627 小麦とお米は違うよ
森からイーノックカウに帰ってきた僕たちは、そのまま冒険者ギルドへ。
入り口のドアを開けて中に入ると、いつものカウンターにいたルルモアさんにただいまのご挨拶をしたんだ。
「あら? 今日はゴブリンの集落の探索に出かけたんでしたよね。こんなに早くお帰りになったということは……まさか!」
僕たち、ほんとだったらまだ森にいるはずでしょ。
それなのに帰って来たのを見て、ルルモアさんはゴブリンの村を見つけて帰って来たのかもって思ったみたい。
でもそうじゃないから、お父さんが慌てて違うよって言ったんだ。
「いやいや、流石に集落を見つけて帰ってきたわけじゃないぞ」
「はぁ、びっくりした。そうですよね。こんなに早く帰ってこられるところに集落があるとしたら、流石に大事ですから」
ルルモアさんは胸を押さえながらホッとしたお顔をしたんだよ。
「でも、それならなぜこれほど早く?」
「ああ、実はルディーンがこれを見つけてな」
お父さんはそう言うと、抱えていたエリィライスの束を持ち上げて見せてあげたんだ。
そしたらそれを見たルルモアさんは、ちょっと不思議そうなお顔に。
「えっと、それは池や沼なんかに生えている草ですよね。それがどうかしたんですか?」
「それがな。どうやらこれ、食えるようなんだ」
「はい?」
ルルモアさんもこの草のことは知ってたみたい。
だからなのか、お父さんが食べられる草だよって言ったのを聞いてよく解らないってお顔になっちゃったんだ。
「まぁ、その反応は解る。俺やシーラも初めは半信半疑だったからな」
「でもルディーンが魔法で調べて、ちゃんと食べられるものだと言ったから報告のため帰って来たのよ」
それを聞いたルルモアさんは、すっごくびっくりしたお顔に。
「何か、コロコロお顔が変わっておもしろいね」
「うん。なんかにらめっこをしてるみたい」
それを見た僕とキャリーナ姉ちゃんがこんなお話をしてたんだけど、ルルモアさんはそれどころじゃないみたい。
「食べられるって、本当なの? ルディーン君」
「うん。先っぽにいっぱい種が付いてるでしょ。それが食べられるとこなんだよ」
ホントに食べられるの? って僕に聞いてきたから、草じゃなくって種が食べられるんだよって教えてあげたんだ。
そしたらルルモアさんはちょっと考えた後。
「ちょっと待っていてください。ギルドマスターに報告してきますから」
お父さんたちにそう言って、カウンターの後ろにある階段を登ってっちゃった。
「まぁ、そうなるだろうな」
だから僕はちょっとびっくりしたんだけど、お父さんとお母さんはこうなることが解ってたみたい。
抱えてたエリィライスの束を床に下ろして、ルルモアさんが帰ってくるのを待とうねって言ったんだ。
「お待たせしました。ギルドマスターがお会いになるそうです」
それからちょっとして帰ってきたルルモアさんが、ペコって頭を下げてギルドマスターのところに行きましょうって。
僕たちはそんなルルモアさんの後をついて、ギルドマスターのお爺さんがいるお部屋へと向かったんだ。
コンコンコン。
「ルルモアです。カールフェルトさんたちをお連れしました」
「おお、入れ」
ルルモアさんがドアを開けてくれたから、僕たちはお部屋の中へ。
「ゴブリンの集落を探しに行って、何やら面白いものを見つけたらしいな」
するとギルドマスターのお爺さんが、まだこんにちはのご挨拶もしてないのにお話を始めちゃったんだ。
「面白いものと言うか、よく知ってるものが実は役に立つということが解っただけだがな」
だからお父さんも椅子に座りながら目の前のテーブルにエリィライスの束をどさって置いて、これがそうだよって。
「ルルモアの報告通り、今までは雑草だと思われていたもののようだが……ほんとに食えるのか?」
「ああ。ルディーンがそう言っているのだから、まず間違いない」
お父さんがそう答えるとね、ギルドマスターのお爺さんがこっちの方を見たんだよ。
