619 ストールさんはこのはさみのこと知ってるんだって
ちょっと待ってたらね、ニコラさんたちに連れられてストールさんがお部屋に入ってきたんだ。
「ルディーン様、またなにか珍しいものを作られたそうですね」
「めずらしくなんかないよ。ただのはさみだもん」
ニコラさんがなんて言ったのか知らないけど、僕が作ったのはただのはさみでしょ。
だから普通だよって、さっき作ったはさみを見せてあげたんだ。
「あら、めずらしい。ウィンダリア式のはさみではないですか」
そしたらね、それを見たストールさんがちょっとびっくりしたお顔で、よく知ってましたねって。
「ウィンダリア式?」
「ええ。少々形は違いますが、わたくしにはそのように見えますが」
そう言ってちょこっとだけ頭をこてんって倒すストールさん。
でも僕、そのウィンダリア式ってのを知らないんだよね。
だからそれなに? って聞いてみることにしたんだ。
「僕、そのウィンダリアってのを知らないんけど、どんな形してるの?」
「ちょっとよろしいですか」
ストールさんはそう言うとね、メモ用の板にはさみの絵を描いてくれたんだ。
「確か、このような形だったと思います」
「わぁ、変な形のはさみだね」
ストールさんが描いてくれたはさみは確かに、僕が作ったのとおんなじ二本の刃物を軸でつないで作ったものだったんだよ。
でもね、他は全然違ったもんだからびっくりしたんだ。
「ストールさん。これ、持つとこが全部輪っかになってるよ」
「ええ。それに使われている刃物の形状もかなり違っておりますわね」
僕の作ったはさみは、刃から持つとこまでが全部まっすぐな二枚の板を使ってできてるんだよ。
でもこの絵のはさみは丸い鋼の棒を途中でまげて、その先を叩いて刃にしたみたいな形をしてるんだ。
それに残った棒も下に向かって内側に曲がりながら伸びていて、その二本がくっついたところで今度は外側へぐにゃり。
おっきな丸を作りながら、最後は柄の始まりのところにくっつく形になってるんだ。
でも、そのおかげで全部の指が輪っかの中に入っちゃうでしょ。
だからこっちの方が、指しか入らない僕が作ったはさみより使いやすいかも。
「ルディーンが作ったのよりも丸っこくて、かわいい形してるね」
それにね、キャリーナ姉ちゃんは僕のはさみよりこっちの方が好きみたい。
ニコニコしながら何でこんな形をしてるの? ってストールさんに聞いたんだ。
そしたら、ちょっとびっくりするようなお返事が返ってきたんだよね。
「このはさみは豊穣の神ラクシュナ様がご降臨なされた時に、直接ウィンダリアの民に伝えられたものらしいですよ」
「神様に教えてもらったの!?」
「はい。聖公国ウィンダリアの首都にはラクシュナ様の聖地と呼ばれる大神殿がありまして、そこで教えて頂いたと聞いております」
ラクシュナ様って、みんなが豊作にしてくださいって祈る神様でしょ。
だからこのはさみも、木になった果物とかを採るために使いなさいって教えてもらったんだってさ。
「ただ、帝国で使われているはさみに比べて作るのに技術がいりますでしょ。ですからこの国では、貴族の髪や髭を整えるのに使われているくらいですわ」
僕は魔法で作ったけど、普通に作ろうと思ったら確かに大変そうだもん。
簡単に作れるのが他にあったら、みんなそっちを使うよね。
「それにこの国にあるこの形状のはさみは、比較的小さなものが多いんですよ」
「そうなの?」
「はい。先ほどわたくしが描いた絵、あれと変わらぬ大きさのものがほとんどです」
そう言われて、もういっぺんさっきの絵を見てみたんだ。
そしたら刃が3センチくらいしかないんだもん。
だから僕、すっごくびっくりしたんだよね。
「刃がすっごくちっちゃいよ。これで髪、切れるの?」
「はい。髪を切る際はまずカミソリで大体の長さにそろえ、最後にこれを使って整えるそうですわ」
お髭ははじめっからこのはさみで切るけど、髪の毛は最後にちょこっとだけ使うんだって。
そっか、だからこれくらい刃が短くっても大丈夫なんだね。
