635 ぬか床を作ろう
入れ物から溢れちゃったお塩をみんなでお片付け。
「ここが小麦粉屋でよかったわ」
ここって、小麦を粉にするところでしょ。
お掃除をちゃんとしてるから、溢れちゃったお塩も床についてないやつはそのまま使えるんだよね。
「入れ物に移す時は、慎重にお願いしますね。床についたものが絶対に入らないように」
自分もお塩を手のひらですくいながらノートンさんにそういうルルモアさん。
「解ってる。買取の際、小麦などの不純物が少しでも混ざっていると価値が大幅に下がるからな」
この作りすぎちゃったお塩、あとで冒険者ギルドに持ってくんだって。
何でかって言うと、そこでどれくらいのお金になるのかをちゃんと調べて買い取るからなんだよってルルモアさんが教えてくれたんだ。
「塩はイーノックカウだけでなく、近隣の村でも必要としますからね。いくらあっても買い手は見つかるんですよ」
「それに、床についてしまって不純物が混ざった塩も、安くはなるが欲しがる人自体はいくらでもいるんだ」
お塩って水に溶けるでしょ。
だから一度溶かしてから布で何度かこしたものを塩水として売るんだってさ。
「この塩水も結構な人気商品らしいわよ」
「鍋に入れてしまえば粉の塩も塩水も味は変わらないからな」
魔法使いさんが作ったお塩でもそんなに安いわけじゃないから欲しがる人は多いだろうなって、ノートンさんが豪快に笑ったんだ。
こぼれちゃったお塩を全部取り終わったら、いよいよぬか床造り開始。
玄米からとれた黄色い粉をツボに入れると、お塩をどれくらい入れたらいいのかなぁって思いながらその中へちょっとずつ入れていく。
こうすれば料理スキルがちょうどいい量を教えてくれるから、これくらいだねってところでストップしたんだ。
「あとはこれに水を加えればいいのかい?」
「ううん、ダメだよ。だってまだストールさんが帰ってきてないもん」
お水を入れる前に辛い実を入れとかないとダメだもん。
だからもうちょっと待ってねって言ってたら、
「お待たせしました」
丁度そこにストールさんが帰って来たんだ。
ってことで早速赤胡椒の実ってのを渡してもらったんだけど、それを持った瞬間に料理スキルが働いてこのまま入れちゃダメって解っちゃったんだ。
「そっか、これを入れちゃダメなんだね」
「えっ、もしかして違うものを買って来てしまいましたか?」
それを聞いたストールさんは勘違いしちゃったみたい。
だから慌てて、これであってるよって教えてあげたんだ。
「ううん。これであってるよ。でも、このまま入れちゃダメみたいなんだ」
ストールさんが買って来てくれた赤胡椒の実、とっても新鮮なお野菜だったんだよ。
だからお料理やお薬を作るのにはとってもいいんだろうけど、ぬか床に入れるのにはこのままじゃダメみたいなんだよね。
「あのね、これに入れるのは乾かしたのじゃないとダメみたい」
「そうなのですか。ならば乾燥させたものを扱っていないか、もう一度行って聞いて来ますわ」
薬屋さんで売ってる薬草って、生のものだけじゃなくって干してあるのも売ってるんだって。
だからストールさんはもう一度薬屋さんに行って、乾いてるのが売ってないか聞いてくるよって言うんだよ。
でもね、わざわざそんなことしなくってもいいんだ。
「大丈夫だよ。僕、魔法で乾かせるもん」
「そんな魔法があるのですね」
ストールさんに見守られながら、僕は赤胡椒の実の前で体に魔力を循環させる。
「ドライ」
そして力のある言葉を使うと、ふっくらしてた赤胡椒の実があっという間にしぼんじゃったんだ。
「本当に、あっと言う間に乾いてしまうのですね」
小っちゃい実だったから魔法をかけるとカラカラになっちゃったけど、これはこうした方がいいみたいだから問題なし。
