577 僕、何を作ったのかなんて覚えてないよ
アマンダさんに、僕が今までに作ったお菓子の事をお話してって言われたでしょ。
でもね、それを聞いた僕はちょっと困っちゃったんだ。
「あら、どうしたの、ルディーン君? もしかして秘密のお菓子とかがあるとかなのかな?」
「ううん、違うよ。あのね、僕、その時に食べたいなぁって思ったのを作ってただけだから、どんなのを作ってきたのって聞かれても覚えてないから困っちゃうんだ」
パンケーキみたいに村のみんなが僕んちに食べに来るのとか、スティナちゃんが何度も作ってって言ってくるアイスクリームの事なら覚えてるよ。
でも、今までにいっぺんしか作って無いお菓子とかもあるもん。
そんなの、全部を覚えてるわけないでしょ?
だから僕、作ったお菓子を教えてって言われても困っちゃうんだよね。
「ああ、そうか。いろいろなものを思いつくからつい忘れがちだけど、ルディーン君はまだ小さいものね。作ったものを全部覚えていられるはずないか」
「ルディーンくらいの歳だと、新しい事を覚えるのは早いけど、過去の出来事なんかは忘れて行ってしまうものだからそれも仕方ないわね」
その事を教えてあげたらね、アマンダさんだけじゃなくって、お母さんまでそれは仕方ないよねって言ってくれたんだよ。
でもそれだと、お菓子の事が解んないから困っちゃうよねってアマンダさんは言うんだ。
「今迄に教えてもらったものから考えると、ルディーン君の考え出したお菓子は多分そのすべてが画期的なものなんじゃないかと思うのよ。そのレシピが失われるというのは、ちょっと、いやかなり残念よね」
アマンダさんはね、僕が忘れちゃったのなら仕方ないけど、できたら教えて欲しかったなぁってちょっぴりしょぼんってしちゃったんだよ。
そしたらさ、それを見たキャリーナ姉ちゃんが急におっきな声を出したんだよね。
「あっ、そうだ!」
「どうしたの、キャリーナ。急に大きな声を出して」
「あのね、私、いい事を思いついたんだ。ルディーンが覚えてないんだったらさ、私たちがおいしかったって思ったのを言ってけばいいんじゃないかな」
「そっか。お母さんやお姉ちゃんたちは、僕が作ったお菓子を食べてるもんね」
キャリーナ姉ちゃんもまだそんなに大きくないけど、僕よりおっきいでしょ?
それに大人のお母さんや、キャリーナ姉ちゃんよりもっとおっきいレーア姉ちゃんもいるもん。
みんなに聞けばきっと、僕がどんなお菓子を作ってたのかを教えてくれるよね。
「なるほど、作った本人は覚えていなくても、食べた人がこういうものだったと言えば、そのレシピを思い出すかもしれないですね」
「でしょ? だからルディーン、私たちがおいしかったお菓子の事言うから、また作ってね」
「うん、いいよ!」
キャリーナ姉ちゃんにおいしいお菓子をまた作ってって言われた僕は、頑張るぞってふんすと力を入れたんだ。
「それで、キャリーナはどんなお菓子がおいしかったの?」
「あのね、私はプリンとアイスクリーム!」
「キャリーナ姉ちゃん、それは流石に僕も覚えてるよ。だってお家で何度も作ってるもん」
プリンは作るのが簡単だから、僕だけじゃなくってお母さんも作れるんだよね。
それにアイスクリームはスティナちゃんも大好きだからよく作ってて、いっつも僕んちの冷凍庫に入ってるんだよ。
だからいくら僕が小さいからって、忘れるはずないんだ。
「そっかぁ。じゃあさ、あれは? ベニオウの実をつぶしたのを魔法の棒で冷たくしたやつ」
「魔法の棒? ああ、凍らせるかき混ぜ棒かぁ」
そう言えばそんなの作った事あったっけ。
キャリーナ姉ちゃんが言ってるのはね、ベニオウの実のシャーベットを作る時に使った、氷の魔石で先っぽがすっごく冷たくなるかき混ぜ棒の魔道具の事なんだよ。
そう言えばあれ、ロルフさんが特許ってのを取りに行くって言ってたけど、どうなったのかなぁ?
