600 失敗したら危ないんだよ
「テーブルの上などで魔法をかければ、その枠外へ出ても高さを維持し、それを伴って階段や坂を降りれば同じ高さののまま運ぶ事ができる。これが解った事で、実験は終わったのですね」
「ううん、まだ終わって無いよ」
階段を降りても、フロートボードにのっかった敷物はちゃんと同じ高さでついてきたでしょ。
だからそれを見たストールさんは、これで実験は終わったって思ったみたいなんだ。
でもね、実はまだほかにも調べないとダメな事があるんだよね。
「他にも何かあるのですか?」
「うん。あのね、今度は僕がのっかった敷物で実験するんだよ」
僕がフロートボードの実験をしようって思ったのは、お父さんたちと一緒に森へ行くのにこのフロートボードの魔法を使おうと思ったからなんだ。
だから僕が乗ってもおんなじように机の上から外に出しても落っこちないか、どうしても調べないとダメなんだよね。
「なるほど。この魔法を使う事により、背の高い草が生い茂った場所でも移動できるかもしれないとお考えなのですか」
「うん。だから僕がのっかっても落ちなかったら、この魔法の実験は成功なんだよ」
その事を教えてあげると、ストールさんは解ってくれたみたい。
僕がお願いすると、実験のお手伝いをしてくれることになったんだ。
「それじゃあ、魔法をかけるね」
「はい」
と言う訳で実験開始。
僕はさっきとおんなじように机の上に敷物を置いて、その上に座ってからフロートボードの魔法をかけたんだよ。
そしたら敷物が浮き上がったから、僕はストールさんに動かしてってお願いしたんだ。
「解りました。それでは動かしますね」
ストールさんが端をもって引っ張ると、僕を乗っけた敷物はすーっと移動したんだよ。
そしてその敷物が机の端っこまで来たところで、ストールさんは一度止めて、
「それでは行きますよ」
ちょっぴり緊張したお顔で、机の外に出るように敷物をゆっくり引っ張ったんだ。
机からちょびっとずつはみ出していく敷物、そしてそれが僕の乗ってる所まできたところで、
「すみません。一度止めさせてください」
ストールさんが引っ張るのをやめちゃったんだ。
「どうしたの、ストールさん。ここで止めちゃったら、ちゃんと机の外に出ても浮いたままなのか解らないじゃないか!」
「その通りなのですが、このままですともし実験が失敗した場合、ルディーン様が怪我をするかもしれません」
さっきはちゃんと浮かんだまんまだったけど、その時魔法をかけた僕は床の上に立ってたでしょ?
でも今は敷物の上に乗っかって魔法をかけたから、もしかすると同じ結果にならないかもってストールさんは言うんだ。
「ですから念のため人を呼んで、もしもの時に備えるべきかと思いまして」
「そっか。もし下に落っこちちゃったら大変だもんね」
って事で、実験はいったん中止。
ストールさんはお部屋の外に出ていくと、ちょっとしてからメイドさんを連れて戻ってきたんだ。
「あっ、いつも僕のお部屋の掃除をしてくれてるメイドさんだ」
「はい。この者でしたらルディーン様もよくご存じですから安心かと思いまして」
このメイドさんはね、ロルフさんちで借りてた時から僕のお部屋のお掃除をしてくれてた人たちの内のひとりなんだよ。
お名前は確かルーシーさん。
僕、何度目かにロルフさんちまでジャンプで飛んだ時、そこでお掃除してた見習いのメイドさんからこんなとこに来ちゃダメでしょって怒られた事があるんだよね。
ルーシーさんはその時、怒ってるメイド見習いさんの声を聞いてお部屋に来てくれたメイドさんなんだ。
「メイド長からお話は伺っております。私はこう見えて力持ちですから、もしルディーン様が落ちそうになったとしても受け止めますので、安心して実験をしてください」
「うん! お願いね」
ルーシーさんが来てくれたことで、もし落っこちちゃっても安心だよね。
って事で実験再開。
僕が机の上に乗って敷物に座ると、目の前にストールさんが。その僕から見て左側にルーシーさんが横を向いて立ったんだ。
何でこの配置なのかって言うと、ストールさんが敷物を引っ張っていって、もし机から出た時に僕が落っこちそうになったらルーシーさんがすぐに支えられるようにするためなんだって。
