618 はさみはこの世界にもあるんだね
僕がどうしようって考えてたらね、キャリーナ姉ちゃんが言ってきたんだ。
「ねぇ、ルディーン。ちっちゃくてもまっすぐくっついたんだから、このまま布作ろ」
「そっか。布が無いと、ぬいぐるみ作れないもんね」
いっぺんに全部の端切れをくっつけるのはできなかったけど、糸をいっしょに使ったらゆがまずにくっついたもん。
布が無いとぬいぐるみは作れないから、キャリーナ姉ちゃんの言う通り僕は布を作っちゃうことにしたんだ。
そしたら一つ、いいことに気が付いちゃったんだよね。
「ルディーン、これとこれ、くっつけて」
「うん、いいよ」
端切れを一度にたくさんくっつけるのと違って、どの端切れどうしをくっつけるか一枚ずつ選べるでしょ。
このやり方だと、端切れの色を選んで好きな柄の布を作ることができるんだ。
「私、お顔はこの色で、体はこの色にするの」
「キャリーナちゃんは、顔と体の色を変えるのね。私はどうしようかなぁ」
こんな風にみんなでワイワイお話しながら作っていったら、あっという間に何枚かの布ができちゃった。
という訳で、次の工程に。
「ルディーン。次は何をするの?」
「あのね、ぬいぐるみにする布の形を板に書いて、その通り切るんだよ」
何度も作ってるのなら、そんなことしなくっても大丈夫なのかもしれないよね。
でも僕、ブラックボアのお顔を作るの初めてだもん。
体と違ってお顔は何枚かの布をつなげて作るから、型紙が無いと作れないんだ。
「この部屋には小さな板しかないけど、これで大丈夫?」
僕とキャリーナ姉ちゃんのお話を聞いてたんだろうね。
僕たちがお話してる間に、ニコラさんが薄い木の板を何枚かとペンを持って来てくれたんだ。
「魔法でくっつけるから大丈夫だよ」
木は布と違って村でお皿やさじを作ったり、お父さんやお兄ちゃんたちと一緒に馬車を作ったりしてるでしょ。
それに比べたら、ちっちゃなのをくっつけておっきな板にするのなんて簡単だもん。
だからクリエイト魔法を使って、パパッとおっきな板を作っちゃったんだ。
「魔法ってすごいのね」
「どこにも継ぎ目が見当たらない、本当に一枚板になってるわ」
僕、布の時は失敗しちゃったでしょ。
だからなのか、きれいな板が出来上がったのを見てニコラさんたちはびっくり。
「木とか石ではもう、いろんなものを作ってるもん。失敗なんかしないよ」
「そう、慣れてるのね」
僕が胸を張りながらエッヘンてしたらね、ニコラさんたちはすごいねって褒めてくれたんだ。
自分では初めてだけど、一度クリームさんが描いたのを見たことがあったのと裁縫スキルのおかげで型紙は無事完成。
次はこの型紙に合わせて布を切っていくんだ。
「あっ、ルディーン。どうしよう、布を切るナイフをメイドさんから借りてくるの忘れちゃった」
でもね、その切る道具がないことにキャリーナ姉ちゃんが気が付いて大騒ぎ。
借りてこなきゃってお部屋を出てこうとしたから、僕は大丈夫だよって止めたんだ。
「なんで止めるの? 切る道具が無いと、ぬいぐるみ作れないよ」
「うん。だからこれから作るんだよ」
僕はそう言うとね、ポシェットの中から、いつも使ってる鋼の玉を何個か取り出したんだ。
「これでナイフを作るの?」
「違うよ。もっといいものを作るんだ」
不思議そうなお顔のキャリーナ姉ちゃんにそう言うと、僕は鉄の玉に向かってクリエイト魔法を発動。
そしたら何個かの玉がくっついて、ある道具ができあがったんだ。
「あれ? 変わった形をしてるけど、これってはさみじゃない?」
それを見て真っ先に反応したのはニコラさん。
そう、僕が作ったのは布を切るはさみなんだ。
でもね、僕にとっては当たり前のこの形。
ニコラさんたちが思ってるのとは、どうやら全然違ったみたいなんだよね。
「ほんとだ。でも、ちょっと変わった形してるね」
「二本の刃物をつなげて作ってあるのね。どうやって使うんだろう?」
