767 熟成スキルでにんにくを漬けてみよう
熟成スキルでにんにくを油やお酒に漬ける時間を短くできるかもしれない。
そんなことをモーガンさんが言いだしてびっくりしたんだけど、それは僕だけじゃなかったみたい。
「ユリウス、それは本当なの?」
「もしそうだとしたら、スキルの新たな使い方が見つかったということじゃぞ」
バーリマンさんとロルフさんも、モーガンさんのお話を聞いてびっくりしたみたい。
だからほんとなの? って聞いたんだけど、そしたらモーガンさんが困ったお顔になっちゃったんだ。
「先ほどの話は、あくまで仮説なのです。熟成スキルが使えない私では、検証することができないので」
「言われてみれば、確かにそうじゃのう」
ロルフさんがそう言うと、みんなが一斉にこっちを見たんだ。
「この場でそれを検証できるのはルディーン君だけじゃな」
「ルディーン君。俺の仮説を立証する手伝いをしてもらえないかな?」
「うん。いいよ」
ほんとに熟成スキルでお酒や油に漬けたものが早くできるのか、僕も知りたいもん。
だからモーガンさんの言う、けんしょうってやつのお手伝いをすることにしたんだ。
「にんにくが漬かったかどうかだけど、色のついた油よりも無色透明な蒸留酒の方がより分かりやすいでしょうからこちらを使います」
モーガンさんはそう言うと、蒸留酒の入った入れ物の中ににんにくの粒を何個か入れたんだよ。
でね、それを僕にはいって渡してきたから、すぐに熟成スキルを使ってみたんだ。
「あっ、にんにくがちょびっとだけ透明になったんじゃない?」
「それに少し、しなっとした気がするね」
モーガンさんはそう言うと、お酒を銀色のスプーンですくってペロリ。
「香りもちゃんと移っているようだね」
調べてみると、刻んで入れた時ほどじゃないけどにんにくのにおいがお酒についてたみたい。
「ならば、もう少し熟成を強くかけてみてはどうじゃ?」
それを聞いたロルフさんがもっと熟成スキルをかけようよって言ったんだけど、モーガンさんがちょっと待ってって。
「一度にんにくを一粒取り出して、味を確認してみましょう」
お酒に漬けると、にんにくの味も変わるでしょ。
だからそれを見てみたいってモーガンさんは言うんだ。
「うむ、それもそうじゃな」
ロルフさんも賛成してくれたもんだから、モーガンさんはお酒の中から一粒だけ取り出してナイフで何個かに切ったんだよ。
その内の一個を自分で、他のをノートンさんやロルフさん、それにここにいる大人の人たちに配って食べてもらったんだ。
「少し寝かせたまろやかな酒の味とにんにくの鮮烈な香りがして、これはいろいろな料理に合いそうですね」
「ここにある蒸留酒は料理だけじゃなく洗浄にも使うものだから、熟成による味の変化がよく解っていいですね」
食べたにんにくを味わいながら、そんなお話をするモーガンさんとノートンさん。
ふたりが言うには、お酒に漬けたにんにくは生のものよりおいしく感じるんだって。
火を入れるとお酒が飛んじゃうから変わらないかもしれないけど、生で使うお料理もあるからいろんなので試してみたいねって二人は話してるんだ。
「ふむ。では熟成がさらに進むとどうなるか、興味は尽きぬのお」
そんな訳で、残ってるニンニクが入ったお酒にもう一度熟成スキルを発動。
そしたらお酒の色がさっきよりちょびっとだけ黄色くなってきて、にんにくがもっと透明になってきたんだ。
モーガンさんがそのお酒をスプーンを使ってなめてみたら、香りの強さはさっき刻んだにんにくを入れたのとおんなじくらいになってたみたい。
だから僕、それを聞いて成功したんかなぁって思ったんだよ。
でもモーガンさんは変なお顔をしながら、それ以外は全く違っちゃってるなぁって。
「う~ん。これはただ漬け込んだものとは、まったく別ものになってしまったかもしれません」
「どういうことだ?」
今度はノートンさんが、熟成させたお酒を銀色のスプーンですくってベロり。
「なるほど。確かにこれは別物だな」
「クラーク、それはどういうことなのじゃ? にんにくの香りは、先ほど刻んだものを入れた時と変わらぬのであろう?」
