571 熟成を見てもらう前に買わなきゃダメなものがあるんだって
みんなと別れた僕は、アマンダさんとおててをつなぎながら街の中を歩いてたんだよ。
でね、ちょっとの間歩いてたら、アマンダさんがあるお店の前で立ち止まったんだ。
「あれ?」
でもね、そのお店を見た僕は、頭をこてんって倒したんだよね。
何でかって言うと、アマンダさんは薬屋さんに行くって言ってたのに、そこが果物屋さんみたいなとこだったからなんだ。
「アマンダさん。このお薬屋さん、果物屋さんみたいなお店だね」
「ああ、違うのよルディーン君。ここは薬局ではなく、見ての通りの果物屋さんよ」
これを聞いた僕は、ちょっとびっくり。
だってさ、アマンダさんは熟成スキルの事を聞きにお薬屋さんに行くって言って僕を連れてきたよね?
なのに何でこんなとこに来たのかが、僕には解らなかったからなんだ。
「何で果物屋さんに来たの? お薬屋さんに行くんじゃないの?」
「ええ、目的地は切り株薬局って言う薬屋さんよ。でもね、そこに行っても、実際に熟成させてみるものが無ければ、そこの店主だってスキルの違いが解らないでしょ? だからそのもととなる果物を買いに来たってわけ」
アマンダさんはそう言うとね、僕の手を引いて果物屋さんに入ってったんだよ。
でね、お店の中をきょろきょろって見渡した後、ある果物のとこに歩いてったんだ。
「これは絶対に必要よね」
それが何かって言うと、さっきお母さんたちと一緒にいる時にお話に出てたアマショウの実。
これ、僕が熟成させると実が白いまんまなのに、アマンダさんが熟成させると黄色くなるって言ってたでしょ?
だから違いを見てもらうには一番いいからって、アマンダさんはそれを近くに置いてあったかごの中に入れたんだ。
「えっと、あとは……」
でね、それからもアマンダさんはいろんな物をかごの中に入れてったんだけど、ある果物が置いてあるところに来るとちょっとどうしよっかなぁってお顔をしたんだ。
それがどこだったかって言うと、いろんなベリーが置いてあるとこだったんだよね。
「どうしたの? アマンダさん。ベリーは買わないの?」
「それなんだけど、果物屋さんに売ってるベリーは、基本熟成ができないのよ」
これを聞いた僕はびっくりしたんだ。
だって僕、お家ではいろんなベリーに熟成をかけてたんだもん。
「何で? 僕がやったら甘くなったよ?」
「ああそれは、森で摘んできたものだからだと思うわよ。でもここに置いてあるのは畑で育てられたものでしょ? だからちゃんと完熟して甘くなったものだけを、農家の人たちが選んで摘んだものしか並んでいないのよね」
お店で売ってるベリーはね、完全に熟してから採ったものが並んでるんだって。
だから僕が森で摘んできたものみたいに熟成をかけちゃったら、熟しすぎちゃって悪くなるんだってさ。
「そっか。でも、あれ? じゃあさ、何で買おうかどうか考えてたの?」
「それなんだけど、もしかしたらこれもルディーン君が熟成させたら、もっと甘くなるんじゃないかって思ったのよ」
僕の熟成って、アマンダさんのと違ってかけたものがそのまんまの状態で熟成されてくでしょ?
だからこの果物屋さんで売ってるベリーも、もしかしたらもっと甘くなるんじゃないかなぁって言うんだよ。
「うん、やっぱり買っておこう。たいして高いものじゃないしね」
でね、その後もちょっとの間考えてたんだけど、結局何個かのベリーを手に取ってかごの中へ。
「さて、最後はあれね」
それからアマンダさんは、最後に買うつもりだったって言う果物のところに行ったんだ。
でもね、それを見た僕は、あれぇ? って思いながら頭をこてんって倒したんだよ。
何でかって言うとね、アマンダさんが最後に買おうと思ってた果物が、もう真っ赤になってるベニオウの実だったからなんだ。
「アマンダさん。ベニオウの実を買うの? でもこれ、もう甘くなってるやつだよ?」
「そうだけど、これ、前にルディーン君から貰ったものに比べるとかなり甘さが落ちるでしょ? だから熟成で何とかならないかなぁと思って」
アマンダさんはね、前にもこのお店のベニオウの実がもっと甘くならないかなぁって思って熟成をかけた事があるんだって。
でもね、かけ始めてすぐにでろでろになって、食べられなくなっちゃったそうなんだよね。
「でも、甘さ自体は少し増えたのよ? だからルディーン君の熟成がもし本当に食材を劣化させないのなら、これももっとおいしくなるんじゃないかと思って」
「そっか。もっとおいしくなるんだったら、そっちの方がいいもんね」
僕の熟成がほんとにいくらかけても悪くならないんだったら、このベニオウの実だってもっと甘くなるはずでしょ?
