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640 お家の中からロルフさんが出てきたらみんなびっくりしるよね

 近所の人たちとお話してるルルモアさん。


 それをノートンさんと一緒に見てたら、後ろから声がしたんだ。


「何やら騒ぎになっているようじゃな。クラーク、何があった?」


 人がいっぱい来たからちょっと騒がしかったでしょ?


 ロルフさんとバーリマンさんが、一体何があったんだろうってお家の中から出て来たみたい。


「旦那様、これはですね」


 ノートンさんはロルフさんに、クレイイールを焼いてたらそのにおいでみんなが集まって来ちゃったんだよって教えてあげたんだ。


 そしたらロルフさんは、長いお髭をなでながらふむふむって。


「香りに誘われたか。クラークよ、少々うかつであったな」


「面目ありません」


 ノートンさんがロルフさんに謝ったんだけど、僕ね、何が悪かったのか解んなかったんだ。


 だからバーリマンさんに聞いてみたんだよ。


「ノートンさん、お料理してただけだよ。何で謝ってるの?」


「それはね、ここがルディーン君の館だからよ」


 ノートンさんって、ロルフさんちの料理長さんでしょ。


 ロルフさんちはお金持ちだから、こんないいにおいがしてきたって近所の人たちがいっぱい来ちゃうなんてこと無いんだって。


 だけどここ、僕んちだもん。


 貴族様とかお金持ちのお家じゃないから、こんな風に騒ぎになったんじゃないかなってバーリマンさんは言うんだ。


「ここはいつも働いている場所ではないということを念頭に置いて行動しなくちゃダメでしょって、伯爵は言っているのよ」


「そっか。人がいっぱい来て、ルルモアさんも大変そうだもん」


 そう言ってルルモアさんの方を見てみたんだけど、さっきと様子が違ってたんだよ。


「あれ? みんなこっちを見てる」


「どうやら伯爵や私に気が付いたみたいね」


 どういうこと?


 言ってることがよく解んなかったから、頭をこてんって倒しながらバーリマンさんのお顔を見たんだよ。


「ここに私たちがいることを知らなかったのでしょうね。だからみんな驚いているのよ」


「そっか! ロルフさんはお金持ちだし、バーリマンさんは錬金術ギルドのギルドマスターさんだもんね」


 みんな僕んちだから聞きに来たけど、そこにお金持ちのロルフさんたちがいたらびっくりしるよね。


 そんなびっくりしてるご近所の人たちの方へ、ロルフさんがニコニコしながら歩いて行ったんだ。


 そしたら慌てて頭を下げたり、どうしようってアワアワしだすご近所の人たち。


 やっぱりお金持ちのお家の前で騒いだから、みんな怒られるって思ったのかなぁ。


 ここ、僕んちだから大丈夫なのに。


 そう思ってるのはロルフさんもいっしょだったみたい。


「皆、そう慌てるでない。何も叱るために来たわけではないのじゃ」


 ご近所の人たちのところに行くと、ニコニコしながらみんなに向けてお話を始めたんだ。


「ここはわしやバーリマン家とゆかりのあるものの館でな、普段はこの街におらぬということでわしが管理を任されておるのじゃよ」


 ロルフさんはね、普段イーノックカウにいない僕のお家を管理する代わりに自分ちで働いている人達の勉強場所として貸してもらってるんだよってお話したんだ。


「それではこの香りも?」


「うむ。その一環じゃな。ほれ、あそこに体の大きな料理人がおるじゃろ。あれは東門の外にあるわしの館の料理長じゃ」


 そう言われてこっちを見るご近所さんたち。


「別館とは言え、流石フランセン家の料理長。立派な体格をしておられる」


「風格がありますなぁ。さぞ腕の立つ料理人なのでしょう」


 そっちに向かってノートンさんが軽く頭を下げると、ご近所さんはみんなしてすごいすごいって。


 それをニコニコしながら見てたロルフさんは、ざわざわがある程度収まるのを待ってからもう一度お話を始めたんだ。


「さて、このような騒ぎになった理由はもうお聞きになったのかな?」


「はい。魚を焼いているとそちらの方から聞きました」


「ですが、このような香りのする魚など、イーノックカウでは聞いたことがありません」


「特殊な魚なのでは? と、皆で聞いていたのでございます」


 ロルフさんの前なのに、またちょっと騒ぎかけてるご近所さんたち。


 でもロルフさんは怒らずに、にっこりしたまま教えてあげたんだよ。


「今料理しておるのは別に珍しい魚ではない。露店でも売られておるありふれたものじゃよ」


 そう言って振り向くと、ノートンさんにそうだよねって。


「はい、旦那様。今調理しているのは、クレイイールです」


 ご近所さんはみんなクレイイールのことを知ってるみたいで、びっくりしたお顔に。


「確かにクレイイールは焼いた香りだけはいいと言われているが、ここまでのいい香りはしなかったはずだよな」


「それに、クレイイールのような下魚をフランセン家の料理人が調理しているなんて」


 露店でクレイイールを売ってるおじさんも、まずいからあんまり食べる人がいないって言ってたもん。


 そんなのをロルフさんみたいなお金持ちがお料理してるって聞いたら、信じられないのもしょうがないよね。


 それが解ってるからなのかロルフさんはふぉっふぉっふぉって声を出して笑いながら、我が家だからこそだよって。


「イーノックカウは近くに大きな川が流れておるから、新鮮でうまい魚が手に入る。しかし帝国の中には沼地しかない場所もあるのじゃよ」


 ロルフさんはね、そんな所じゃクレイイールみたいなお魚だって食べないとダメなんだよってみんなに教えてあげたんだ。


「泥臭くとも食べなければならぬ者たちがおる。それを解決する方法を模索しておったのじゃが、流石にうちの屋敷で実験をする訳にはいかぬであろう? しかし、ここには使われておらぬ広い庭があるからのぉ。新たに考案されたその料理法を試すにはもってこいなのじゃよ」


