769 にんにくを漬けておいしいのはお酒と油だけじゃないんだよ
ロルフさんちの人がお料理の材料を持って来るのには時間がかかるでしょ。
だからなのか、キャリーナ姉ちゃんがこんなこと言いだしたんだ。
「ルディーン。今あるので何か作れないの?」
「どうだろう? バーリマンさん、ここって何があるの?」
何か作ってって言われても、ここに何があるのかなんて僕知らないもん。
だからここのギルドマスターをやってるバーリマンさんに聞いたんだけど、
「お嬢様に聞いても解らないだろうから、俺が説明するよ」
バーリマンさんはお料理をしないから、代わりにモーガンさんが教えてくれることになったんだ。
「ここには基本保存のきくものしか置いてないけど、どんなものが欲しいんだい?」
「そうだなぁ」
お芋はさっき食べたでしょ。
後、いつもお家に置いてあるものってなんだっけ?
頭をこてんって倒しながら考えたんだけど、そしたらあるものが頭に浮かんだんだ。
「そうだ! 小麦粉やエリィライスってある?」
「どちらもあるけど、それで何を作るんだい?」
「あのね、パンとごはんを作るんだ」
そう僕が教えてあげると、モーガンさんは不思議そうなお顔でお腹がすいたのかい? って聞き返してきたんだよね。
「主食ならフィートチーネがまだ残ってるけど」
「ちがうよ。にんにくのお料理をするって言ったじゃないか!」
僕が怒ると、モーガンさんはごめんごめんって謝りながら、そのふたつを出してくれたんだ。
「それで、これをどうするんだい?」
「ご飯はお水を入れて炊いて、小麦粉はふわふわの柔らかいパンを焼くんだよ」
「えっと、お料理を作るんだよね?」
聞かれたから教えてあげたのに、モーガンさんたらまた変なこと聞くんだもん。
だから僕、両手をあげてコラーって怒ったんだ。
「お料理を作るって言ってるでしょ!」
「モーガン。ルディーン君は我々とは違った視点で料理を作るんだ。だから思い込みや固定観念で余計な口は挟まない方がいいぞ」
そしたらノートンさんがこう言ってくれたもんだから、ごはんとパンを作ることになったんだよ。
「モーガンさんはエリーライスをお水で炊いてご飯にして。ノートンさんは僕一人じゃパンを作れないから手伝ってね」
「解った」
「了解だ」
そんな訳で、僕はノートンさんとパン作り。
ノートンさんは小麦粉を山みたいに台の上の出すと、その上をへこませてからそこにお水と塩を入れて練り始めたんだよ。
でね、生地がある程度まとまったところで僕の出番。
「じゃあ、発酵させるね」
発酵スキルで集めたパンを膨らませる菌を使ってまずは一次発酵。
生地がぷくーって膨らんできたから、それをノートンさんにもういっぺん練ってもらってガスを抜いたら小っちゃく切り分けてもらったんだ。
「これを焼けばいいのか?」
「ううん。その前にもういっぺん発酵スキルを使わないとダメなんだよ」
僕が発酵スキルを使うとまたすぐにぷくーって膨らんできたから、その生地を温めておいたオーブンの中へ。
そしたらモーガンさんが、こっちも終わったよって。
「こっちも火にかけたぞ。でも、この二つができあがるまでに食材が届くんじゃないか?」
「あっ!」
そう言えば、どっちも出来上がるまでに時間がかかるんだった。
それに気が付いたのはキャリーナ姉ちゃんもおんなじだったみたいで、僕に聞いてきたんだよ。
「ルディーン。すぐにできるのはないの?」
「あるけど、にんにくをいっぱい使うからなぁ」
僕がそう言うとね、バーリマンさんが錬金術ギルドにあるのは全部使ってもいいよって言ってくれたんだ。
「いいの?」
「私も興味があるからね」
そんな訳で、またノートンさんたちに手伝ってもらってお料理。
「それで、今度は何を作るんだい?」
「あのね。お酒は熟成させるといいにおいになるでしょ。だから僕、お酒に漬けたにんにくを蒸し焼きにしたらおいしいのかなぁって思ったんだ」
「なるほど。確かにそれは試してみたくなるな」
作るのはにんにくの蒸し焼き。