それにこの実は森の奥になってるのと違って、イーノックカウの採取専門の冒険者さんが採ってきたやつだもん。
これならいつでもお店で買えるから、もしそれが甘くなるんだったらこんなにいい事は無いんだ。
「まだルディーン君の熟成が本当にかけたものを劣化させないかどうかは解らないし、仮にそうだったとしても私がそれを習得できるかどうか解らないわ。でも、可能性があるのなら調べる価値はあると思うのよ」
アマンダさんはそう言うとね、真っ赤なベニオウの実をかごに入れてから、お会計のカウンターに持ってったんだ。
お金を払って果物屋さんを出てきた僕たちはね、今度こそお薬屋さんに行く事になったんだよ。
「アマンダさん。お薬屋さんって、ここから遠いの?」
「う~ん、近いとまでは言わないけど、それほど遠くもないわよ」
これがね、すっごく遠いとこだったら馬車とかに乗ってかないとダメなんだけど、そのお薬屋さんはそこまでするほど遠くは無いそうだから、僕たちはてくてく歩いてそのお薬屋さんに向かったんだ。
でもね、そんなに遠くないって言っても、時間はかかっちゃうでしょ?
だからその間にアマンダさんが、なんでその薬屋さんの事を知ったのかを僕に話してくれたんだ。
「その薬局の店主さんとは最近知り合ったばかりでね、そのきっかけは薬師ギルドから料理やお菓子作りに使える薬草が見つかったって言う発表があったからなのよ」
ちょっと前にね、料理やお菓子にあう薬草があるよって薬師ギルドがイーノックカウの人たちに教えてくれたそうなんだよ。
だからそれを聞いたアマンダさんは、試しにおっきなお薬屋さんまでそのお話がホントなのか聞きに行ったんだってさ。
「そうしたら、そのお店にあった薬草の一部が本当にお菓子に使えそうだったからびっくりしたのよ」
「そうなの?」
「ええ。その中でも特に生姜っていうのと肉桂の木の皮を干した物が、お菓子にあいそうだったわ」
このふたつはどっちもにおいがきつい薬草なんだけど、お砂糖やはちみつの甘い香りと合わさるとおいしそうな香りになるんだって。
「それにね、その店主が自分は薬草に詳しいだけじゃなく、錬金術の解析の中でも食べ物に特化したものが使えるっていうものだから、それからはちょくちょく顔を出して仲良くなったと言うわけ」
「そう言えばノートンさんも、そういう錬金術師さんがいるって言ってたっけ。そっか、そのお薬屋さんの店主さんもおんなじなんだね」
ロルフさんちだと、卵とかを買って来た時はまずその錬金術師さんに見てもらって、中に悪いもんが入ってないかを調べてからお料理してるんだよってノートンさんが言ってたんだよね。
そっか、その店主さんはその人とおんなじ事ができるんだね。
僕はね、どんな人なのかなぁってわくわくしながら歩いてたんだよ。
そしたらさ、アマンダさんが道の先の方を指さして、お店が見えて来たよって。
「ほら、あそこ。あの大きなお店が、目的地の切り株薬局よ」
だからそっちの方を見てみたんだけど、そしたら僕、すっごくびっくりしたんだ。
だってさ、そのお薬屋さんは僕が知ってるとこだったんだもん。
「あっ! マロシュさんのお店だ!」
そのお薬屋さんはね、前にロルフさんがいるからってストールさんに連れて来てもらった事がある、ハーフリングって言うちっちゃなおじさんのマロシュさんがやってるお店だったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
ここまでの展開で気づいていた方もいらっしゃると思いますが、ルディーン君がニンニクや生姜を教えた薬局の店主、マロシュさんの再登場です。
因みにですが、前に出した時はこの人の種族をホビットと表記したんですよ。
でもそれは著作権に引っかかるとのご指摘があったので、今回からは広く使われているハーフリングと言う表記に変更する事にしました。
なので種族名は違っていますが、同一人物なのでお間違えのないようにお願いします。