「ですが、ルディーン様が作られたはさみくらい刃が長ければ、初めから髪が切れそうですわね」
「うん。これなら簡単にチョキチョキできるよ」
僕のもそんなにおっきくは無いけど、それでも刃は6センチくらいあるもん。
これくらい長かったら、髪を切るのも楽ちんだよね。
「それにこの形状。一枚板の先を研いで刃を作り、途中から幅が半分になるまで削って柄とする。なるほど、これなら作るのも簡単そうですわね」
ストールさんのお話を聞いて、ニコラさんが僕の持ってるはさみをじっと見たんだよ。
「ほんとうだ。柄の先が輪になってるところにばかり目が行っていたけど、これって確かに一枚板二枚だけでできてるのね」
「はい。ウィンダリア式はその形状ゆえに、熟練の鍛冶師でなければ作ることができません。ですがこの形状なら、見習いでも作ることができるのではないでしょうか」
そういえばウィンダリア式って、元々が果物を採るために使うものだからなのか刃が厚めのナイフみたいな形をしてるんだよね。
でも僕が作ったのは鋼の板に刃を付けただけって感じだもん。
これだったら見習いの鍛冶師さんでも、鋼が作れてそれを板にできるのなら作れちゃうかも。
「流石に貴族が使うものをこれに置き換えることはできません。ですが、この国で一般的なはさみよりもこの形状の方が使いやすいのもまた事実」
ストールさんはそう言って少し考えた後、僕にこう言ったんだよ。
「旦那様がいずれ、この館にルディーン様の商会を置くつもりであることは聞いておられますか?」
「そうなの?」
「はい。もしかするとこのはさみは、その商会で扱う商品の一つとなるかもしれません」
ニコラさんたちの村で使っているようなはさみは、力が無いと使うのが大変なんだって。
でもこのはさみは、僕でも簡単にチョキチョキできるでしょ。
だから欲しいと思う人はきっと多いはずだよってストールさんは言うんだ。
「商人の多くはウィンダリア式のはさみのことを知っております。それ故に、このような作り方をするという発想は誰からも出てこないとわたくしは考えます」
「そうですよね。今あるものを違う形にしようだなんて、普通は考えないもの」
「うん。私もルディーン君に見せてもらうまで、うちの村で使っている以外のはさみがあるなんて思いもしなかったわ」
お話を聞いて、そうだそうだって盛り上がるニコラさんたち。
ストールさんはそれを見てニッコリ笑うと、僕にすごいねって言ったんだ。
「ルディーン様は過去に、簡易型の冷蔵庫をお作りになったのでしょう? あれもそうです」
「冷蔵庫も?」
「はい。今あるもので満足せず、さらに工夫を重ねて簡単に作れるものに昇華する。私たち大人ではなかなかできないことですわ」
まだ頭の柔らかい子供ゆえの発想なのでしょうね。
ストールさんはそう言いながら、僕の頭を優しくなでてくれたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
ストールさんが描いたはさみ、華道を習っている人はすぐにピンとくるでしょうけど、その他の人には伝わりにくかったかな?
これは華道用古流はさみという枝切ばさみで、硬い枝を切るために力が入りやすいよう柄に対して刃が短いのが特徴です。
でも初めはこの形ではなく、一般的な華道ばさみである柄が輪になっていないもので話を書くつもりだったんですよ。
でもこれだと枝は切れますが、髪や髭を切るのには向きませんよね。
なので急遽、一般的にはなじみのない古流華道ばさみに形状を変更しました。
ただそのせいで、形の説明だけで30分以上悩むという羽目になりましたがw
さて、次回ですが本来ならぬいぐるみ編の最終回を書くつもりでした。
しかしちょっと思う所があって、久しぶりの設定回にするつもりです。
思えば自分だけが解っていたり、感想返しだけで説明している設定がかなりあるんですよね。
なのでその一部だけでも一度まとめておこうかと思いまして。