フライパンで軽く焼いてからお水を入れて蓋をするだけの簡単なお料理だけど、いいにおいのするお酒につけたのを使ったら生のにんにくを使うより、もっとおいしくなるんじゃないかなぁって思ったんだ。
ってことでノートンさんたちに作ってもらってはみたんだけど……。
「確かにおいしいことはおいしいけど」
「火を入れたにんにくの香りが強すぎて、せっかくの熟成させた酒の香りが飛んでしまってるな」
作り始めた時は、お酒のいいにおいがしたんだよ。
でもすぐににんにくのにおいの方が強くなって、最後はそっちばっかりになっちゃったんだ。
「もっと香りや味の強いものに漬けないとダメっぽいね」
「濃い味? あっ、そうだ!」
ノートンさんが味や香りが強い物って言ったおかげで、僕、思い出したんだよね。
「ノートンさん。にんにくはお醤油に漬けてもおいしいんだよ」
「ショウユって、クレイイールを調理する時に使うあれか? それなら少量だが、前にもらったのを小分けにしてここにも置いてあるぞ」
これを聞いてちょっとびっくりしたんだけど、置いてある理由を聞いて納得。
ロルフさんはクレイイールが大好きだから、錬金術ギルドにいる時もたまに食べたいっていうことがあるんだって。
だからそういう時はロルフさんちで蒸してから焼くまでをやって、ここでたれをつけて焼く最後の仕上げをするために置かせてもらってるんだってさ。
「ただ、あれは少々塩がきつくないか?」
「うん。だからちょびっとだけお砂糖を入れるみたい」
お醤油で漬けようと思った時、お砂糖を入れるとおいしくなるよって頭に浮かんだんだ。
多分これは料理人スキルが教えてくれたんだろうから、間違ってないと思うんだよね。
「そうか。それなら一度やってみるか」
ここにお醤油を置いてるノートンさんがいいって言ったから、早速にんにくを入れて熟成スキルを使ってみたんだよ。
でね、その中からにんにくを取り出してさっきとおんなじように蒸し焼きにしたんだ。
「う~ん。香りはにんにくに負けてないが」
「ああ。やっぱりショウユの塩が強すぎて、このままでは食べづらいな」
お醤油にはお塩がいっぱい入ってるでしょ。
だからお砂糖をちょびっと入れたくらいじゃ、ぜんぜん足りなかったみたい。
でも、にんにくをお醤油で漬けること自体は失敗じゃなかったんだ。
「ただ、調味料としてみればかなりいいんじゃないか?」
ノートンさんがにんにくをちょびっとだけかじってそう言ったもんだから、僕はホント? って聞いてみたんだよね。
そしたら、調味料として考えたらこの味の強さと香りがいいんだよって。
「単体で見て強すぎる味も、他の食材とケンカさえしなければ強みになるんだ」
「確かにこれで淡白な鳥や野菜に味付けすれば、かなり美味いものができるだろうな」
二人の料理長さんが言ってるんだから、これは絶対ほんとだと思う。
それにね、ロルフさんもにんにくを漬けたお醤油が入ってるちっちゃなツボを指さしてこう言ったんだよ。
「クラーク。このにんにくの香りが移ったショウユでクレイイールを焼いたら、いつもの甘辛い味とはまた違った良い一品になるのではないか?」
「はっ! 確かにそうですね。この香りの強さならクレイイール特有の油臭さを押さえるには十分ですし」
ノートンさんはそう言った後、ちょっと黙って考えてからこう言ったんだ。
「もしかすると蒸してから焼いただけのものに、このにんにくショウユをディップして食べてみても面白いかもしれません」
「なるほど。それはよい考えじゃな」
クレイイールって最初に見つけた時はまだお醤油を作ってなかったから、蒸してから焼いたのを塩味で食べてたもん。
それがおいしかったんだから、香りのいいにんにく醬油で食べても絶対おいしいでしょ。
「クラーク。流石にここではクレイイールの調理はできまい。だからそのにんにくの香りの移ったショウユを持ち帰り、後日その料理を作ってみせよ」
「はい、解りました」
頭を下げながら、そうお返事するノートンさん。
それを見たロルフさんは長いお髭をなでながら、楽しみじゃのうって笑ったんだ。




