649 食べておいしいのとワインにしておいしいのは違うんだね
座って目をつむってるだけでも回復していくMP。
その速さは、寝ころんでてもあんまり変わらないみたい。
「でも、こんだけ寝てればいっぱい回復するよね」
お母さんとお話したり、お父さんとブドウをワインにするお話をしてたおかげでかなり長い間寝ころんでいられたでしょ。
そのおかげで、僕のMPはかなり回復したんだ。
そんな訳で、よっこいしょって体を起こす。
「おっ、もういいのか?」
「うん。かなり回復したからもう大丈夫だよ」
僕がそう答えるとね、お父さんはそれならって採ってきたブドウを僕のところに持ってきたんだ。
「わぁ、ほんとにいろんなのがなってるんだね」
そこには紺色や紫色、それに黄緑色のブドウがいっぱい並んでたんだよ。
それに形だって丸いのや楕円形のとかがあって、そんなに広くない所にこんなにも違ったのがなってたのかって僕はびっくりしたんだ。
「この中で特に甘くて食べやすかったのは、これとこれだな。後、少し酸っぱいのはこれ」
お父さんに言われて甘いっていうのを食べてみたんだよ。
そしたらほんとにすっごく甘くってまたびっくり。
「こんなにおいしいのがいっぱいなってたの?」
「ああ。前に森の奥になっているベニオウの実は魔力溜まりの影響で甘くなっていると言っていただろ? これも同じなんじゃないか」
そっか、そんなに奥の方じゃないけどここは森の中だもん。
村とかで作ってるブドウと違って、魔力がいっぱいあるからおいしくなってるのかも。
「ベニオウの実で作った酒も、奥地で採れたものを使った方がおいしいかったよな。それならこのブドウを使ったワインなら、同じように美味いものができるんじゃないか?」
「どうかなぁ。やってみないと解んないよ」
とっても甘いけど、それがお酒になってもおいしいかどうかなんて解んないもん。
だからそう答えるとお父さんは、それなら早速やってみてって。
「ワインのブドウは甘い方がおいしいと聞くからな。これなんかどうだ?」
そう言ってお父さんが渡してきたのは、さっき食べた大粒で皮が薄いブドウ。
これは種もちっちゃくって、とっても食べやすかったんだ。
「これ、おいしかったもんね」
「ああ。きっと美味いワインができるぞ」
僕はさっそく、その大粒のブドウに醸造スキルを使ってみる。
ワインは前にアマンダさんのお店で作ったことがあるでしょ。
それにブドウにはワインになる酵母っていうのがあるから、結構簡単にブドウの形のまんまのワインができあがったんだ。
「お父さん、ちゃんとできたみたいだよ」
「おおそうか。それじゃあ、早速一口」
お父さんはそう言うと、一粒とってパクリ、
そのままもぐもぐしてたんだけど、ちょっとしたら残念そうなお顔になっちゃったんだよ。
「どうしたの? うまくできてなかった?」
「いや、確かにワインにはなっていたんだ。でもなんて言うかなぁ。味が薄いというか、何かが足らないって言うか……」
どうやらこのブドウは、ワインにするにはあんまり向かなかったみたい。
「甘いのがいいと思ったけど、酸っぱいののほうが良かったのかなぁ」
「確かにそうだな。それじゃあ、こっちのを試してみてくれ」
そう言ってお父さんが渡してきたのは、さっきちょっと酸っぱいよって言ってたやつ。
これはさっきのほど甘くはないけど、皮が薄くって食べやすかったんだって。
「それじゃあ、やってみるね」
さっきと同じように、醸造スキルを発動。
そしたらちゃんとワインになったんだけど……。
「これはダメだ。甘さが消えてより酸っぱくなっているから正直おいしくない」
「そっか。じゃあやっぱり、甘い方がおいしくなるんだね」
甘いので作った時は、何かが足らないって言ってたけどおいしくないとは言わなかったもん。
でも、それじゃあなんてさっきの甘いブドウだとおいしくできなかったのかなぁ?
