550 グランリルの村ではね、女の人は剣を使わないんだよ
僕たちの中で一番おっきいディック兄ちゃんが、さっきからずっとアマリアさんとお話してるでしょ?
だからなのか、ニコラさんがテオドル兄ちゃんに話しかけてきたんだ。
「武器の使い方を教えて欲しい、ですか?」
「はい。前にルディーン君から教えてもらった事があるのですが、基礎的な事をほんの少し教えてもらっただけでかなり勉強になったもので」
ニコラさんはね、ちっちゃな僕から教えてもらっただけでもうまくなれたんだから、お兄ちゃんたちに教えてもらったらもっと武器をうまく使えるようになるはずだよねって言うんだよ。
でもそれを聞いたテオドル兄ちゃんは、ちょっと困ったお顔になっちゃったんだ。
「う~ん、教えるのはいいんだけど、僕はあまり弓が得意じゃないからなぁ」
テオドル兄ちゃんは狩りの時、剣を使ってるでしょ?
だから教えて欲しいって言われても、弓はあんまり使った事無いから解んないってニコラさんに言ったんだよ。
「僕も必要だって事は解ってるから一応弓も使えない事は無いんだけど、狩りの時は主に片手剣を使っているからね。森の中での立ち回り方とかポジショニングとかを聞かれても、正直困ってしまうんだ」
でもね、それを聞いたニコラさんは、ちょっとぽかんってお顔になっちゃったんだ。
「弓、ですか?」
「うん。だから弓の使い方なら僕に聞くよりも、妹のレーアに聞く方がいいと思うよ。君よりかなり年が下だけど、グランリルではパーティを組んで狩りをしてるから基礎はしっかりしてるし」
テオドル兄ちゃんはね、弓をあんまり使った事無いから、狩りのやり方だったらレーア姉ちゃんに教えてもらった方がいいよって言うんだよ。
でもね、それを聞いたニコラさんが大慌てで違うよって。
「違います。私たちは弓での狩りのやり方を教えて欲しいのではなくて、剣の使い方を教えて欲しいんです」
「剣の使い方を? 何故?」
さっきはニコラさんが不思議そうなお顔をしてたけど、今度は剣の使い方を教えてって言われたテオドル兄ちゃんが不思議そうなお顔になっちゃったんだよね。
だからそれを見たニコラさんはテオドル兄ちゃんに、自分たちは普段、狩りをする時に弓を使わないんだよって教えてくれたんだ。
そしたらね、それを聞いたテオドル兄ちゃんは、すっごくびっくりしたお顔になっちゃったんだよ。
「狩りに弓を使わないって、女性なのに剣を使って狩りをするの?」
「はい。何かおかしいでしょうか?」
「いや、おかしくはないだろうけど、女性でも魔物の硬い皮を切れるのかなぁとちょっと不思議に思って」
テオドル兄ちゃんはね、魔物の皮はすっごく硬いのに、ニコラさんたちはホントに切る事ができるのか不思議に思ったんだって。
「うちの母さんが前に剣だと致命傷を当てるのが難しいから弓を使っているって言ってたから、女性だと難しいのかと勝手に思い込んでいたんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。お母さんの力でもブラックボアくらいまでなら剣を使っても何とか狩れるらしいんだけど、ブラウンボアクラスになると傷をつけるのがやっとらしくてね。だからうちの村では、女性はみんな弓で狩りをするんだよ」
テオドル兄ちゃんはね、何で剣で狩りをしてるって聞いてびっくりしたのかをニコラさんに教えてあげたんだよ。
そしたらさ、今度はそれを聞いたニコラさんがすっごくびっくりしたお顔になっちゃったんだ。
「ブラックボア!? そんな強い魔物、私たちが出会ったら生きて帰れませんよ」
「ん? ああ、そうか! そう言えば、うちの村を基準に考えてはダメなんだっけ。うっかりしてた」
ニコラさんに言われて、テオドル兄ちゃんは失敗失敗って言いながらほっぺたを人差し指でポリポリ。
「確かに、イーノックカウの森にいる魔物くらいなら女性でも剣で倒せるよね」
僕たちの村の近くにある森だと、そこにいる魔物の皮がすっごく硬いから斬る時に力がいるでしょ?
でもイーノックカウの近くにある森にいる動物や魔物はみんな弱っちいもん。
だからテオドル兄ちゃんは、そう言えばここの魔物の皮くらいだったら力が無くっても剣で切れちゃうから女の人でも剣を使ってる人が多いんだねって笑ったんだ。
「でも、やっぱり弓は使えるようになっておいた方がいいと思うよ」
「そうなんですか?」
「うん。パーティメンバー全員が剣しか使えないと、自分たちの有利な場所で戦う事ができないからね」
パーティを組んでて、そのメンバーの中にもし弓が使える人がだぁれも居なかったら、魔物がいるとこまで行って狩りをしないとダメでしょ?
