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545 ディック兄ちゃんはあんまり好きじゃないんだって


 服とかお土産とかの持ってく荷物を全部のっけたから、早速出発!


 お天気も良かったし、ほろを張らずに走ってる馬車の上で僕たちは、景色を見ながらお話をしてたんだよ。


 そしたらさ、ディック兄ちゃんが急にこんなこと言い出したんだ。


「う~ん、やっぱりこの馬車は何度乗ってもなれないなぁ」


 僕たちが乗ってるお尻の痛くならない馬車って、普通のと違って乗ってるとこが全然揺れずにすーって動いてくでしょ?


 ディック兄ちゃんはね、何度乗ってもこれになれないんだって。


「ディック兄ちゃんはこの馬車より、前に乗ってた馬車の方がいいの?」


「いや、俺だって流石にこっちの方が道中は快適に過ごせるだろうとは思うんだぞ。でも馬車が走る時の車輪がガタゴトいう音は同じなのに、自分の体には全く揺れが伝わってこないのがなんか変な感じなんだ」


「う~ん、その気持ちは私も何となく解るかも」


 ディック兄ちゃんのお話を聞いたお母さんはね、それは私も感じる事があるよって言うんだ。


「この馬車、揺れないけど曲がる時なんかは普通の馬車と同じで体が外側に引っ張られるでしょ?」


「うん。そういうのは馬車と同じなのに、なぜか揺れだけが無いっていうのがなんか気持ち悪いんだよなぁ」


 この馬車は荷台の部分がフロートボードって言う魔法で浮いてるから、車輪の付いてるとこがどんなにガタゴト揺れても乗るとこは全然揺れないよね。


 でも動き出す時や曲がる時に体が引っ張られるような感じになるのは、乗るとこが浮いてたってなるでしょ?


 お母さんもディック兄ちゃんとおんなじで、そういうのはあるのに揺れないのはなんか変な感じがするんだって。


 だけどそんなお母さんたちにキャリーナ姉ちゃんは、それでも絶対こっちの馬車の方がいいよって言うんだ。


「でもでも、私はこっちの馬車の方が絶対いいって思うよ。だって前の馬車、お尻が痛くなるのもあるけど、長い間乗ってると気持ちが悪くなることがあったもん」


「ああ、それ解る。この馬車は曲がるとき以外は乗ってるのを忘れるくらい揺れないから、気分が悪くなる事も無いのよね」


 キャリーナ姉ちゃんもレーア姉ちゃんも、ガタゴト揺れる馬車に乗ってて気持ち悪くなったことがあるんだって。


 でもこの馬車は全然揺れないでしょ?


 だから前のガタゴト揺れる馬車にはもう乗りたくないって言うんだよ。


「それにイーノックカウまでの街道には馬車が真っすぐ登れないような急な坂や迂回しなくちゃいけない深いガケが無いおかげで、道がくねくね曲がっているような難所はないじゃない」


「そうだよ! 曲がるとこなんてほとんどないから、そんな事気にしなくっていいでしょ?」


 僕たちが住んでるグランリルの村からイーノックカウまでの間には、馬車がまっすぐ進めないような高い山や深い森はいっこも無いんだよ。


 それに他の村とかが途中にある訳でも無いから、イーノックカウへの街道は一本道で曲がるとこなんてないじゃないか! ってお姉ちゃんたちは言うんだ。


 でもディック兄ちゃんはそんなお姉ちゃんたちに、確かにイーノックカウに着くまではそうだろうけど、中に入ってからはあるでしょ? って。


「それはそうなんだけど、街に入ると何度か曲がるところがあるからなぁ」


 お外と違ってイーノックカウの中にはお家がいっぱい建ってるから、どうしても曲がんなきゃダメなとこが出てくるでしょ?


