575 あれ? お母さんたち、まだ来てないや
僕とアマンダさんの熟成が何で違うか、もう解ったでしょ?
だから僕たちは、マロシュさんのお店から帰る事にしたんだ。
「小っちゃいおじさん、バイバイ」
「おう。またいつでもおいで」
僕ね、お店の外まで出てきてお見送りをしてくれたもんだから、マロシュさんにバイバイって手を振ったんだよ。
そしたらマロシュさんもニコニコしながら僕に向かって手を振ってくれたもんだから、うれしくなって後ろを見ながらずーっとマロシュさんに手を振ってたんだ。
そしたらさ、アマンダさんに危ないからやめなさいって怒られちゃった。
「手をつないでいても、後ろを見ながら歩いたら危ないでしょ」
「ごめんなさい」
って事で、マロシュさんに手を振るのはおしまい。
僕はちゃんと前を見ながら歩く事にしたんだよ。
「アマンダさん、次はどこに行くの?」
「う~ん。結構時間も経ってしまっているし、ルディーン君のお母さんたちがもう来てるかもしれないから寄り道をしないでうちの店に行きましょう」
そう言えば僕、アマンダさんにデコレーションケーキの作り方を教えなきゃダメなんだっけ。
それを思い出した僕は、
「うん! じゃあ早くお店に行って、お菓子をみんなで食べよっ」
そう言ってアマンダさんの手を引っ張りながら、お菓子屋さんに向かったんだ。
お菓子屋さんに着いた僕は、待ってるお母さんたちに遅い! って怒られないかなぁって思いながら入り口のドアを開けたんだよ。
でもね、中をのぞいてもお店の中には他のお客さんしかいなかったんだ。
「あれ? お母さんたち、いないよ」
「ええ。こうしてみると、向こうも思ったより長い間お店周りをしているみたいね」
もしアマンダさんがいたらお店の奥の方に入って待ってるなんて事もあるかもしれないけど、今は僕と一緒にいるでしょ?
だからお店の中にいないって事は、お母さんたちはまだお菓子屋さんに来てないって事なんだって。
「まぁここで待っていても仕方がないし、店の子にカールフェルトさんたちが来たら奥に通してと頼んでおいて、私たちは先に厨房へ向かいましょう」
「はーい」
アマンダさんの言う通り、ここで待ってても仕方ないよね。
だから僕たちはお店の人にお母さんたちが来たら教えてねって頼んでから、お店の奥に入ってったんだよ。
でね、お料理をするお部屋に入ると、アマンダさんが僕にどんなお菓子を作るの? って聞いてきたんだ。
「スポンジケーキの豪華版だって話だけど、どんな材料が必要なの?」
「えっとね、スポンジケーキは前のとおんなじだけど、それに牛乳の上っ側にたまるやつを泡立てたのとか、それにのっける果物とかがいるんだよ」
僕がデコレーションケーキを作るのにいる物を教えてあげたらね、何でか知らないけどそれを聞いてたアマンダさんが不思議そうなお顔になっちゃったんだ。
「えっと、ルディーン君。牛乳の上にたまるものって言うと、バターにする少しドロッとしたあれよね? あれを泡立てるの?」
「うん。あれはね、入れもんに入れてシャカシャカしてるとバターになっちゃうけど、お砂糖を入れて泡立てると、甘くてとってもおいしいふわふわになるんだ」
「えっ、そうなの?」
「うん、そのふわふわはね、食べるとすっごくおいしいんだよ。僕やノートンさんはその牛乳の上っ側にたまったやつの事を、生クリームって呼んでるんだ」
前にノートンさんに生クリームの事を話した時、そんなの知らないって言ってたでしょ?