「凍らせるかき混ぜ棒って、そんなものがあるの?」
「うん。すごいんだよ。それでかき混ぜるとね、潰したベニオウの実があっという間に凍ってって、冷たいお菓子になっちゃったんだ」
アマンダさんに凍らせるかき混ぜ棒の事を聞かれたキャリーナ姉ちゃんはね、両手をぶんぶん振り回しながらその魔道具の事を教えてあげたんだよ。
そしたらさ、そんなものがあるのならすっごく便利ねってアマンダさんは言うんだ。
「そうなの?」
「ええ。物を凍らせるのって、冷凍庫に長時間入れて置くっていうくらいしか方法がないでしょ? だからどうしてもその使い道が限られてしまうのだけれど、かき混ぜながら凍らせる事ができるのならまた新たな使い道が生まれてくるはずだもの」
「うん。ロルフさんとバーリマンさんもおんなじこと言ってたよ」
僕はね、ロルフさんたちもおんなじこと言って、後で特許ってのを取っとくねって言ってたのをアマンダさんに教えてあげたんだ。
そしたらさ、それを聞いたアマンダさんはびっくり。
「もしかして、どこかの商会が商品化してるって事?」
「解んない」
ロルフさんたちは特許を取ってくるねって言ってたけど、その後の事なんか僕、知らないもん。
だから知らないよって教えてあげたんだけど、そしたらそのお話を聞いてたお母さんが、そのお話なら知ってますよって言い出したんだ。
「錬金術のギルドマスターさんから聞いた話ですが、特許を見て興味を示したところはいくつかあったそうなんですけど、今は氷の魔石が不足しているからどの商会も商品化するところまでは行けていないみたいですよ」
「ああ、そうか! そう言えば今、クーラーって魔道具を作るために氷の魔石は商会の間で取り合いになっているって話だったわ」
クーラーの魔道具、まだ欲しい人がいっぱいいるからって作っても作ってもすぐに売れちゃうんだって。
だからそれに使う氷の魔石も、よその街からすっごくいっぱい運んできてるのにすぐに売れちゃうそうなんだよね。
「売り出されれば間違いなく欲しい人はいるだろうけど、流石にクーラーに比べたら……ねぇ」
「ええ、そうですね。あれが調理場にあると無いとでは今の時期、家族の食事を作る時に天と地ほどの差があるもの」
お料理をしようと思ったら、どうしても火を使わないとダメでしょ?
だから今みたいにあっつい時は、お料理するのがすっごく大変なんだって。
でも僕んちはクーラーをつけたから、お母さんはすっごく楽になったんだよって言うんだ。
「へぇ、カールフェルトさんのお宅にはクーラーがあるんですか。いいなぁ」
そしたらさ、それを聞いたアマンダさんが私も欲しいなぁって言ったんだよ。
だから僕、それじゃあ作ってあげようかって言おうとしたんだけど、そしたら後ろから肩をとんとんって叩かれて、振り向いたらお父さんがお口に指をあててシーってやってたんだ。
「どうしたの? お父さん」
「ルディーンの事だから、作ってあげるよって言おうとしたんだろ?」
僕ね、それを聞いてなんで解ったの? ってすっごくびっくりしたんだよ。
そしたらさ、それを見たお父さんはやっぱりねって言いながら、それはやめときなさいって。
「何で?」
「それはな、もらった人にも迷惑がかかる場合があるからなんだ」
お父さんはそう言うとね、僕をお母さんやアマンダさんからちょっと離れたとこに連れてって、なんで作ってあげたらダメなのかを僕に教えてくれたんだよね。
「ルディーン、魔道具はかなりの値段がするって事は流石に知っているよな?」
「うん。前にロルフさんがそう言ってたよ」
「という事は当然、それを買うのは大変だという事でもあるんだ」
お父さんはね、そんなものを他の人に簡単にあげちゃダメなんだよって言うんだ。
「うちの村ではお金を使わないからまだルディーンにはよく解って無いかもしれないけど、人からそういう高いものをもらったと聞くと、それを聞いた他の人からは羨ましがられると同時に妬まれたりする事があるんだ」
「ねたまれるってなに?」
「そうだなぁ。あいつだけずるいって思われるって事だよ」
お父さんはね、そんな事になったら困るだろう? って。
でもね、僕、それは変じゃないの? って思うんだよ。
「なんで? ロルフさんやバーリマンさんにも作ってあげた事あるよ」
「ああ、それは問題ないよ。なにせあの二人の周りには、魔道具なんかよりも値段の高いものがあふれているからな」
ずるいって言われちゃうのはね、それを言ってる人がうらやましいって思ってるからなんだって。
でもロルフさんたちはお金持ちだから、その周りの人たちもお金持ちでしょ?
だから魔道具を作ってもらったからって、その人たちからはずるいって思われないんだってさ。
「それにな、あの爺さんたちには、ルディーンもかなりお世話になってるからなぁ。あの家を安価で譲ってもらった事から考えても、魔道具を作ってあげたくらいじゃその恩は返しきれないんじゃないか?」
そっか、イーノックカウの僕んちって、ほんとはもっとすっごく高いんだよってお父さん、言ってたもんね。
それを考えたら、僕が作った魔道具なんて全然すごくないもん。
それが解った僕は、そうか、だからロルフさんたちはいいんだねってうんうん頷いたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
魔道具って安いものでも金貨十数枚、現実世界のお金で100万円以上するんですよね。
そんなものをポンポン人にあげていたら、当然もらった人は周りから妬まれてしまいます。
ただ、グランリルだと森に入って狩りをすれば金貨十数枚どころか数十枚もする魔石や魔物の素材が手に入るので、そんな環境を基準に考えてしまうとちょっとおかしなことになってしまうんですけどねw




