709 練習もやり方しだいで逆効果になることもあるんだよ
刃物屋さんに行った次の日、ニコラさんたちはいつもやってるメイドさんのお手伝いをお休みして朝からお父さんと狭い所での狩りの練習。
おっきめの石や木の箱を置いて足元が不安定なとこを作ったり、普通なら振り抜くところを途中で止めたり。
いつもと違うことを一生懸命やってたんだ。
でもね、お昼休憩でご飯を食べてる時にお母さんが言ったんだよ。
「ニコラちゃんたち、午後からはお料理の練習ね」
これを聞いたお父さんはびっくり。
「おいおい、ゴブリン集落の攻略は近いんだぞ。そんなことをしている暇は無いんじゃないか?」
冒険者さんたちを集めるのに時間はかかるけど、それでもすっごく時間がかかる訳じゃないもん。
だからお父さんは狭いとこでの戦い方を練習した方がいいって言うんだよ。
でもそんなお父さんに、お母さんは何を言ってるのよって。
「そんなの、付け焼き刃で覚えても役に立たないのはハンスも解ってるでしょ」
ゴブリンの村がある洞窟は平地と違って坂だったりデコボコしたりしてるから、お父さんが用意した石とか木箱は意味があるんだって。
だって、そういうとこに足をのっけた時に剣を振ったら、その時に体がどうなるのかが解るもん。
でも、その上で剣を振ったり戦ったりする練習は意味がないよってお母さんは言うんだ。
「必要な知識は教えないとダメだけど、基礎ができてない子にその場しのぎの修練は逆効果になりかねないわよ」
「確かにそうだが、やらないよりはやった方が……」
「ニコラちゃんはともかく、残りのふたりはまだしっかりと剣を振れていないのを解って言ってる?」
お母さんにそう言われて黙っちゃうお父さん。
僕んちにいる時でも、こうなったらもうお父さんの負けなんだよね。
ってことでお昼ご飯を食べた後はお母さんやお姉ちゃんたちと一緒に、お料理ナイフの練習をすることになったんだ。
「ああ、それでここにいるなのですね」
僕んちのおっきな調理場に行くと、そこにはお勉強してるメイドさんや執事さんたちのご飯を作ってるカテリナさんがいたんだ。
「調理場の隅でいいから、ちょっとお借りしますね」
「はいです。ここはルディーン君のおうちだから、私はいい思いますよ」
お母さんが聞くとカテリナさんがいいって言ってくれたから、僕たちは隅っこにある調理台のところへ移動したんだよ。
そしたら何でか、カテリナさんも一緒についてきたんだ。
「どうしたの、カテリナさん? なにかご用事?」
「違うなのです。あなたがまた何か新しいことやる思ったので」
僕がここに来る時って、いっつも新しいお菓子とかお料理とかを作ってたでしょ。
だから今回もまたおんなじことをするんじゃないかと思ってついてきたんだって。
「ちがうよ。今日はね、ニコラさんたちにお料理ナイフの使い方を教えて上げに来たんだ」
「ああそれなら私、見本見せるなのです」
カテリナさんはここの料理長さんをしてるくらいすごい料理人さんなのに、僕が教えてあげるとニコラさんたちに見本を見せてくれるって言ったんだよ。
そしたらそれを聞いたニコラさんたちは大慌て。
「私たち、本当に何もできないんです。わざわざ料理長にそんなことしてもらう訳には」
「いいです、いいです。見本を見せるだけでありますから」
カテリナさんはそう言うと、冷蔵庫から洋ナシによく似た形の果物を取り出したんだ。
でね、小さめの果物ナイフを取り出すと、
「見ていてくださりませよ」
そう言ってナイフをその果物に当てたんだよ。
シュルシュルシュル。
そしたらあっという間に皮がむけちゃってびっくり。
洋ナシみたいな形だから普通の丸い果物よりむきにくいはずなのに、2~3秒しかかかって無いんだもん。
そんなの見せてもらっても、誰も真似できないよね。
「こうやるなのです。簡単でしょ」
それなのにカテリナさん、その果物をこっちに見せながらそんなこと言うんだもん。
だからニコラさんたちは、すごい勢いで首をぶんぶん横に振ったんだ。
「そんなの、できるはずないですよ」
「何をしたかもわからなかったし」
「果物がくるくる回ったと思ったら、一瞬で皮がむけたということしか解らなかった……」
それはニコラさんたちだけじゃなくって、お母さんやお姉ちゃんたちもおんなじだったみたい。
流石料理人の技術は違うわねって感心してるんだよね。
でも僕、それを聞いて解っちゃったんだ。
「あっ、そっか。料理人さんだから早いんだ」
「なに言ってるの、ルディーン。カテリナさんが料理人さんなのは解ってたじゃない」
キャリーナ姉ちゃんはそう言ったけど、そうじゃないんだよね。
「違うよ、キャリーナ姉ちゃん。料理人さんはお料理のスキルを持ってるから、あんな凄いことができるんじゃないかな? って僕、思ったんだ」
裁縫ギルドのクリームお姉さんも、お裁縫スキルが高かったからすーすーすーじゃなくってずばばばばばぁーって縫ってたでしょ。
カテリナさんは料理長ができるくらいお料理のスキルが高いから、あんな凄いむき方ができるんじゃないかなぁ。
「あれ? そう言えばお料理のスキルって、確かルディーンも持ってたよね?」
そしたらさ、レーア姉ちゃんがそんなこと言ったんだよね。
だから僕、うん持ってるよって答えたんだけど、
「それならもしかして、同じことがルディーンもできるの?」
そしたらそんなこと言いだすんだもん。
だから僕、びっくりしたんだ。
「できないよ。カテリナさんはすっごい料理人さんだからできるけど、僕はお料理のスキルを持ってるだけだもん」
お裁縫だってクリームお姉さんはずばばばばばぁーだけど、僕はすーすーすーでしょ。
スキルが高くないとおんなじ様にはできないんだよね。
「レーア、ルディーンはまだ手も小さいんだから、例えスキルがあってもあんなことできるはずないわよ」
それにお母さんの言う通り、僕のおててはまだ小さいもん。
あの洋ナシみたいな果物も、僕だったらきっと持つのも大変なんじゃないかな。
レーア姉ちゃんも同じように思ったみたいで僕のおててを見ながら、お母さんの言う通りこんなに小さいもんねって。
「でもルディーンだって大きくなれば、きっと同じようなことができるようになるよね?」
「うん。僕もがんばって、いつかしゅるしゅるしゅるってできるようになるよ」
お菓子やお料理、今でもいっぱい作ってるんだから大きくなる頃にはきっとお料理のスキルも高くなってるはずだもん。
これからもがんばってカテリナさんとおんなじことができるようになるぞ! って、僕はおててをぎゅって握りながらふんすと気合を入れたんだ。




