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14 十二勇将同士の対立


 ―――話は、数時間前に遡る。


「フェリス=ブランシャール! リゲル=ローラン! 貴様たちに逃げ場はないッ! 降伏し、姿を見せろ!」


 その高らかな声は、酒場のざわめきを消し去り、フェイとリゲルのいる部屋にまで聞こえてきた。


 慌ててローブを羽織るフェイの横で、リゲルは剣の柄に手をかけながら窓の外を覗き見る。

 取り囲む騎士団達。

 そして自身の黒馬とは別に、新たな黒馬を見たリゲルは舌打ちを零した。


「エル、おいで」


 エルをローブ内に収めたフェイは、残り少ない奇宝石を握り締める。

 あと2回―――その使用回数を、今ここで使うべきか否か。


 いいや、迷っている暇はない。


 フェイは部屋を飛び出そうと足を動かした―――だが、すぐさまリゲルの手が伸び、腕を掴まれ動きを封じられる。


「フェイはここでじっとしていて」

「何を……っ!」

「俺に任せて」


 そう力強く告げたリゲルは、フェイの先に立ち、部屋の扉を開ける。

 慌てて後を追いかけるも、そのすぐ後、再び厳格な声が1階から響いてきた。


「―――しかと聞くが良いッ! この町に、現在刻印の者が潜んでいる! このまま出てこないようであれば、騎士団の勢力を以てしてこの町を制圧するぞ!」


 眉を顰めるような内容に、フェイは言葉を失う。

 その間にリゲルは躊躇することもなく、軽快な足取りで階段の踊り場まで下りて行ってしまった。


「やれやれ、物騒だな。誰かと思ったらオリヴィエじゃないか。メシア様の護衛はしてなくていいのか?」

「姿を見せたな、リゲル……っ!」 


 身を隠すように、廊下の影からじっと、リゲルとオリヴィエと呼ばれた女騎士の様子を覗き見る。

 二人はどうやら顔見知りのようだ。

 固唾を飲んで見守るフェイへ、ローブから顔を出したエルが語りかける。


「出なくてよいのか」

「……もう少し、様子を見てから」


 しっと人差し指を口に宛がいながら答えたフェイは、視線をリゲルへと戻した。


「貴様の行動について、審問調査会が招集をかけている。私と一緒に来てもらうぞ」

「それなんだけどさ、旧友の仲ってことで見逃してほしいんだよね」

「見逃す、だと……? 刻印の者に下ったというのは本当なのか、リゲル」

「嘘偽りなく真実だよ、オリヴィエ。下ったというよりは、忠誠を誓ったというのが正しいな」


 リゲルの言葉に、オリヴィエは眉間の皺を更に深め、帯刀していた剣を音も無く引き抜いた。

 剣先を真っ直ぐに向ける目には、敵意以外なにも感じられない。

 

 だがリゲルに驚く様子はなかった。

 平然と、こうなることが分かっていたように口角を上げているだけだ。

 そのことにオリヴィエは苛立ちを含んだ口調で、叩きつけるように言った。



「『十二勇将』のひとり、リゲル=ローランッ! 我が王の命により、貴様をここで死罪に処すッ!」




 煌びやかな装飾が施された『栄誉ある剣』を目に入れたフェイは、驚きの声が上がりそうになって慌てて手で口を塞いだ。


(……うそ、リゲルがあの『十二勇将』のひとり……!?)


 フェイだけでなく酒場にいた町の住人達も一様に驚き、二人を交互に見ている。

 唯一首を傾げるエルは、ペシペシと前足でフェイを叩くと「なんだそれは」と説明を求めてきた。



 ―――十二勇将。


 それは皇国騎士団の中から精鋭だけで構成された、十二人からなる組織の名前だ。

 歴史の中では十二人以上だったり、欠員が補充されなかったりもあったようだが、基本的には十二人という数は守られる。

 

