５５２　謎の建物は弓を練習するとこだったんだよ

「はい、これで手続きは終了です」

　ルルモアさんはそう言うと、お父さんたちにギルドカードを返してくれたんだ。

「えっと、これで俺たちも居住権がもらえたって考えていいんだな？」

「はい。買ったのはルディーン君ですが、家族はその権利を共有できますから」

「それは解っていたけど、あまりにあっさりと手続きが終わったから、実感が無くてなぁ」

　お父さんはね、ここに来るまでは居住権ってのの登録にはもっと時間がかかるんだろうなぁって思ってたらしいんだよ。

　なのにあっという間に終わっちゃったでしょ？

　だからほんとにこれで終わり？　ってルルモアさんに聞いたんだってさ。

「ふふふっ。ルディーン君が購入した時には、それ相応の時間と手続きが必要だったんですよ。でも今回はギルドカードに書き込むだけですから、それほど時間はかからないのですよ」

「なるほど、買う時にはやはり時間がかかるんだな」

　でもルルモアさんが何でこんなに早く終わったのかを教えてくれたもんだから、お父さんは納得したみたいなんだ。

　ギルドカードを返してもらったって事で、今度はニコラさんたちの弓を買いに行く事になったんだけど、その時に僕、買った弓の練習はどこでするのかなぁ？　って思ったんだよ。

　だってここは村と違って、近くの森には狩りや採取に来てる人がいっぱいいるよね？

　そんなとこで弓の練習なんてしたら危ないから、どこ練習するのかなぁって思ったんだ。

「お母さん。ニコラさんたちの弓を買うのはいいんだけど、練習はどこでするの？」

　だから僕、お母さんにどこで練習するの？　って聞いたんだけど、そしたらそれを聞いたルルモアさんがあれ？　ってお顔になって、僕たちに聞いてきたんだよ。

「ニコラさんたち、弓を始めるのですか？」

「ええ。覚えておいた方がいいと、テオドルが、息子が言い出したみたいで」

　お母さんが何でニコラさんたちが弓の練習をするのか教えてあげるとね、ルルモアさんはそれならいい所があるよって教えてくれたんだ。

「ギルドの裏手に、冒険者たちが鍛錬に使っている広場があるのはご存じですよね？　その一角に弓の練習用スペースがあるので、そちらを使われてはどうでしょう？」

「ああ、あそこ。まだあったのね」

　朝は素材を売ったり買ったりする人たちの馬車を停める冒険者ギルドの裏の広場を、空いてる昼間は冒険者さんたちが練習に使ってるよね。

　その隅っこに弓の練習ができるとこがあるよってルルモアさんが教えてくれたんだけど、そしたらそれを聞いたお母さんがまだあったのねって言ったんだよ。

　だから僕、お母さんにその弓を練習するとこの事知ってるの？　って聞いてみたんだ。

　そしたらね、お母さんも若い頃はそこで弓の練習をしたんだよって教えてくれたんだ。

「懐かしいわ。確かにあそこなら、ニコラさんたちの練習にはもってこいかもね」

　お母さんはね、お父さんと結婚する前はイーノックカウにいたから、その練習場で弓の練習をしたことがあるんだって。

　だからそこだったらちょうどいいねって言ったんだけど、それを聞いたニコラさんが何でか知らないけど大慌てでダメだよって。

「待ってください、シーラさん」

「あら、どうしたの？」

「私たちは、弓に触った事も無いんですよ。それなのに他の冒険者たちが鍛錬をしている広場で練習するだなんて、射った矢がどこへ飛んで行くか解らなくて危ないじゃないですか」