ならきっとアマンダさんもそうなんじゃないかなぁって思ったんだけど、聞いてみたらやっぱり知らなかったみたい。
僕、それだったらここにあるはずないからこれから買ってこないとダメかなぁって思ったんだよ。
でもそのドロッとしたのはクッキーを焼く時に使うバターを作るのにいるからって、このお店にも置いてあるんだって。
だから僕、アマンダさんに言ってそれを冷蔵庫の中から持って来てもらったんだ。
「後は果物だけど、これはさっき買って来たものでいいのよね?」
「うん。あっ、でもね、あんまりお汁の多いのはべちゃべちゃになっちゃうからダメなんだよ」
果物だけで食べるんだったらお汁がいっぱいある方がおいしいけど、生クリームの上にのっけたらケーキがべちゃべちゃになっちゃうでしょ。
だからあんまりお汁がいっぱいでないやつの方がいいよって、アマンダさんに教えてあげたんだ。
「なるほど、お菓子の上にのせるのならその方がいいのか。それで、何かおすすめの果物はあるの?」
「うん。あのね、こないだノートンさんにもらったやつなんだけど、これから作るお菓子にクイーンベリーってのをのっけたらすっごくおいしかったんだ」
僕ね、こないだノートンさんが持って来てくれたクイーンベリーってのをのっけてみたら、すっごくおいしいケーキになったんだよって教えてあげたんだよ。
でもそれを聞いたアマンダさんから、そんな高いのは使えないよって言われちゃったんだよね。
「クイーンベリーって、あのクイーンベリーよね。あははっ、そんな高い物、流石に使えないわよ」
そう言えばノートンさんも、クイーンベリーはロルフさんのために特別に買って来たんだよって言ってたっけ。
お金持ちのロルフさんちの料理長さんでも特別だなんて言うくらいなんだもん、そんなのをのっけたお菓子なんて普通は食べれるはずないよね。
「でも、ベリーが合うっていうのなら、ルディーン君がさっき熟成させてくれたベリーなんか、いいんじゃない?」
「うん。僕んちでもね、摘んできたベリーを熟成で甘くしたのを使って作ったんだよ」
と言う訳でベリーを乗っける事になったんだけど、ここで一つ問題が。
「あっ、このベリー、切ったらお汁が出てくるやつだ」
「そう言えば、果汁が多い果物は向かないってさっき言ってたわね。じゃあ、これは使えないか」
「ううん。このまんま切らずに上にのっけるんだったら大丈夫だよ。でも真ん中に挟むのは別のを使った方がいいかも」
僕はそう言うとね、アマンダさんと一緒に買ってきた果物の中になんかいいのが無いかなぁって見てったんだよ。
そしたらさ、その中に一個、気になるもんが入ってたんだ。
「アマンダさん、これってお汁、いっぱいでるやつ?」
「ん? ああ、ホウリね。そうねぇ、確かに果汁はしっかりあるけど、切った後にふきんの上にしばらく乗せておけば大丈夫なはずよ」
僕が見つけたホウリって果物はね、見た目が前の世界にあったパイナップルって言うのによく似た感じ果物なんだよ。
でね、そのパイナップルってのはデコレーションケーキの間に挟む果物によく使われてたから、これも同じようなのだったらいいのにってアマンダさんに聞いてみたんだ。
そしたらさ、これもお汁があんまりでないやつだから大丈夫だよって。
でもね、アマンダさんはそのホウリってのを持ちながら、これでお菓子を作っても大丈夫かなぁって言うんだよね。
「なんで? これ、もしかしておいしくないの?」
「ううん、おいしいわよ。でも、ちょっと酸っぱいのよねぇ、これ」
アマンダさんはそう言うと、そのホウリって言う果物を切ってくれたんだ。
そしたらさ、その中までパイナップルみたいだったもんだから、僕、びっくりしちゃった。
「ほら、小さく切ったから食べてみて」
「うん! いただきまーす」
でね、それをアマンダさんが一口で食べられるくらいまで小さく切ってくれたから、僕はそれをつまんでパクリ。
そしたらさ、
「ほんとだ、すっごく酸っぱいね」
「でしょ?」
味はおんなじような感じだったんだけど、パイナップルよりすっごく酸っぱかったもんだから、僕、ちょっぴりびっくりしちゃったんだんだよね。
だからそんな僕を見たアマンダさんは、やっぱりこれじゃダメだよねって。
でもさ、デコレーションケーキに挟む時は、いっしょに甘い生クリームを塗るでしょ?