それにね、乾かしてみたらいいことが解ったんだ。
「この実、乾かしても味は変わらないみたい」
試しに鑑定解析をかけてみたら、辛さも香りも乾かす前と全然変わらないって出たんだ。
だからそのことを教えてあげると、近くで聞いてたロルフさんがお話に入って来たんだよ。
「ほう、ではあの強烈な辛さは変わらず、大きさや重さだけが減るというのじゃな」
「うん。お薬としての薬効もおんなじだから、摘んだらすぐに乾かしちゃった方がいいかも」
新鮮だとお水をいっぱい含んでるから重いでしょ。
それに乾くとちっちゃくなるから、そうした方がぜったいいいよってロルフさんに教えてあげたんだ。
ぬかとお塩が入っているツボの中にお水と乾かした赤胡椒の実、それとこのお店の店主さんから貰ってきたエールを入れるとそこからはノートンさんにバトンタッチ。
「これ、しっかり混ぜないとダメみたいだよ」
「おお任せておけ」
そう言うと、ノートンさんはおっきな手でツボの中をかき回していく。
するとお水と他の材料が混ざっていって、黄色い粘土みたいになっていったんだよ。
「こんなもんかな?」
「うん。後はこれに捨てるお野菜の切れ端を入れとくと完成するみたい」
僕がノートンさんにそうお返事すると、なぜかストールさんがちょっとしょんぼりしたお顔に。
「どうしたの?」
「いえ、これはピクルスのように野菜を漬けるための物と聞いたので」
僕が聞くとストールさんはそう言いながら、買って来たいろんなお野菜を見せてくれたんだ。
どうやらお薬屋さんの帰りに、気を利かせて買って来てくれたみたい。
「わぁ、お野菜がいっぱい」
「粉と水を混ぜたものに漬けるとのことでしたので、根菜を中心に買って来たのですが流石に野菜くずまでは……」
お店に行って野菜の切れ端下さいって言う人、いるはずないもん。
だからストールさんが買ってこなかったのは当たり前だよね。
「大丈夫だよ。皮をむいて、それを入れればいいもん」
「そうだな。それに葉の付いているものもあるから、それも入れたらいいと思うぞ」
僕とノートンさんがそう言うと、しょんぼりしてたストールさんがちょっとだけ元気になったみたい。
「そう言って頂けると、少しだけ心が軽くなります」
にっこりとまでは行かなかったけど、小さく笑ってくれたんだ。
「野菜くずはこんなもんでいいか?」
「ちょっと待ってね。見てみるから」
僕はそう言うと、できたばっかりのぬか床に鑑定解析をかけてみる。
そしたらさ、なんとこれに発酵をかけるとすぐにお野菜を漬けても大丈夫になるよって出たんだ。
「ノートンさん。発酵スキルを使うと、すぐにお野菜を漬けられるって出てるよ」
「すぐにか? それはすごいな」
びっくりしてるノートンさんの横で、僕はぬか床に発酵スキルを発動!
そしたらさっきまではほとんどにおいがしなかったのに、独特な発酵臭がしだしたんだ。
「これに野菜を入れればいいのか?」
「うん。これでもう大丈夫だと思うよ」
ってことで、早速お野菜を投入。
お野菜どうしが重なってぬかが付いてないとこができないように、丁寧に埋めていく。
そしてぬか床いっぱいにお野菜が入ったところで、ノートンさんが聞いてきたんだよ。
「このまま、どれくらい漬けておけばいいんだい?」
「そういえば、どれくらい入れとけばいいんだろう?」
そう思った僕は、もう一度鑑定解析!
そしたらすごいことが解ったんだよ。
「これ、熟成をかけたらすぐにおいしくなるってでてるよ!」
熟成スキルって、ぬか漬けにも使えるみたい。
これさえ使えば、漬けたばっかりのお野菜でもあっという間においしい漬物になっちゃうんだってさ。
「僕、やってみるね」
「おう、頼む」
というわけで、今度は熟成を発動!
