝福がある』だの『救世主たる私は貴方の味方となる』だの。そうすれば、内乱で血走っている民衆も騙されて、うまくいけば今の大帝は支持される」
「……なるほど」
リゲルの推測は、ただの推測でしかない。
うまくいく確率なんて、限りなく低いとも思う。
だが成功すれば―――この戦争を止められる。
メフィストフェレスを倒せることも、できるかもしれない。
「やろう。今はその方法に賭けるしかない」
力強く頷けば、リゲルは笑みを浮かべ、荷物から一枚の地図を取り出した。
「まずは使者の首奪還だ。昼間に発ったとすれば、今はこの辺り……ここから東にある町に着いているはず。そこから更に東に向かって、果ての港町バルトから帝国に渡る。帝国への道はいつも決まっていたからな。たぶん間違いないはずだ」
「なら、明朝に東へ向けて出発しよう。船に乗る前に奪わないと」
*
そして一夜明けた朝―――。
黒馬の高らかな鳴き声と共に、たった二人と一匹の、無謀ともいえる計画がはじまった。
その陰で、嘲笑する者がいることなど露とも知らずに。




