565 何でお兄ちゃんたちまで行くの?
ロルフさんたちのお手伝いでお掃除の魔道具を作ったり、ルルモアさんに魔道ドライヤーを作ってあげてたりしたらあっという間に夕方になっちゃったんだ。
だからね、僕はストールさんに迎えに来てもらって、イーノックカウのお家に帰ったんだよ。
「え~、お父さんたちだけずるい」
でね、みんなで僕んちの食堂で夜ご飯を食べたんだけど、その時にお父さんから僕がいない間、何してたの? って聞いてみたんだ。
そしたらさ、みんなで森に行ったって言うんだもん。
ずるいよね。
「ずるいって、仕方がないだろう」
「ええ、そうよ。森に行ったと言っても狩りに出かけたのではなく、ニコラさんたちの弓の練習の為に行ったのだから」
今日お父さんたちは、ニコラさんたちに弓の使い方を教えてたでしょ?
ニコラさんたちはね、お父さんたちが思ってたよりずっと弓の使い方を覚えるのが早かったんだって。
でね、ちょっとしたら3人ともちゃんと矢が前に飛ぶようになったもんだから、森の入口まで行ってお外で練習する事にしたんだよってお父さんが言うんだ。
「あの練習場は四方が壁に囲まれているおかげで風もなく、光の変化もほとんど無いから弓の精度を上げる練習にはもってこいの場所だが、実際に使うのは屋外だからな」
「私たちがこの街にいるのはそれほど長い間ではないでしょ? だから一度外に出て、実際の狩りに近い状況で撃たせてみようと思ったのよ」
ジャンプの魔法でいつでも来られる僕と違って、お父さんやお母さんはあんまり来る事ができないよね。
だからイーノックカウにいるうちに、いろいろ教えてあげようと思ったんだってさ。
「実際、練習場ではちゃんと飛んでいた矢が、森での練習ではあらぬ方向に飛んで行く事もあったからな」
「そうなの?」
「ええ。練習場では的だけに集中できるけど、森だと揺れる木々や光の変化、それに強い横風が吹く時なんかがあるでしょ? それを感じるだけで集中力が落ちて、思うように弓を扱えなくなってしまうものなのよ」
そっか、あの練習するとこって壁しかないから、弓を射る時に気が散るようなもんが何にもないもんね。
でも森の中だとちょっと風が吹くだけで葉っぱがわさわさいうし、そのせいで明るいとこと暗いとこがすぐに変わっちゃうもん。
そんなとこで弓を射ろうと思ったら、お父さんたちの言う通り失敗しちゃうかも。
「そんな訳で、彼女たちを連れて森に行ったんだ」
「そっか。でも、僕を置いてったのは変わんないもん。やっぱりずるい!」
何で森に行ったのかは解ったよ?
でも、僕を置いて森に行ったのはおんなじでしょ。
「僕だって一緒に森に行きたかったもん。だからお父さん、明日またみんなで森に行こうよ」
「え~、だめだよ。明日はニコラさんたちとかわいいものやお洋服を見に行くお約束をしてるんだから」
だから明日みんなで森に行こうよって言ったんだけど、そしたらキャリーナ姉ちゃんがニコラさんたちとお出かけするからダメって言うんだよ。
「ニコラさんたちとお店に行くの?」
「うん! 今日、お母さんが弓を教えてあげたでしょ? だからそのお礼に知ってるお店を教えてくれるんだって」
「ええ。最近はあの子たち、目を肥やすためにメイド長さんからお金をもらってイーノックカウにあるいろいろなお店を見て回っているらしくてね。明日はそのお店のいくつかに連れて行ってくれるそうなのよ」
ニコラさんたち、前はお金が無かったから店なんて全然知らなかったそうなんだけど、僕んちに住むようになってからはそれを知ったストールさんから、いろんなお店を見るのもお勉強だから行ってきなさいって言われてるらしいんだよね。
だから明日はそのお勉強したお店に、お母さんやお姉ちゃんたちを連れてってくれるんだってさ。
「そっか。じゃあさ、お父さんが連れてってよ」
「それが、そうもいかないんだ」
お父さんはお母さんやお姉ちゃんたちと違って、かわいい物やお洋服が売ってるお店なんて行かないでしょ?
だから僕、森にはお父さんに連れてってもらおうと思ったんだけど、ご用事があるからダメなんだって。
「本当なら今日行くはずだったんだが、村の人たちから頼まれている買い出しの注文をしに行かないといけないんだよ」
「そっか。みんなに頼まれてるもんね」
僕の村はね、イーノックカウまで行く人がいると必ずいろんなものを買って来てって頼まれるんだ。
ホントだったらそれを今日やってくるはずだったそうなんだけど、ニコラさんたちに弓の使い方を教えてていけなかったでしょ?
だから明日、お父さんは一人でいろんな商会や商店を周って、帰りに買って帰るものの注文をしてくるんだってさ。
「そっかぁ。じゃあさ、お兄ちゃんたちは? お兄ちゃんたちは一緒に行ってくれるよね?」
「あ~、それなんだが……」
お父さんやお母さん、それにお姉ちゃんたちはご用事があってダメかもしれないけど、お兄ちゃんたちはそんなのないはずでしょ?
だからお兄ちゃんたちに一緒に行こうよって言ったんだけど、そしたらテオドル兄ちゃんがごめんなさいしてきたんだ。
「俺とディック兄ちゃんも、お母さんたちと一緒に行く事になってるんだよ」
「え~、なんで? お兄ちゃんたち、かわいいものが欲しいなんて言ったことないじゃないか!」
「まぁ、それはそうなんだけど。ディック兄ちゃんが一緒に行くって言い出して……」
テオドル兄ちゃんはね、お母さんたちと一緒に行きたいって言ったのはディック兄ちゃんなんだよって教えてくれたんだ。
でもね、ディック兄ちゃんがかわいいものを持ってるとこなんて僕、見た事無いんだ。
だから頭をこてんって倒しながら、何で? ってディック兄ちゃんの方を見たんだよ。
そしたらディック兄ちゃんは、そ~っと僕から目を背けたんだ。
「ディック兄ちゃん。何で急にかわいいもんが好きになったの?」
でもね、何で急にかわいいものが欲しくなったのか聞きたかったもんだから、僕、ディック兄ちゃんに聞いてみたんだよ。
そしたらディック兄ちゃんはこっちを見ないまま、そんな事もあるよって。
「あー、そういう気分になる時だってあるだろう」
「僕、そんな風になった事無いよ」
ディック兄ちゃんはかわいいものもそうだけど、甘いものもあんまり食べないんだよね。
だから僕、もういっぺん何で? って聞いたんだよ。
そしたらさ、ディック兄ちゃんじゃなくってお父さんが代わりに答えてくれたんだよ。
「それはルディーンがまだ小さいからだよ。大きくなったら、きっと解るようになるさ」
「そうなのかぁ」
ディック兄ちゃんは、もうおっきいもん。
今の僕がなった事無い事でも、お父さんの言う通りかわいい物が欲しくなるなんて事もあるのかもしれないね。
「と言う訳だから、森には行けないんだ。ごめんな、ルディーン」
でね、その後に続いて今度はテオドル兄ちゃんがごめんなさいしてきたもんだから、僕は仕方がないなぁって森に行くのをあきらめたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
かわいいものが欲しくなるというか、買い物に一緒に行きたいという気持ちは8歳のルディーン君に察しろと言っても無理ですよね。
でももっと大きくなればきっと、ああ、あの時のディック兄ちゃんはこんな気持ちだったんだねって理解する日が来る事でしょう。