 武闘に秀で、知略にも秀でた存在。

 数多いる騎士の中から選ばれた、誠の騎士。

 特徴的なのは王から賜る、『栄誉ある剣』を持っていることだ。装飾の施された剣は、とある名匠が打ったもので、その切れ味は岩をも切り裂くと言われている。



「ふむ、要は強いやつなのだな。しかし意外そうにしているが城で会わなかったのか?」

「そんな滅多に会わないよ。皇帝と謁見するなんてそうそう無かったし。2年前なんて、なにかしらでよく遠征してた気がするし」


 声を潜めて会話する二人だったが、次の瞬間、大多数の人間の悲鳴が聞こえ、すぐさま階下を見下ろした。

 どうやら『栄誉ある剣』同士で打ち合いが始まったようだ。

 酒場に収容されていた町民は一斉にその場から逃げ出し、残ったのは対峙する二人だけとなっている。


 鉄と鉄が合わさる音が数回響く最中、飲みかけの酒や、食べかけの皿を引っくり返す大乱闘がはじまった。


 リゲルは巧みに攻撃をかわしては、まるで挑発するかのように、オリヴィエへ酒の入ったグラスを投げつけている。

 その都度剣で叩き割るが、酒を被ったオリヴィエは怒り心頭の様子でリゲルへ斬りかかった。


「貴様……ッ! ふざけるのも大概にしろ!」

「ふざける? オリヴィエ、俺はいつだって『熱い』男だよ?」


 鍔迫り合いの中で、リゲルは不敵に笑む。

 すぐさま察したオリヴィエは「まさか、」と気付くも、時既に遅く。


「さあ、早く詠唱しないと焼け焦げるぞ!」


 高らかな声に続いて、精霊術を発生させるための詠唱がその口から紡がれた。



「liaison≪結合≫―――circulation≪巡る≫、


 四大の精霊、侍るは理、我に栄華の導きを!」



 簡略型の詠唱を言い終えた途端、リゲルの持つ剣が白煙を巻き上げ始める。


 かすかに焦げた匂い。

 温度が一気に上昇する感覚。

 

 フェイの瞳が、徐々に紅蓮に染まる。


 刀身から燃え上がる様は、さながら『炎の剣』だ。

 轟々と燃えながらリゲルの持つ剣へ巻きつく炎は、焼き尽くすその時を、今か今かと待ち焦がれているように見えた。


 オリヴィエの酒に濡れた身体では、僅かに触れただけで燃えてしまうだろう。

 『してやられた』と言わんばかりに、オリヴィエは詠唱を唱え始める。


 フェイの早鐘を打つ心臓が2度胸を叩いたとき―――リゲルはその剣を、オリヴィエに向け振り上げた。



「……我に栄華の導きを―――ッ!」



 だが直前、オリヴィエの詠唱が謳い終わり、床が割れ土が盛り上がる。

 オリヴィエを守らんとする強固な土壁を前に、リゲルは足で蹴り体制を変えると、床へ向けて剣を薙いだ。


「な……っ!」


 驚きの声を上げたのは、フェイだった。


 床一面に散らばった酒に引火し、炎は空気を吸って徐々に大きく広がっていく。

 取り囲まれ身動きのできない彼女へ、リゲルは誰が見ても悪意の無い爽やかな笑みを浮かべた。


「悪い、オリヴィエ。逃げるから後よろしくな」

「何を言っている!」


 煙を吸い込み、むせる彼女に背を向けて、リゲルは階上へ声を上げた。


「フェイ! おいで!」


 にっこりと微笑む彼は、手を広げフェイを待ち構える。



 ―――狂気を、感じた。



 追手の足を止めるためとは言え、火を巻き起こす彼に底知れない恐ろしさを抱く。

 思わず一歩後ずされば、異変を察したリゲルが首を傾げ、上品な微笑みで「ほら、おいで」と促してきた。


「フェイ、行かんのか。逃げるなら今だぞ」

「……わ、分かってる」


 エルに催促され、立ち上がったフェイは手すりに手をかける。


 一方、オリヴィエはこのまま火が広がればどうなるか、察したらしい。

 土壁を解き、床一面に砂を広げて炎を消そうとしている。


 それを横目に見ながら、フェイは階下へと飛び降りた。

 だが決して、リゲルの広げる腕の中などではない。その横へ着地したフェイに、リゲルは空中に上げていた腕をおろし、肩をすくめている。


(……私は、彼の騎士の誓いを許してしまって……本当に良かったのだろうか)


 胸に浮かんだ疑問を取り払うように、フェイはリゲルに手を引かれ宿の外へと走る。

 背中からは煙に包まれる、気高き女騎士が声を張り上げていた。


「待て、リゲルッ! ……ぐ、けほ、これで……逃げ切れると思うなよ!」


 その声は、執念に満ち、殺意に満ち、そして悲哀に満ちているように聞こえた。


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