モーガンさんとノートンさんの二人だけで味のお話をしてるもんだから、ロルフさんはどうなってるのか気になったみたい。
でも、ロルフさんは料理人さんじゃないでしょ。
だから自分で味見しないで、刻んだのに軽く熟成をかけたのとおんなじでしょ? って聞いたんだ。
そしたらノートンさんは違うよって横に首を振りながら、こう言ったんだよね。
「旦那様。我々は熟成スキルによって、蒸留酒ににんにくの香りが移るのかを検証していましたよね?」
「うむ。その通りじゃな」
「しかしこの蒸留酒はもう香りが移るという段階ではなく、にんにく古酒と言えるほどの物になってしまっているのです」
熟成スキルを使うと、お酒がまろやかになっておいしくなるって言ってたよね。
このお酒は一度熟成スキルをかけてまろやかになってたから、ノートンさんは二度目の熟成スキルをかけたってあまり変わらないだろうって思ってたんだって。
「果実を使って作った酒を蒸留した場合、原材料の香りがする蒸留酒ができあがります。そしてそれを寝かせて熟成させると味がまろやかになるだけでなく、香りもアルコールの尖りが消えてより鮮やかになるのは旦那様もご存じですよね?」
「なるほど。砂糖などを使って作った、香りの無い蒸留酒。それににんにくの香りを付けたうえで熟成させたものだから、同じようにとても良い香りの酒ができあがってしまったという訳じゃな」
ロルフさんはそう言うとね、近くにあったおっきめの木のさじでにんにくの入ったお酒を掬うと、それを近くにあった器に入れたんだ。
でね、その器をお鼻のところに持って行ってすーって香りを嗅いだんだよ。
「なるほど、よい香りじゃ。味の方はどうかな」
そう言うと、器に口をつけてゴクリ。
そしたら、カッ! って音がしそうなくらいおっきくおめめを開いたんだ。
「クラークよ。これを料理に使うなど、とんでもない。火を入れた時とはまた違った鮮烈な香りとまろやかな口当たり。これは何年も寝かせた上質な果実蒸留酒に引けをとらぬ味ではないか」
「ええ。ですからモーガンも、まったくの別物になってしまったと評したのです」
それにね、おいしくなったのはお酒だけじゃなかったんだ。
「これは!? 漬けたにんにくも先ほどとは全く別物ではないか」
「この酒に漬けこまれているのですから。当然と言えば当然ですね」
おいしいお酒の中に入ってたんだから、にんにくにもそれがいっぱいしみ込んでるでしょ。
だから当然そっちもすっごくおいしくなってるって訳で。
「これそのものが、一つの上質な料理のようではないか」
「ええ、旦那様の仰る通りかと」
「刻むなどして料理に入れるよりも、これ単体で出した方が多くの方々に喜ばれると私も思います」
こっちもお料理に使うなんてもったいないって盛り上がるロルフさんとノートンさんたち。
でもね。
「お料理にしないと、僕たちが食べられないじゃないか!」
せっかくおいしいのが食べられると思ってお手伝いしたのに、そのままだとお酒が入ってるから食べられないでしょ。
だから僕とキャリーナ姉ちゃん、それにレーア姉ちゃんの3人はロルフさんたちと違ってしょんぼりしちゃったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
本編中、モーガンさんやノートンさんの一人称が私になったり俺になったりしていますが、これは貴族相手に俺と名乗るのは失礼だからです。
でも普段は俺を使っているので、ルディーン君に対しての一人称は俺を使用しています。
さて、いくら頑張ったといっても、まだ8歳のルディーン君はお酒が入っているものは食べられません。
もし無理に食べようとすれば、前にワインになったブドウを食べてしまったキャリーナ姉ちゃんみたいになってしまいますからね。
それとこの熟成にんにく酒ですが、ルディーン君の強い魔力によって熟成しすぎた物ではありません。
なので熟成スキルが使える人ならだれでも作れるんですよ。
そんな訳でまた一つ、ルディーン君の名前で登録される食材が生まれた瞬間でもあったりしますw
ルディーン君の不労所得、今どれくらいになってるんだろう?