「ああ、それなら大丈夫よ。あそこは初心者が練習するための施設だから。ルルモアさん、設備は私の若いころと変わってないんでしょ？」

「ええ。前と変わらず、ちゃんと安全に練習できるようになってますよ」

　お母さんやルルモアさんが言ってる弓を練習するとこはね、長細いお家みたいな造りになってるんだって。

　そこだったら周りが木の壁で囲われてるし、屋根だってあるからもし矢が変なとこに飛んでったって危なく無いんだよってお母さんは笑うんだ。

　だからそれを聞いた僕は、それだったら安心だねって思ってたんだけど、

「あの建物って、弓の練習をするための物だったんですか？」

　ニコラさんはその場所を知ってたみたいで、それが弓の練習場だって聞いてびっくり。

　前から広場で練習をしてる時にその場所を見ながら、あそこって何のための建物なんだろうねって、ユリアナさんやアマリアさんと話してたんだってさ。　

「結構な大きさがあるのに誰も出入りしないから、あの中には何があるんだろうってずっと思ってたんですよ」

「そう言えばここ数年、弓での狩りをする人がいなかったから閉まったままだったわね」

　ニコラさんも言ってたけど、弓で狩りをしようと思ったら矢を買わないとダメだからイーノックカウの冒険者さんたちはあんまり使わないんだって。

　それにね、今弓を使ってる人たちはもう獲物が狩れるくらい上手いから、もうわざわざ町の中で練習なんかしないでしょ？

　だからその弓を練習するとこを、そう言えばずーっと使ってなかったなぁってルルモアさんは言うんだ。

「えっ！　ずっと閉めたままって、中は大丈夫なんですか？」

　ずっとほったらかしにしてたなんて言うもんだから、それを聞いたニコラさんはびっくりして大丈夫なの？　って聞いたんだよ。

　そしたらルルモアさんは笑いながら、大丈夫だよって。

「ええ。仮にも冒険者ギルドが管理している練習場ですからね。壁には特殊なコーティングがしてあるから湿気で痛む心配はないし、ほこりは溜まっているだろうけど、それだって中を一気に洗浄する魔道具がつけてあるからそれを使えば何の問題ないと思うわよ」

「へぇ、お掃除する魔道具までついてるんだ。すごいね」

「ええ、そうね。流石にそれは、お母さんも知らなかったわ」

　前に使ってたって言ってたお母さんも、お掃除の魔道具がついてるなんて知らなかったみたい。

　だから僕と二人ですごいねぇってお話してたんだけど、

「ただ、そこを使うにあたり、シーラさんには一つお願いしないといけない事がありまして」

　そんなお母さんに、ルルモアさんはお願いがあるんだよって言うんだ。

「私にですか？」

「はい。手本を見せるのはいいですが、そこでは矢じりのついた矢は使わないで欲しいのです」

　その練習場って、弓の練習を始めたばっかりの人たちが使うとこでしょ？

　だからその的や後ろの壁は、そんなに丈夫に作って無いんだよってルルモアさんは言うんだ。

「シーラさんの射る矢は、ブラウンボアの硬い背の皮さえ貫通するほどの威力があるでしょ？　あそこはそんな威力に耐えられるほどの設備ではないので、鉄の矢じりのついた矢を撃たれると的どころか、後ろの壁まで貫通してしまうと思うのです」

「なるほど。確かにそれは危ないですね」

　これが何にもないとこにある練習する場所ならいいけど、ここは街の中でしょ？

　もしお母さんが射った矢が後ろの壁まで貫通しちゃったら、お外を歩いてる人に当たっちゃうかもしれないもん。

　そんな危ない事できないから、お母さんはすっごく困っちゃったんだ。

「でも困ったわね。流石に見本無しで指導するのは難しいし。でも矢じりがついていないと軽すぎて射線が安定しないのよねぇ」

「ああ、それならこれを使ってみてはどうでしょう？」

　ルルモアさんはそう言うとね、先っぽにちっちゃな丸っこいものがついてる矢を出してきたんだ。

「これは……魔物か何かの皮かしら？」

「はい。ブルーフロッグの背の皮、それも傷がついてあまり膨らまなかったところを使った矢じりなんですよ」

　ブルーフロッグの背中の皮って、傷がつくと茹でてもあんまり膨らまなくなっちゃうんだよね。

　だから傷が無いとこをくりぬいて椅子とかに使うようになったんだけど、そうすると膨らまなかったとこが余っちゃうでしょ？

　それを捨てるのはもったいないから何とか使えないかなぁってみんなでずっと考えてて、そしたらこれができたんだよってルルモアさんが教えてくれたんだ。

「傷がついていない場所ほどの柔らかさはないですが、それでもそこそこの弾力はあるでしょ？　だから相手を傷つけずに無力化する矢として使えないかと試作したものなんですよ」

「なるほど。確かにこれを使えば矢が刺さる事は無いし、そこそこの重さもあるから当てて相手を無力化させるにはいいかもしれないわね」

　傷がついたブルーフロッグの皮は、前の世界にあったタイヤのゴムみたいな硬さなんだよね。

　だからこれを使えば、相手に大けがをさせる心配はないねってお母さんは言うんだ。

「ただ、シーラさんが使うとなると……」

「そうね。この強度ではきっと当たった瞬間、矢がこの皮を貫通するでしょうね。でも威力はかなり落ちるから、的まで貫通するなんて事は無いんじゃないかしら」

　お母さんが使うとね、これを使っても当たったら先っぽについてるブルーフロッグの皮を矢が貫通しちゃうから、当てた相手が大怪我をしちゃうんだって。

　でも弓矢の練習に使う的を壊しちゃうほどの威力は出ないだろうから、これを使ってニコラさんたちにお手本を見せるねってお母さんはニコラさんからその矢を何本か受け取ったんだ。