だから僕、この二つをいっしょに食べたら大丈夫なんじゃないかなぁって思ったんだよ。
だってさ、前の世界にあったキウィって果物もこれとおんなじくらい酸っぱかったけど、ケーキに挟んだらおいしかったもん。
「う~ん、生クリームと一緒に食べてみないと解んない」
「そう? なら一度、いっしょに食べてみましょうよ」
そんな訳で、とりあえず生クリームを泡立てて、それと一緒に食べてみる事になったんだけど、
「わぁ! アマンダさん、泡立てるのがすっごく早いね」
「ええ、これでも本職だからね」
そしたらさ、アマンダさんはフォークを2本使ってかき混ぜてるのに、あっと言う間にふわふわになって来ちゃったもんだから、僕、すっごくびっくりしたんだ。
「フォークを使ってるのに、すごいね」
「あら? ルディーン君のお家では違うの?」
「うん。僕んちだとね、こんな形の泡だて器ってのを使ってるんだよ」
アマンダさんに聞かれた僕は、ポシェットからいっつも持ち歩いてる鋼の玉で4本の針金を使った泡だて器を作って見せてあげたんだよ。
そしたらさ、それを見たアマンダさんは、こんなの初めて見たってびっくり。
「1本1本がこんなに細いのに、これでも泡立つの?」
「うん。僕、おててが小さいからフォークを2本も持てないでしょ。だから、こういうのじゃないと泡立てられないんだ」
僕はそう言うとね、作ったばっかりの泡だて器にクリーンの魔法をかけてから、さっきまでアマンダさんか泡立ててた生クリームをかき混ぜ始めたんだ。
そしたらちゃんと泡立ってきたもんだから、アマンダさんはこれでほんとに泡立つのねって。
「これ、ルディーン君くらい小さな子でも泡立てる事ができるなんてすごいわね。でもそんな細い針金だと、力を入れたら曲がってしまいそうでちょっと使うのが怖いわ」
アマンダさんはフォークを使ってもあっという間に泡立っちゃうくらい、すっごく早くかき混ぜるでしょ?
だから僕の持ってる泡だて器を見て、こんなんじゃすぐにダメになっちゃうんじゃないかなぁって言うんだよ。
でもね、僕が作った泡だて器は、そう簡単に曲がっちゃったりしないんだよね。
「大丈夫だよ。だってこれ、鋼を使ってるもん」
「ええっ! 鋼ってかなりいい武器を作る時くらいしか使わないものなのよ。そんなので調理道具を作るだなんて」
僕がこれは鋼でできてるから、そう簡単には曲がらないよって教えてあげたら、それを聞いたアマンダさんはすっごくびっくり。
そっか、そう言えばニコラさんたちの武器も、鋳型に鉄を流し込んだのを磨いただけの奴だよって言ってたっけ。
僕の住んでるグランリルの村だと、畑で使う道具とかも使ってる鉄はみんな鋼だから忘れてた。
「あのね、僕の村は鋼しか使わないんだ。だから鍛冶屋さんに頼んで作ってもらうと、クワとかもみんな鋼になっちゃうんだよ」
「ルディーン君の住んでる村って、確かグランリルよね。なるほど。地域特有の事情があるって訳か」
鋼を使ってるって聞いてびっくりしたアマンダさんだけど、僕の村の事を教えてあげたら納得してくれたみたい。
ああ、なるほどねって、一人でうんうん頷いてたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
この世界では反射炉などの高度な製鉄技術は無いので、鉄に含まれている不純物の除去や炭素量の調節はすべて熱しては叩くの繰り返しをする事によってでしかできません。
なので一般的に鉄と言われるものは鋳物であり、鋼とは職人が時間をかけて鍛え上げるものなのでとても高いんですよね。
ルディーン君の場合、グランリルの村が鋼しか使っていないという特殊なところなので気軽に鋼の玉を持ち歩いていますけど、実はこれも結構なお値段がするものだったりします。
ただ、金銀に比べたら安いので、これを持っているからと言って狙われるなんて事は無いですけどね。
まぁ、その金銀よりも価値のある魔石を袋に入れて、かなりの数いつも持ち歩いているのでそんなの今更な気もしますが。