ユリアナさんとアマリアさんも、僕が作ったはさみを見てこんなこと言うんだもん。
だから僕、ニコラさんたちのとこのは違うの? って聞いてみたんだよ。
「ええ。村で使っていたものは一枚の細長い鉄の板を曲げて、その両端を刃物に加工した形をしているのよ」
「ほら、こんな形。ここを握り込むことで家畜の毛を刈ったりするのよ」
アマリアさんが絵を描いて見せてくれたんだけど、そこにはU字型をした変わった形のものが描いてあったんだ。
「へぇ、こんな形のはさみもあるんだね」
「私たちからしたら、こっちの方が見慣れない形よ」
「そうよね。これって、どうやって使うの?」
僕が作ったのは、前の世界で見慣れた輪っかに親指と人さし指を入れて使うはさみなんだよ。
大人の人が布を切る時は中指も入れるおっきなのを使ってたけど、僕はまだちっちゃいもん。
だからこのはさみも紙を切るみたいなちっちゃいやつ。
「ほら、ここに指を入れてね。こんなふうにちょきちょきって」
それを使って、僕は近くにあった端切れをちょきちょきって切って見せてあげたんだ。
そしたらニコラさんたちはちょっとびっくりしたお顔で、すごいわねって。
「なるほど。指を入れて切るから、小さな子でもぶれることなく安定して刃物が使えるのか」
「うちの村のだと切るのに結構力がいるし、刃もむき出しだから危ないからって子供は触らせてもらえないものね」
さっき絵を見せてもらったはさみは、家畜の毛を刈るための物だから結構おっきいんだって。
その分使うのには力がいるし、握ることで刃と刃が重なるようになってるから使わない時は皮とかで作ったさやに入れとかないとちょっと危ないんだよね。
「でもこれは刃が重なり合っていて、使う時に初めて刃がむき出しになるもの」
「この形なら、だれでも安全に使えそうね」
僕が作ったはさみも、布を切るための物だから刃は結構するどく作ってあるんだよ。
でも使わない時は閉じてるし、先っぽも丸くしてあるから危なく無いんだよね。
「ただ、ルディーン君は魔法で作ったからいいけど、作るのにはかなりの技術がいりそうね」
「ええ。刃とか指を入れる輪っかもそうだけど、一番はこのつなぎ目」
「ゆすってもぶれないところを見るとかなりしっかり絞めてあるはずなのに、ほら、こんなに軽く動くもの」
そう言ってちょきちょき刃を動かすアマリアさん。
僕はこれが当たり前だったから何も考えなくてもできちゃったけど、手で作ろうと思ったら確かに大変かも?
そんなこと考えてたらね、アマリアさんが急にまじめなお顔になって、こんなこと言いだしたんだ。
「ねぇ、これ。ストールさんに報告しなくてもいいのかなぁ?」
「どうだろう? 確かに私たちは見たことがない形だけど……」
「この街でもこの形のはさみは見たことがないし、もし黙っていて後でそれがばれたら怒られちゃうかも」
それを聞いたニコラさんとユリアナさんは、ちょっと焦ったようなお顔にになったんだよ。
「いつも報告と連絡、それに相談は必ずするようにって言われているものね」
「うん。黙っているのはダメだと思う」
「私、ストールさんを呼んでくる!」
僕が何かを言う前に、三人だけでどうするかが決まっちゃったみたい。
アマリアさんはそう言うと、すごい勢いでお部屋を飛び出していっちゃったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
私は母が持っていたから見たことがあるのですが、U字ばさみって今はあまり見かけませんよね。
裁縫屋に行けば今でも売ってるのかなぁ?
あれって先がとがっているし、刃も結構するどいので私も子供の頃は触らせてもらえませんでした。
この世界にあるのは家畜の毛を刈る用の大型のものです。
下手をするとケガでは済まない可能性があるので、子供には絶対触らせないでしょうね。