「なるほど。だからここで料理長自ら腕を振るっているのですね」


 ご近所さんたちはだからなのかぁって納得顔。


 でもね、中にはあれ? っと思った人もいるみたい。


 「ここで料理の試作をしているのは解りました。それじゃあもしかして、クレイイールをおいしく食べる方法が発見されたのですか?」


 一人のおじさんがこんなこと言ったもんだから、みんなホントなの? ってロルフさんの方を見たんだよ。


 これにはロルフさんも苦笑い。


「わしも今試作をしておる品はまだ食べておらぬ。じゃが、かなり手を入れればうまい料理になりそうじゃ。そうだな、クラーク」


「はい、旦那様」


 ロルフさんに呼ばれて、ご近所さんたちの方に行くノートンさん。


 そこでみんなに説明を始めたんだよ。


「前々から時間をかければ泥臭さを抜くことができるというのは、料理人の間では広く知られていたんですよ」


「それは私も聞いたことがあります。でも、泥臭さが無くなっても骨の多さや脂臭さはどうしようもないですよね」


「それを何とかするための試作なんですよ」


 そう言って笑うノートンさん。


「もしかして、このおいしそうな香りが秘策なのですか?」


「いえ、これは新しく見つかった調味料を使っているだけで、おいしくはなりますがクレイイールを食べられるように考案されたものではありません」


 そんなノートンさんのお話を聞いて、ご近所さんの一人がこんなこと言いだしたんだよね。


「新しい調味料? もしかしてご領主様が?」


「いえ、ある方からのもらい物でして。まだ試作段階らしく、私もまだ少量しか手に入れてないんですよ」


 何でここで領主様が出てくるんだろう?


 ノートンさんたちのお話を聞いて、僕は頭をこてんって倒したんだよ。


 だってお醤油は僕が作ったんだもん。


 だから教えてあげようとしたんだけど、バーリマンさんに肩をポンポンって叩かれて止められちゃった。


「大人の人がお話をしているのだから、邪魔してはダメよ」


「そっか。うるさいって怒られちゃうもんね」


 大人の人たちだけでお話してるんだもん。


 僕なんかが入ってったらダメだよね。


「ただ、これが無くてもクレイイールはかなりおいしくなることが解りました。ただ手間がかかりすぎるので、手軽に食べられるかといえばそうではないですが」


「わしも調理をするところを見せてもらったが、かなり手間のかかるものじゃったからのぉ。一般に広めるのはちと難しいかもしれぬ」


 長いお髭をなでながら、残念そうに言うロルフさん。


 クレイイールって、焼いた後に蒸して、それをもう一回焼かないとダメだもん。


 薪とか炭がいっぱいいるから、屋台とかで売るのはちょっと無理かも。


「そうなのですか?」


「うむ。新たな商材になるかと期待したかもしれぬが、期待させてすまなかったのぉ」


 ロルフさんにそう言われて、がっかりしたお顔の人がちらほら。


 そっか、クレイイールがおいしくなるんだったらそれを出すお店を出そうって思った人、いたんだね。


「でもでも。作るのは大変だけど、お店で出したらみんな食べると思うんだけどなぁ」


 あんなにおいしいんだもん。


 手間をかけて作るお料理を出してるお店だってあるんだから、諦めなくってもいいのに。


 お話が終わって帰ってくご近所さんを見ながら、僕はバーリマンさんにそんなことを言ってたんだ。

 読んで頂いてありがとうございます。


 ルディーン君の家は端っことはいえ商業地域にあります。


 なので当然商売をしている人も混ざっているし、もし領主様が持ち込んだ新たな調味料ならいち早くその情報を手に入れようと考える人もいました。


 でもこれ、ルディーン君が持ち込んだ案件だから教える訳にはいきませんよね。


 なのでロルフさんもノートンさんも料理そのもののことはなるべく話さずに騒ぎを終わらせました。


 ロルフさんが相手では流石に試作品を食べさせてとまでは言えないので、話はこれで終わりといえばだまって引き下がりますからね。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 貴族じゃなければ、強引な手段に出る不埒者がいるので「領主やバーリーマン家所縁の者」って言っているのです(笑) 尤も、ルディーンに危害を加えようとしたら天罰てきめんなのは間違いないので、「あ…
[一言] 異臭騒ぎ(?)の現場を見にきたら領主一族がいたでござる 怖すぎへん?
[一言] 639話は投稿し忘れてます。
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