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614 ぬいぐるみはじゃまじゃないよ


 僕たちがブラックボアのぬいぐるみで盛り上がってたらね、入り口のドアがガチャって開いたんだ。


「あっ、お父さんだ! お帰りなさい」


 入って来たのはお父さん。


 でもね、何かしょんぼりしてるし、歩き方もとぼとぼしてるんだよ。


 だから僕、どうしたのかなぁって頭をこてんって倒したんだ。


「あら、ハンス。やっぱり何かあったみたいね」


 でもね、お母さんはなんでお父さんがあんなふうになってるのか知ってるみたい。


 お父さんに近づいて行くと、ちっちゃな声でちょこっとだけお話してから僕たちの方に振り向いたんだ。


「キャリーナ、ルディーン。お母さんはお父さんとお話してくるから、ニコラさんたちとお部屋に戻っていてくれるかな?」


「はーい」


 お母さんたちは、何か大人のお話があるみたい。


 だから僕たちは二階にある、いつもみんなで使ってるお部屋へ行ったんだよ。


 そしたらさ、そこにはディック兄ちゃんとテオドル兄ちゃんがいたんだ。


「あっ、お兄ちゃんたち、帰ってたの?」


「ああ。ついさっきな」


 お兄ちゃんたちは今日も武器屋さんを周ってたそうなんだけど、別に何かを買おうと思って出かけたわけじゃないでしょ。


 だからお目当てのお店を何軒か見たら、すぐにお家に帰ってきたんだって。


「キャリーナたちは、敷物を探しに行ってたんだろ。手に入ったのか?」


「うん。ちゃんと買えたよ。それにね、こんないいものももらえたんだ」


 じゃーんってブラックボアのぬいぐるみを見せるキャリーナ姉ちゃん。


 でもこのぬいぐるみって、端切れで作ってあるから黒くないでしょ。


 だからお兄ちゃんたちは、それが何なのか解んなかったみたいなんだ。


「なんだそれ?」


「赤や白の布が使ってあるみたいだけど、何かの動物の形をしたまくらか何かかな?」


 そういえばこのぬいぐるみ、丸っこくて柔らかいから、知らない人が見たらテオドル兄ちゃんの言う通りまくらに見えるかも。


 僕はそう思ったんだけどキャリーナ姉ちゃんは違ったみたい。


「まくらじゃないもん。ブラックボアのぬいぐるみだもん!」


 すっごく怒りながら、テオドル兄ちゃんに違うよって言ったんだ。


「ブラックボア? ああ色が違ったから解らなかったけど、確かにこの顔はボアだね」


 そしたらテオドル兄ちゃんは感心したようにうなずいて、キャリーナ姉ちゃんによかったねって言ってくれたんだよ。


 でもディック兄ちゃんはちょっと違ったんだ。


「何でこんなものもらってきたんだ? あってもじゃまなだけだろ」


 ディック兄ちゃんはもうおっきいから、ぬいぐるみなんて欲しくないでしょ。


 だからこんなもの、もらって来てもしょうがないじゃないかって思ったみたいなんだよね。


 でもね、それを聞いてある人がすっごく怒り始めちゃったんだ。


「ディックさん。そんな言い方、ひどいです!」


「えっ? えっ?」


 怒り出したのは、アマリアさん。


 そりゃそうだよね。


 だってアマリアさんはキャリーナ姉ちゃんがぬいぐるみを持ってるのを見て、真っ先に抱っこさせてって言ってたくらいだもん。


 自分が気に入ってるものをじゃまって言われたら、誰だって怒っちゃうよね。


「こんなかわいいのに、じゃまなだけってひどいです!」


「あっ、いや、あの……」


 アマリアさん、言われたキャリーナ姉ちゃんよりも怒ってるでしょ。


 だから叱られてるディック兄ちゃんは、どうしようってお顔でおろおろしてるんだよね。


「このぬいぐるみっていうお人形、すごいんですよ! とっても柔らかくって、ギュっとすると幸せな気持ちになるんです。それをじゃまって!」


 そんなディック兄ちゃんに、すごい勢いで文句を言うアマリアさん。


 それを見て流石にかわいそうになったのか、テオドル兄ちゃんがもう許してあげてって声を掛けたんだ。


「まぁまぁ、それくらいで許してやってよ」


「でも!」


「僕もだけど、兄さんはぬいぐるみというものを知らなかったんだ。だから、ねっ」


 ぬいぐるみを知らないんだから、抱っこしたら気持ちいいのも知らないよね。


 テオドル兄ちゃんにそう言われて、アマリアさんもちょっとだけ許してあげる気になったみたい。


 はぁって大きくため息をついてから、まだ怒ってるけどこれで許してあげますって言ってくれたんだ。



「なぁ、キャリーナ。もらったって言ったけど、これ、どうしたんだ?」


「裁縫ギルドのクリームさんが作ったのを、ルディーンがもらったのよ」


 キャリーナ姉ちゃんはね、今日裁縫ギルドであったことをディック兄ちゃんに教えてあげたんだ。


 そしたらお兄ちゃんはちょっと考えてから、僕にこう言ったんだよ。


「これの目って、ルディーンが作ったんだよな」


「うん、そうだよ」


「じゃあさ、この体の部分作れないのか? いつものなんとかって魔法で」


 これにはみんなびっくり。


 すぐにキャリーナ姉ちゃんやニコラさんたちが、一緒になってどうなの? って聞いてきたんだ。


「無理だよ。だって僕、布の作り方なんて知らないもん」


 ぬいぐるみ自体はクリームお姉さんと一緒に作ったから、材料さえあればたぶん魔法でも作れると思う。


 でも僕、布の作り方なんて知らないもん。


 だから無理だよって言うと、ニコラさんたちはちょっとだけしょんぼり。


 そしたらさ、それを見たディック兄ちゃんがこんなこと言いだしたんだ。


「布がいるなら、買ってくればいいじゃないか」


 でもね、そんなディック兄ちゃんにアマリアさんがちょっと怒ったお顔でダメだよって。


「ディックさん。布は作るのがとても大変なんです。ほらこれだって、端切れを使って作られているでしょ? これを作ったクリームさんは裁縫ギルドの人らしいですけど、そんな人でさえちゃんとした布を使っていないんです。気楽に布を買って使えばいいなんて言っちゃダメですよ」


「そうか……」


 ディック兄ちゃんは、ニコラさんたちが欲しそうだから布を買えばいいって言ったんだよね?


 なのにアマリアさんに叱られて、しょんぼりしちゃってるんだもん。


 僕、ディック兄ちゃんを見てそんなのないよって思ったんだ。


「ディック兄ちゃんは悪くないよ!」


「ルディーン君?」


「みんなが欲しいって言ったから布を買えばって言っただけなのに、アマリアさんは何で怒るの!?」


 僕が聞くと、アマリアさんはちょっと困ったお顔になったんだよ。


 そしたらさ、何でか知らないけどディック兄ちゃんに怒られちゃったんだ。


「ルディーン。そんな風に言うんじゃない!」


「でも、ディック兄ちゃん、悪くないもん。なのにアマリアさんが怒って。だから僕、ぼく……わぁーん」


 ディック兄ちゃんのために怒ってたんだよ。


 なのにディック兄ちゃんが怒るんだもん。


 だから僕、わけが解んなくなって最後には泣き出しちゃったんだ。


 読んで頂いてありがとうございます。


 本来は前回に入れるはずの部分、それだけだと1本には短いからと次回分を続けて書きはじめたら中途半端なところで終わることになってしまった(汗


 という訳で続きます。


 次回も中途半端な文字数になったらどうしよう?


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