 だからディック兄ちゃんは、それが嫌なんだよって言うんだ。


 でもね、


「そっか。じゃあディック兄ちゃんは、街に着いたら馬車から降りて歩けばいいと思うよ」


 それを聞いたキャリーナ姉ちゃんがこんな風に言ったもんだから、ディック兄ちゃんは黙っちゃったんだ。



「馬車と言えば、ルディーン。この間司祭様とイーノックカウに行った時は、凄く豪華な馬車が迎えに来てたよね」


 ディック兄ちゃんが黙っちゃったからなのか、それを見たテオドル兄ちゃんが僕に、こないだお爺さん司祭様とイーノックカウに行く時に乗ってった馬車のお話を始めたんだよ。


 そしたらさ、キャリーナ姉ちゃんがほんとにすごい馬車だったよねって。


「あんなすごい馬車、私、初めて見た! ねぇ、ルディーン。あの馬車に乗ってみてどうだった? やっぱりこの馬車よりよかった?」


「う~ん、中もすごかったし椅子もふかふかだったけど……あの馬車、ガタゴト揺れる馬車だったんだよ」


 だから乗ってみてどうだった? って聞いてきたんだけど、僕があの馬車は揺れる馬車だったんだよって教えてあげたらキャリーナ姉ちゃんはすっごくびっくりしたお顔になっちゃったんだ。


「揺れるの? あんなにすごい馬車なのに?」


「うん。だから僕、どうしてこの馬車は乗るとこが浮いてないの? って司祭様に聞いてみたんだよ。そしたらさ、魔法をあんまり知らない人がお金だけいっぱい使って作ったからなんだよって教えてくれたんだ」


 僕はね、お金持ちや偉い貴族様でも魔法使いの知り合いがいない人はフロートボードの魔法を知らないから、すっごくお金をいっぱい使った馬車でも乗るとこが浮かないのを作っちゃう事があるってお爺さん司祭様が言ってたのをキャリーナ姉ちゃんに教えてあげたんだ。


 そしたらさ、それを聞いたお姉ちゃんはすっごくびっくりして、お母さんにどうしようって。


「どうしたの、キャリーナ」


「だっておかあさん、お貴族様でもこんな馬車もってないってルディーンが言ったもん。だったらさ、この馬車の事を聞いたお貴族様に取られちゃったりするかもしれないでしょ?」


 キャリーナ姉ちゃんはね、僕がお尻の痛くならない馬車はお貴族様でも持ってない人がいるって言ったもんだから、もしばれたら取られちゃうかもって心配になったんだって。


 でもね、それを聞いたお母さんは無い無いって笑うんだ。


「それは大丈夫だと思うわよ。だっていくらこの馬車が揺れないって言っても椅子は板張りだし、造りも村にある他の馬車とほとんど同じだもの。お貴族様がこんな馬車に乗る姿なんて、全く想像もつかないわ」


「そっか! さっきルディーンもお貴族様の馬車は椅子もふかふかって言ってたもんね」


「ええ。それにルディーンを迎えに来た馬車は、外観もすごかったでしょ? あんな馬車に乗っている人がこの馬車に乗りたいなんて思うはずがないわよね」


 お母さんに、お貴族様がこんな馬車を欲しがることなんてあるはずが無いって言われて、キャリーナ姉ちゃんはほっと一安心。


「よかったぁ。もしこの馬車を取られちゃったら、帰りは村まで歩かなきゃいけなくなっちゃうって思って心配しちゃった」


 お母さんに向かってそれなら安心だねって言いながら、ほっとしたお顔でにっこり笑ったんだ。



 読んで頂いてありがとうございます。


 いつもより少し短めですが、キリがいいので今日はここまでで。


 お尻が痛くならない馬車ですが、確かに知られたとしても貴族が欲しいと言いだす事はありません。


 ただ、どうやって手に入れたのかは間違いなく聞かれますけど。


 まぁその場合でもこの馬車とルディーン君を見て、貴族が乗るような箱馬車を浮かべるほどの出力をもつフロートボードの魔法なんて使えるはずはないと思うでしょうから、話は多分そこで終わってしまう事でしょうけどね。


 それにロルフさんとバーリマンさんとのつながりが解れば、少なくともイーノックカウの貴族は皆黙ります。


 それほどの権力を、あの二人は持っていますからw


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