566 お母さんも知らないとこにあるお店なんだって
「お父さん、行ってらっしゃい!」
「おう。お前たちも気を付けて行くんだぞ」
一人で村のお買い物に行くお父さんにみんなで行ってらっしゃいした後、僕は今日いろんなお店に連れてってくれるって言うニコラさんに声を掛けたんだ。
「ニコラさん、今日はこれからどこに行くの?」
「何か所かは考えているんだけど、最初にどこに行くかはみんなの意見を聞いてから決めようかと思っているのよ」
今日は夕方までお店を周る事になってるから、いろんなとこに行くつもりなんだって。
でも、最初にどのお店に行くのかはお母さんやお姉ちゃんたちとお話してから決めようって思ってるんだよってニコラさんは教えてくれたんだ。
「そっか。お母さんたちはどんなお店に行きたいの?」
「かわいいの! 私、かわいいのが売ってるお店に行きたい!」
だから僕、お母さんやお姉ちゃんにどこに行きたい? って聞いたんだけど、そしたらキャリーナ姉ちゃんがはいはいって手をあげてかわいいものが売ってるお店がいいって言ったんだよ。
そしたらお母さんもレーア姉ちゃんも、キャリーナ姉ちゃんがそう言うんならそれでいいんじゃないかなって。
「私は特にどこに行きたいという意見は無いから、キャリーナが行きたいというのならそれでいいわよ」
「そうね。私もそういうの、好きだし」
「そっか。じゃあお兄ちゃんたちは? そこでいい?」
お母さんたちはかわいいものが売ってるお店でいいって言ってるけど、お兄ちゃんたちは別のお店に行きたいかもしれないでしょ?
だから僕、それでいい? って聞いたんだよ。
「俺もお母さんと同じで特に行きたい場所がある訳じゃないからどこでもいいよ」
「僕も同じかな。今日は初めから着いて行くだけのつもりだし」
そしたら二人ともどこでもいいよって言ったもんだから、最初のお店はかわいいものが売ってるとこに決まったんだ。
「へえ、こんな所にも何軒かお店があったのね」
ニコラさんたちに連れられて行ったのはね、僕たちがイーノックカウに来た時にいつも行く商店や屋台街があるとこからかなり離れたとこだったんだよ。
だからお母さんはこんなとこにもお店があるのねなんて感心してるんだけど、それを聞いたレーア姉ちゃんが頭をこてんって倒したんだ。
「あれ? お母さん、昔イーノックカウに住んでたんだよね? なのに知らないの?」
「ええ、私がこの街に居たのはまだ若い頃だったし、その頃はお金が無かったから冒険者ギルドの周辺か、ルルモアさんにおごってもらう時に行ったお店くらいしか知らないのよ」
イーノックカウって、僕が住んでる村よりもすっごくおっきいんだよ。
だから街に住んでる人だって、行った事が無いとこがあるのが普通なんだって。
それにね、お母さんがここにいた時は冒険者ギルドの近くにある宿屋さんに泊まってて、その近くには屋台街とかがあったもんだからこんな遠くのお店まで来る必要が無かったそうなんだよね。
だからこんなとこにお店がいっぱいあるのを、お母さんも知らなかったんだってさ。
「解ります。私たちもルディーン君の館でお勉強をしているメイドさんたちに聞くまで、こんな所があるなんて知らなかったもの」
「そうよね。冒険者ギルドと外の森以外で知ってるって言ったら、近くの安い食べ物屋くらいだったわ」
どうやらそれはニコラさんたちもおんなじみたいで、ここの事を知ったのは僕んちに来てるロルフさんちのメイドさんたちから聞いたからなんだって。
それにね、ここは商業ギルドや商店があるとこから離れてるから、他の町や村から来た人はほとんど来ない、この街に住んでる人たちが来るとこなんだよってニコラさんたちは教えてくれたんだ。
「この辺りは彫金や木工、それに裁縫や皮革のギルドが集まっている工業系区画なんですって」
「だからそれぞれのギルドがお店を出していて、見習い職人が作った安い物から熟練の職人が作ったものまで、一つのお店で一度に色々なものが見られるんですよ」
そう言ってニコラさんたちが連れて来てくれたのは、彫金ギルド直営って書いてある看板のお店だったんだ。
「わぁ、キラキラしたのがいっぱいある!」
前にイーノックカウのお店を周った時に行ったお店にも、金属で作ったアクセサリーはあったんだよ?
でもここは彫金ギルドのお店だから、お店の中全部がそんなのばっかりだったんだ。
「あら? 結構安いのね」
「ああそれは、入り口周辺に置かれているのが見習い職人が作った物ばかりだかららしいです。もっといいものなら、奥の方に行くと私たちでは手に取る事さえ躊躇うほど高いものもありますよ」
それにね、お母さんの言う通りお店に並んでたのはあんまり高くなかったんだよね。
だからキャリーナ姉ちゃんが貰ったお小遣いでも買えるくらいのものばっかりだったもんだから、レーア姉ちゃんと二人、大喜びでお店の中に飛び込んでったんだ。
「二人は行ってしまったし、ルディーンは私と一緒に回ってくれる?」
「うん。僕、お母さんと一緒に見るよ」
って事で、残った僕はお母さんと一緒にお店の中を周る事にしたんだよ。
そしたらさ、ニコラさんたちも僕たちと一緒に来るって言い出したんだよね。
「では私たちもご一緒していいですか?」
「いいけど、レーアたちと一緒の方が好みが合うんじゃないの?」
「うーん、あれくらいの歳の子だと、自分たちの見たいものだけを見て回るので」
このお店はニコラさんたちに教えてもらったから、当然ここに何があるのかは知ってるでしょ?