「お父さん。おいしいワインって、どんな味がするの?」
「そうだなぁ。香りが良くてほど良い酸味があって、あとどっしりとした味がするな」
「どっしりって何?」
「あっ、いや、そう改まって聞かれると俺にもよく解らないんだが」
お父さんはいろんな言い方で一生懸命教えてくれようとしてるんだけど、正直よく解んなかったんだ。
だからね、僕はここにあるブドウ全部を試してみることにしたんだ。
「お父さん。おいしいって思うのから順番に、一粒ずつ持って来て」
「順番にって、全部ワインにするのか?」
「うん。だってどれがおいしくなるか解んないんだもん」
そうして僕は、いろんなブドウをワインにしてったんだよ。
でもね、なかなかおいしいワインになるブドウは出てこなかったんだ。
「あとは皮が厚かったり、種が大きかったりして少し食べにくいやつばかりだな」
「そっか、じゃあやめとく?」
「いや、物は試しだ。比較的食べやすい、皮は厚いが種の小さいのからってみてくれ」
そう言われて渡されたブドウに、僕は醸造をかけたんだよ。
そしたらさ、それを食べたお父さんがちょっとびっくりしたお顔に。
「今までの中では、こいつが一番うまいな」
ぺって、皮と種をお口から出しながらそう言うお父さん。
ってことはもしかして、皮が厚い方がおいしいワインになるのかな?
「お父さん、一番皮が厚いのはどれ?」
「これとこれかな。ただこっちは甘さはかなりあるんだが種も大きくて、ちょっと食べにくいぞ」
「そっか、じゃあ種の小さい方でやってみるね」
お父さんに渡された二つの内、種が小さい方に醸造をかけてみたんだよ。
そしたらさ、それを食べたお父さんがうれしそうなお顔になったんだ。
「これはかなりいいぞ。皮が厚くて口から出さなければいけないのが面倒だが、これなら十分美味い部類に入る」
「そっか。じゃあ、こっちのはやらなくてもいいね」
こっちは種がおっきくて食べにくいって言ってたもん。
もう一個の方がおいしかったのなら、別にやらなくてもいいよねって思ったんだ。
でもね、お父さんはせっかくだからそっちもやってみようよって。
「種は大きいが、皮の厚さは同じくらいだからな。どうせならそっちもやってみてくれ」
「うん、いいよ」
僕は皮が厚くて種もおっきいっていうブドウにも熟成をかけてみたんだよ。
それを渡すと、お父さんはそのままパクリ。
「っ!」
そしたら今までで一番びっくりしたお顔をしたんだ。
「どうしたの? おいしくなかった?」
「いや、その逆だ。イーノックカウで飲んだ中でも1・2を争うほど美味いワインに匹敵するぞ、これ」
このブドウは皮が厚くて種がおっきくて食べるとこはあんまりないけど、ワインには一番向いてるみたい。
「ルディーン、このブドウをひと房全部ワインにできるか?」
「うん、できるよ」
最初に渡された二種類の甘いブドウは房ごとワインにしたもん。
そんなの簡単だよって、僕は渡されたブドウをワインにしてあげたんだ。
そしたらお父さんはそのブドウを、とってもおいしそうに食べ始めたんだよ。
「あ~、お父さんたち、先にブドウ食べてる」
そこへ丁度お母さんとキャリーナ姉ちゃんが帰ってきたんだ。
「おかえりなさい」
「はい、ただいま。って、この匂いは何?」
だからおかえりなさいをしたんだけど、そしたらお母さんがちょっと怖いお顔になって周りをキョロキョロ。
そしてお父さんの方を見ると、すっごく怒り出したんだ。
「ハンス! あなた、ルディーンに何をさせたの!」
「えっと、ワイン造り?」
今のお母さん、とっても怖いでしょ。
だからお父さんはちょっとびくびくしながら、ワインを造ってたんだよって教えてあげたんだ。
そしたらさ、それを聞いたキャリーナ姉ちゃんがいけないんだって。
「お父さん、ルディーンはMPが無くなって休んでたのにダメでしょ。お酒作るのにも使うのに」
「なに! 酒を造るのにもえむぴぃっていうのがいるのか?」
びっくりしたお顔でこっちを見るお父さん。
だから僕、ゆっくりと頷いたんだ。
「一回一回はちょびっとずつだけど、MPは使うよ、だって醸造はスキルだもん」
お父さんはスキルを使う時にMPがいることを知らなかったみたい。
だから僕が教えてあげると、すっごくびっくりしたお顔になっちゃったんだよ。
でね、お母さんはというと、
「ルディーン、あなたはもう少しの間寝ていなさいね」
優しそうなお顔でそう言いながら僕を敷物の上に寝かせると、すぐにお父さんのところへ。
「ひっ!」
僕からは見えないけど、きっとすっごく怖いお顔になってるんだと思う。
「魔法と違ってスキルはホントにちょびっとしかMPを使わないから、もう寝てなくても大丈夫なのに」
そう思いながらも、お父さんのお顔を見るとそんなことはとても言えないから静かに寝転んでることにしたんだ。