でも弓が使える人がいたら、自分たちが戦いやすいとこから弓を撃つだけで魔物の方からこっちに寄ってきてくれるもん。
だからね、弓は絶対使えるようになっておいた方がいいよってテオドル兄ちゃんは言うんだ。
「僕が組んでいるパーティーにも弓を使っている子はいるし、それに僕だって得意じゃないというだけで弓は使えるからね。ルディーンみたいに魔法が使えるというのなら別だけど、そうじゃないなら使えるようになっておいた方がいいと思うな」
「でも、弓には矢が必要ですよね。だからある程度の収入がある冒険者じゃないと、弓を狩りで使う事ができないんですよ」
ニコラさんに教えてもらって初めて知ったんだけど、イーノックカウの冒険者さんたちはあんまり弓を使わないそうなんだよ。
何でかって言うとね、それはみんなお金が無いからなんだってさ。
イーノックカウの冒険者さんたちは森の入口の近くにいる動物を狩る人が一番多くって、ニコラさんたちみたいに魔物が出始める森のちょっと奥の方まで行く人が少ないそうなんだよ。
でも動物やよわっちい魔物は、狩ってもあんまり高く買ってもらえないでしょ?
だからみんなお金が無くて矢なんて狩りに使えないから、テオドル兄ちゃんに弓のこと言われた時にニコラさんはぽかんってお顔をしてたんだってさ。
「なるほど、弓を使わない理由は解ったよ。だけどさっきも言った通り、弓の使い方や立ち回りは覚えておいた方がいいと僕は思うんだ。だってこの先、自分たちの力では剣で傷つけられない魔物と出会う事があるかもしれないからね」
イーノックカウでも、森の奥の方に行ったらブラックボアくらい強い魔物がいるでしょ?
もしそんなのが森の入口の方に出て来た時は、弓が使えなかったらどうにもならないもん。
だからテオドル兄ちゃんは弓を使えるようになった方がいいって言うんだけど、でもそれを聞いたニコラさんは覚えてもきっと無駄になるからって。
「お金がない私たちじゃ、消耗品の弓矢なんて買えないから……」
「ああ、それは大丈夫。そうだろ、ルディーン?」
横でお話を聞いてるだけだったのに、テオドル兄ちゃんが急に話しかけてきたもんだから僕、びっくりしたんだよ。
でも、お兄ちゃんがもう一回大丈夫だよね? って聞いてくれたもんだから、僕はうんって元気にお返事したんだ。
「うん! 弓を使った方が危なく無いんだったら、僕が矢を買ってくるから大丈夫だよ」
ニコラさんたちがもし、矢が無いせいで危ない目にあったらいやだもん。
だからね、いるんだったら矢くらい僕が買うよって言ったんだ。
「えっ!? でも、狩りに使えるくらい精度の高い矢って確かかなりの値段が……」
「大丈夫大丈夫。イーノックカウの魔物に使う程度の矢なら、僕たちの村では練習用レベルのものだからね。君たちを預かっているという立場なのに、その程度の矢も用意してあげないなんて聞いたら、きっとお父さんたちが、いや僕がルディーンを叱るよ」
「ええっ、僕、怒られちゃうの!?」
何でか知らないけど、僕、いつの間にか大ぴんちに!
でもね、そんな僕にテオドル兄ちゃんは笑いながら心配しなくてもいいよって。
「はははっ、そんなにびっくりしなくても大丈夫だよ、ルディーン。ニコラさんたちが使う矢は買ってあげるんだろ?」
「うん。ニコラさんたちが危ないのはダメだもん」
「なら叱られる事は無いから安心して」
もし僕がニコラさんたちに矢を買ってあげなかったら怒られちゃうけど、買ってあげるなら大丈夫だよってテオドル兄ちゃんは言うんだ。
だからね、それを聞いて僕は一安心。
だって僕、ちゃんと買ってあげなきゃって思ってるもん。
「そういう訳だから、安心して弓の練習もしてくださいね」
テオドル兄ちゃんは僕の頭をなでた後、ニコラさんに向かって弓の練習もしようねって笑ったんだ。
そしたらさ、そんなお兄ちゃんを見たニコラさんは、何でか知らないけどぼ~っとしたお顔になっちゃったんだよ。
それにね、なんかさっきよりもちょっとだけお顔も赤い気がするんだ。
もしかして、急にご病気になっちゃったのかなぁ?
そう思った僕は、レーア姉ちゃんに聞いてみる事にしたんだよね。
「レーア姉ちゃん。ニコラさんがなんか変になっちゃった。もしかして、ご病気なのかなぁ?」
「ああ、あれはそういうのじゃないから安心して」
そしたらレーア姉ちゃんがご病気じゃないよって言ってくれたもんだから、それを聞いた僕はほっとしたんだよ。
でもね、そのせいでその後にもレーア姉ちゃんがなんか言ってたのに、僕、それを聞き逃しちゃったんだ。
「テオドル兄さん、誰にでも優しい態度で接するから村でもモテるんだよねぇ。彼女、ちょっと苦労するかも」
読んで頂いてありがとうございます。
ディック兄ちゃんはひとめぼれする側でしたが、テオドル兄ちゃんは惚れられる方でしたw
でもディック兄ちゃんの時と同じで、テオドル兄ちゃんもニコラさんの事を特になんとも思っていなかったりします。
なにせここは乙女ゲーを元にして作られた世界ではないので、以下同文。
世の中はままならないというお話でした。