だからいろんなものを見たいお姉ちゃんたちと一緒にあっちこっちを見て回るより、お母さんと一緒にゆっくり回る方がいいんだって。
そんな訳でニコラさんたちも一緒に来ることになったんだけど、
「あれ? お兄ちゃんたちも一緒に来るの?」
何でか知らないけどお兄ちゃんたちも僕たちについてくるんだもん。
だから僕、何で? って聞いたんだよ。
そしたらさ、テオドル兄ちゃんにこっちの事はほっといてって言われちゃったんだ。
「こういう店は俺たちだけで見るものが無いからな」
「僕たちは着いて行くだけだから、ほっておいてくれていいよ」
「そっか。じゃあお母さん、あっち見に行こ」
僕はね、どんなのがあるのかなぁって思いながらお母さんの手を引っ張って、お店の奥の方に行ったんだよ。
そしたらさ、他のお店ではあんまり見た事が無い細かい柄が彫ってある指輪とかがいっぱい並んでたもんだから、それを見たお母さんはびっくりしたんだ。
「ここにあるのって、同じくらいの値段のものでも商業地区にある小物屋に置いてあるものよりかなり質がいいのね」
「それはですね、ここが彫金ギルド直営だからですよ」
お母さんはね、安いのにいいものばっかり並んでたからびっくりしたんだって。
だからそう話してたんだけど、そしたら近くにいたお店の人が寄ってきて、それはここが彫金ギルドのお店だからだよって教えてくれたんだ。
「彫金ギルドでは、商業ギルド系列のお店には徒弟以上の腕を持つ者の作品しか下ろしません。ですからあの辺りにあるこの価格帯の品物は、主に鍛冶師が作ったものが並んでいるのです」
「まぁ、鍛冶師もこのような小物を作る事があるのですか?」
「はい。剣や槍を打たれている方たちは、その柄や持ち手などに飾りを施す事がありますよね? その練習としてアクセサリーを作る方もいるのです」
鍛冶師さんもね、剣とかに飾りをつけなきゃダメだから彫金師さんとおんなじような事を練習するんだって。
だからその時に作ったのを、商業ギルドに下ろす人もいるんだよってお店の人が教えてくれたんだ。
「じゃあ、ここに並んでいるのは見習いの方たちが作った物なんですか?」
「はい。ですが、見習いとはいえ彫金師ですから、鍛冶師が作った物よりも上質になります。ですが見習いが作った事には変わりがありませんから、このようにお値打ちな価格帯となっているんですよ」
見習いの職人さんでも、ちゃんと彫金のお勉強をしてる人たちだから鍛冶師さんたちよりも上手にアクセサリーが作れるんだって。
でもね、だからこそそういうものを商業ギルドに下ろせないんだよってお店の人は言うんだ。
「職人からすると、まだ未熟な者が作ったものが彫金師の作品として世の中に広く出回ると、彫金と言う技術自体が軽くみられる恐れがあると考えているのです」
「軽く、ですか?」
「はい。中途半端なものを彫金師の作品として出すのは、とても危険な事なのですよ」
剣とか鎧とかと違って、指輪とかネックレスってなくてもいいもんでしょ?
だからそれ自体に価値があるんだよってみんなが思わなくなっちゃったら、買ってくれる人がいなくなっちゃうんだって。
「そのため、多くの人の目につく商業ギルド系の店には腕のいい職人のものだけを下ろして、その価値を保っているのです」
「なるほど。ではなぜこのお店では、見習いの人たちのものを扱っているのですか?」
「それはですね、食べていけなければ見習いの者たちも彫金師を続けていけないからですよ」
商業ギルドに持ってけるくらいになるまでにはね、何年も修行をしないとダメなんだって。
でもその間も職人さんはご飯を食べないとダメでしょ?
だからこのお店で作った物を売る事で、そのお金を稼いでるんだってさ。
「ここに来られる方にはきちんと見習いが作った物であると説明をしてお売りしていますから、多少未熟な物であっても納得してお買い上げいただけるのです」
「なるほど、普通のお店ではそこまでしてくれないですものね」
「はい。それにここには徒弟以上の腕を持つ職人のものも多数展示してありますから、実際にそれらを見比べてもらえれば腕のいい職人の作品の価値もよく解って頂けますし」
ここは彫金ギルドのお店だから、置いてあるのは彫金師さんが作った物ばっかりでしょ?
そのおかげで他のお店と違って上手い人が作ったのとへたっぴの人の作ったのとがすぐ近くに置いてあるから、見比べる事でやっぱりうまい人が作ったものは凄いなぁってみんな解ってくれるんだよってお店の人は笑いながら教えてくれたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
イーノックカウは衛星都市なのでとても広いんですよね。
なのでこの街に住んでいる人でも行った事のない場所は当然あるし、ましてやよその土地に住んでいる人では知らない場所があるのは当たり前ですよね。
その上今回出て来たのは本当に狭い地域の人たちだけが知っている場所であり、なおかつ伯爵家に仕えるメイドたちがおすすめしてくれた店なので、まさに穴場と言える所だったりします。
だから上質なものが安く買えるにもかかわらず、気軽に入る事ができる店なんですよね。




