629 なんでいるの?
「絨毯は僕が引っ張るね」
フロートボードにのっけると、重たいものでもすーって動くでしょ。
だからエリィライスをのっけた絨毯は僕が引っ張る係。
「それじゃあ、出発!」
こうして僕たちはまた、小麦粉屋さんに向かって出発したんだ。
でね、ちょっとの間歩いていると目的の小麦粉屋さんが見えてきたんだけど。
「あれ? あの馬車って」
その前に、見たことがある馬車が停まってたもんだからびっくり。
「あれってよくルディーンのお家に置いてある馬車だよね?」
「うん。ロルフさんちの馬車だよ」
その馬車はキャリーナ姉ちゃんの言う通り、ロルフさんが錬金術ギルドに行った時に僕のお家の庭に置いてる馬車だったんだ。
ってことはもしかして、ロルフさんが小麦粉屋さんに来てるのかなぁ?
ギルドマスターのお爺さんはロルフさんのお家の人に来てもらえるように言いに行って来てって頼んでたでしょ。
だから僕、お料理のことだからきっとノートンさんが来るんだろうなぁって思ってたんだ。
でもここに馬車があるってことはきっと、ロルフさんがいるってことだよね。
「ロルフさん、ノートンさんと一緒に来たのかなぁ?」
「そうね。だとしたら待たせては悪いから、急ぎましょう」
お母さんに言われて僕たちはちょっと急いで、でもエリィライスは落っことさないように小麦屋さんに向かったんだよ。
「おや、思ったよりも早かったのぉ」
「歩いてくるのだから、もう少しかかると思いましたわね、伯爵」
そしたらなんとそこにはロルフさんだけじゃなくって、なぜかバーリマンさんまで居たんだ。
「あれ? 何でバーリマンさんまでいるの?」
「それはね、伯爵が今日もうちのギルドにいたからよ」
冒険者ギルドの人、まず最初にストールさんの居る僕んちに行ったんだって。
そしたら錬金術ギルドにロルフさんがいるからって、ストールさんは置いてあった馬車に乗って錬金術ギルドへ。
そこでエリィライスのことを話したら、バーリマンさんも気になるからって一緒に来ちゃったんだってさ。
「バーリマンさんもエリィライス、食べたかったの?」
「う~ん。というより、前から知られていたものが実は食べられるものだったという事実に惹かれたというのが正しいかな?」
どういうこと?
僕、そのお返事を聞いてもよく解んなくって頭をこてんって倒したんだよ。
それを見たバーリマンさんは言葉足らずだったわねって笑いながら、その意味を教えてくれたんだ。
「帝国は広いでしょ。だから気候によっては、食べられるものがあまり育たないところもあるの」
「そうなの?」
「ええ。でもルディーン君が見つけたその草は、そんな地域の一部にも生えているのよ」
僕たちがよく食べてる小麦って、雨が多くっておひさまがほとんど照らないところだとあんまり育たないんだって。
でもエリィライスは、お水の中に生えてるでしょ。
それに森の中にだって生えるんだから、おひさまの光もそんなにいらないもん。
だからそういうところで育てるのにはとってもいい植物なんだって。
「流石に雨の降らない地域や水が少ない地域では育たないでしょうけど、それでも多くの地域では救世主になりうる植物かもしれないのよ」
バーリマンさんのお父さんは、イーノックカウの領主様のところで働いてるんだって。
だからエリィライスのことを聞いて、これはちゃんと調べないとって思ったそうなんだ。
「そのような経緯で、わしと一緒にギルマスもお邪魔したというわけじゃ」
「そっか。あっ、でも」
あることに気が付いた僕は、周りをキョロキョロと見渡したんだよ。
でもそこにいたのはロルフさんとバーリマンさん、それにストールさんと御者さんだけだったんだ。
だから僕、頭をこてんって倒しながらロルフさんに聞いてみたんだよ。
「ねぇ、何でロルフさんたちだけなの? ノートンさんは? 小麦粉屋さんの中にいるの?」
ロルフさんちで食べ物担当の人って言ったらノートンさんだもん。
だからきっといるはずだと思ったんだけど。
「いや、クラークはわしらと一緒におらんかったからまだ来ておらん。しかし冒険者ギルドの者に頼んで呼びに行ってもらったから、いずれ来るじゃろうて」
「あっ、そっか」
ロルフさんたち、さっきまで錬金術ギルドにいたんだもんね。
ノートンさんはいつもロルフさんちにいるんだから、いっしょに来てるはずないか。
「旦那様、いつまでもここでお話を続けていては人目に付きすぎます。まずは中へ」
「おお、そうじゃったな。では、ルディーン君。続きは中でするとしよう」
「うん!」
僕は元気よくお返事すると、エリィライスののっかった絨毯を引っ張りながら小麦粉屋さんに入っていったんだ。
「これがその、エリィライスとやらか」
お部屋の中でフロートボードの魔法を切ると、ロルフさんとバーリマンさんはすぐにその近くへ。
ひもで縛られた束からエリィライスを抜き取ると、すぐに見始めたんだ。
「間近で見ると、確かに皮に包まれた種がびっしりとついていますわね」
「うむ。一本から採れる粒の数は、小麦よりもはるかに多そうじゃな」
ロルフさんたちにつられて僕も一本持ってじっくり見てみたんだよ。
そしたら、思っていた以上に籾がついててびっくり。
前世にあった稲って、こんなについてなかったよね。
本物は見たことないけど、オヒルナンデスヨでやってた収穫体験で芸人さんが持ってるのは見たことあるもん。
その時見たのの3倍か、もしかしたら4倍くらいついてるかも?
束になってる時はいっぱいついてるなぁくらいにしか思ってなかったから、僕、それを知ってほんとにびっくりしたんだ。
「ふむ。皮の中にある種自体は、小麦よりやや小さめじゃな」
僕がそんなことを思っている間に、ロルフさんは籾を一粒とって指で剝いてみたみたい。
「しかし一本から採れる量から考えると、同じ作付面積なら小麦の3倍以上収穫できるのではないか?」
「はい。水の中に生えるという性質上小麦よりも作るのは難しいかもしれませんが、場所を選んで栽培すれば飢餓対策として大いに役立つでしょうね」
「うむ。森の中で見つかったことから、もしかすると日の光を嫌う性質があるかもしれぬが……。わしの知り合いが治めておる湿地帯がある。まずはそこに持ち込んで育ててみるのも手かのぉ」
それを見ながらロルフさんとバーリマンさんは、何かすっごく難しいお話を始めちゃったんだよね。
だから僕、お父さんに聞いてみたんだよ。
「ねぇ、お父さん。ロルフさんたちは何のお話をしてるんの?」
「あー、確か作付面積というのは畑の大きさで……」
でもね、お話してるうちに声がどんどん小っちゃくなってっちゃったんだ。
それを見て今度はお母さんの方を見てみたんだけど。
「ルルモアさん、あれは何に使う道具なんでしょうね」
「さぁ、何に使うんでしょうね。おほほほ」
ルルモアさんと一緒になって、僕に話しかけられないように変な方向を見ながらお話してるんだもん。
もう、二人とも! 大人なのにごまかそうとするなんて、ほんとこまっちゃうなぁ!