だから僕、ウソなんか言ってないよって教えてあげたんだ。
「あのね、この粒々のところがあるでしょ。これを食べるんだよ」
「ふむ。見た目はまるで違うが、小麦の一種ということか」
ギルドマスターのお爺さんはそう言って納得したみたい。
でもこれはお米で小麦じゃないでしょ。
「違うよ。これはお米。小麦と全然違うよ」
「えっと、何がどう違うのかな?」
だから違うよって教えてあげたんだけど、ギルドマスターのお爺さんはよく解ってないみたい。
何が違うのって聞いてきたもんだから、僕は食べ方を教えてあげることにしたんだ。
「あのね、これは麦みたいに粉にするんじゃなくって、そのままお水に入れて火にかけると食べられるようになるんだ」
「なるほど。小麦ではなく豆の一種という訳か」
それも違うんだけどなぁ。
僕はそう思ったんだけど、小麦よりはお豆の方が食べ方は似てるでしょ。
だから、もうそれでいいかって思ったんだ。
「どのみち、食べてみないことにははっきりとしたことは解らんな。ルルモア、厨房へ行って話を付けてきてくれ」
「はい、解りました」
ギルドマスターのお爺さんに言われて、お部屋の外に出てこうとするルルモアさん。
でも、お米って採れたすぐに食べられるわけじゃないでしょ。
だから僕、大慌てで止めたんだ。
「ダメだよ。このまんまじゃ食べられないもん」
「そうなの? ルディーン君」
「うん。この種、まず乾かしてから皮をむかないと食べられないんだよ」
さっき鑑定解析した時に出て来たんだけど、エリィライスって一度乾かさないとダメみたい。
あれ? 前世のお米もそうなのかな?
どっちにしても、これはそうしないとダメなんだって。
「なるほど。そこは小麦と同じなのね」
「あとね、皮をむいたお米の周りについてるぬかってのを取らないとおいしくないみたい」
取らなくっても食べられるみたいだけど、そっちの方がおいしいんだって。
だからそう教えてあげたんだけど、そしたらそれを聞いたルルモアさんはびっくりしたお顔に。
「それって、お菓子なんかに使う上質な小麦の粉を作る時の製法よね。そんな所まで小麦と同じなのに違うものなの?」
それを聞いて、今度は僕がびっくり番だ。
「そうなの?」
「ええ。小麦も乾かしてから種を取り、もみがらと呼ばれる皮や穂を取り除いてからさらに突くことで周りの硬い部分を取ってしまうの。その小麦を使って粉を作ると、お菓子に使うような白い上質な物になるのよ」
なんと、ほんとに小麦とお米っておんなじやり方で食べられるようになるんだね。
「そうなのか、ルルモア?」
「はい。一般的なパンなどに使われるものは最後に突くという工程はしませんけど、貴族が食べる物やお菓子に使う小麦はそうやって作るんですよ」
「そっか。じゃあお米も、ほんとは小麦とおんなじ物なのかも」
僕、食べ方がぜんぜん違うから別のものだと思ってた。
でも食べられるまでは、まったく一緒だもん。
ならもしかしたらおんなじ物なのかも?
「あっ、だったらさ、小麦用の道具でお米も食べられるようにできるかも?」
「ええ。見たところ、これは小麦とそれほど変わらない大きさですもの。脱穀機やもみがらを風で選別する道具を使えばできると思うわよ」
僕ね、エリィライスを見つけた時、食べられるようにするまでが大変かもってちょっと心配してたんだよ。
でもルルモアさんのお話を聞いて、ほっと一安心。
「その道具ってかしてもらえるかなぁ?」
「ええ。イーノックカウの周辺でも小麦は作っているし、何より私の知り合いに収穫した小麦を粉にするのを生業にしている人がいるから大丈夫よ」
おまけにその道具を貸してもらえる人をルルモアさんが知ってるって言うんだもん。
「じゃあ、すぐに食べられるようにできるね」
お米ができたら、まずは何を作ろうかなぁ。
もうすっかりお米が食べられる気になってた僕は、頭の中でいろんなものを想像してちょっとお腹がすいて来ちゃったんだ。