だからそれを見た僕は安心して、敷物にフロートボードの魔法をかけたんだ。
「それでは引っ張りますね」
「うん」
ストールさんに引っ張られた敷物は、さっきとおんなじようにすーって動いて行ったんだよ。
でね、さっきは止めた机の端っこに来ても今度は止まらずに引っ張られて行くと、
「やった! ストールさん、ルーシーさん、落っこちなかったよ」
僕を乗っけた敷物はそのまんまの高さで、すーって動いて行ったんだ。
「おめでとうございます。ルディーン様」
「うん。これで安心してお父さんたちについて行けるよ」
僕が乗っかったままでも落ちないんだったら、草むらより高いとこでフロートボードを使えばそのまま森の中に入っていけるって事だもん。
だから僕は敷物の上に立って、やったやった! って大喜びしたんだ。
「はぁ、本当に宙に浮いているんですね」
そしたらさ、そんな僕を見たルーシーさんがこんな事を言ったんだよ。
「でも、なぜ今まで誰にもこの事に気が付かなかったのでしょうね」
そう言えばこのフロートボードの魔法、イーノックカウでも使ってる人がいっぱいいるそうなんだよね。
なのに今まで誰もこの使い方に気付かなかったのは何故なんだろう?
そう思った僕はルーシーさんと一緒に頭をこてんって倒したんだよ。
でもね、そんな僕たちを見たストールさんはおかしそうに笑って、その理由を教えてくれたんだ。
「それは当たり前ではないですか。この魔法は本来、重さを軽減させる魔道具と併用して街の外壁の修理に使う石材を運ぶという用途に使われるのですよ」
「重い物を運ぶと、これに気が付かないの?」
「はい。重い石材を運んでいるときに、もしそれが高い所から落下でもしたら大変な事なりますよね。それなのにわざわざ足場の外に出して落下するかどうかを確かめる者がいると思いますか?」
「なるほど。この魔法を使って高い所に物を運ぶ者たちは、けして道から外れないよう注意していたでしょうね」
そっか、僕はステータスで見たから高さが固定されるってのを読んであれ? って思ったけど、普通はそんな事解るはずないもん。
物をちょこっとだけ浮かせて運ぶ魔法だって思ってるんだから、普通は落っこちないように気を付けて運ぶはずだよね。
「もし床や仮に作った足場から落下して下にいる作業員が下敷きにでもなれば、大事故につながりますもの。それが領主様からの依頼である外壁工事であればなおさらですね」
「ええ。ですからこの実験の結果はすぐに旦那様にお伝えすべきかと。知らせなければこの先もきっと、この事実に気付く者は現れないでしょうからね」
ストールさんはね、ロルフさんは多分錬金術ギルドにいるからすぐに呼んで来てってルーシーさんに頼んだんだよ。
でね、急いでお部屋から出ていくルーシーさんを見送った後、
「それでは旦那様がいらっしゃるまでの間、わたくしたちはお茶を飲んで待つことにいたしましょうか」
ストールさんは微笑みながらそう言うと、僕を一階にあるお客さん用のお部屋に連れて行ったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
一週間お休みを頂きましたが、今回からは元の通り週二回更新に戻したいと思いますのでこれからもよろしくお願いします。
さて、フロートボードの秘密ですが、今まで誰もこれに気が付かなかったのはストールさんの指摘通り、この魔法が大きな石や箱馬車を動かすのに使われていたからなんですよね。
実を言うと、石に関しては城壁を作る時に何度か落ちそうなことがあったのですが、自分たちが立っている場所から完全に出てしまう事が無かったから誰も気が付きませんでした。
そして箱馬車も通常、魔法使いがフロートボードの魔法をかけたまま下の車輪部との連結を外して移動させるなんて事は無いので、この事に今まで誰も気が付かなかったと言う訳です。
そして当初はこの実験だけで終わるはずの話が、なぜかキャラが暴走してロルフさんを巻き込むことに。
でもこの話であと1話書けるほどのネタになるのだろうか? ちょっと心配。