そしてさっき埋めたお野菜を出してみると……。
「ほんとだ! ちゃんと漬物になってる!」
入れたばっかりで硬かったニンジンみたいなお野菜が、しんなりしちゃってたんだよ。
それに、他に入れたお野菜もみんなちゃんと漬かってるみたい。
「確かによく着けたピクルスのような色になってるな」
「クラークよ。それを早う切ってみるのじゃ」
おいしそうに使ったお野菜を見て、ロルフさんは食べたくなったみたい。
ノートンさんに、早く切ってって頼んだんだよ。
でもさ、このまま切る訳にはいかないんだよね。
「ちょっと待って、周りのぬかを取って洗ってからじゃないとおいしくないよ」
「おおそうか。旦那様、少々お待ちください」
ノートンさんは取り出した何個かのお野菜からぬかをこそげ取ると、それを持ってお部屋の外へ。
そのまましばらく待ってると、きれいに洗ったお野菜を持って戻ってきたんだ。
でね、腰につけている大きめの下げかばんを開けると、その中からペティナイフと小さなまな板、そして木で作った小さな串を取り出したんだよ。
「それでは切っていきますね」
すぅーすぅーって、きれいにお野菜を切っていくノートンさん。
そして一通り切り終わると、さっきいっしょに取り出した串を刺してからロルフさんにはいって渡したんだ。
「うむ。それでは頂くとしようかのぉ」
最初にニンジンっぽいお野菜を食べるロルフさん。
そしたらすごくおいしかったんだろうね。
すっごくニコニコしながら、バーリマンさんに切った漬物が載ってるまな板をはいって。
「おお、これはよい。ギルマスも食べてみよ」
「それでは頂きますね」
言われたバーリマンもパクリ。
「まぁ、独特の風味はあるものの、優しい味ですわね」
そんなバーリマンさんの感想を機に、他のみんなも次々とぬか漬けに手を伸ばしたんだよ。
「少し酸味があるけど、ピクルスのように酢は入れてないはずだよな?」
「酢で漬けるより、味が滑らかですね」
そしたらさ、ノートンさんとルルモアさんが味談義を始めちゃったんだ。
「ピクルスは酢が苦手なものには不評ですが、これならば受け入れられるでしょうね」
「それにこの香り、きつめのワインと合わせるといけるんじゃないか?」
「そうですね。漬ける物によるでしょうけど、エールにも合いそうですから冒険者ギルドの酒場で人気が出そうです」
料理人のノートンさんと食べるのが大好きなルルモアさんだけに、ただおいしいかどうかだけじゃなくってどんなお酒に合うかなんてお話まで始まっちゃったみたい。
それを僕たちは漬物をポリポリ食べながら聞いてたんだけど、
「お酒を呑む人の中には野菜を食べない人も多いですからね、これが広まれば健康維持にも役立つかも?」
ルルモアさんのこと一言で、ロルフさんも参戦。
「領民の健康管理に一役買う食材か。それは広める価値がありそうじゃのぉ」
遠出する時にいいとか、酢漬けが嫌いな人でも冬のお野菜が無い時に食べられるものができるとか、なんか難しいお話を三人で始めちゃったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
ピクルスは酸っぱくてあまり好きじゃないけど漬物は好きっていう人、いますよね。
かくいう私もその一人です。
それにぬか漬けは発酵食品ですから、体にいいんですよね。
その程度のことは料理専門の錬金術師の解析でも解るので、この後ぬか漬けはイーノックカウ発祥のものとして各地に広がっていく事でしょう。
下手をするとこの後出てくるお米よりもw
さて、もうすぐ2巻が出るということで宣伝がてらその話を。
今回も当然ある書き下ろしですが、今回はまだ生まれたばかりのスティナちゃんとルディーン君のお話です。
このころのエピソードは本編ではけして出てこないので、書いているときはとても楽しかったです。
皆さんも楽しんで読んでもらえたらいいんだけどなぁ。




