539 そのまんま食べるより挟んだ方がおいしんだよ
ノートンさんたちとお肉のぐちゃぐちゃ焼きを作ろうと思ってたら、違うお料理が出来上がっちゃったでしょ。
だから僕、何でお家で作ったのと違うもんができたのかなぁ? って頭をこてんって倒したんだよ。
そしたらさ、それを見たノートンさんが、どうしたの? って。
「おや、ルディーン君。どうかしたのかい?」
「あのね、何でか知らないけど、お家で作ったのと違うもんができちゃったんだ、だから僕、何でかなぁって考えてたんだよ」
「ん? 結構美味いものができたと思ったんだが、これは思っていたものとは違うのかい」
ノートンさんはそう言いながら、さっき作ったミート何とかがのっかったお皿を僕に見せてくれたんだ。
そしたら僕、何が違ってたのか解っちゃった。
「そっか。もっと平ぺったくしないとダメだったんだ」
「平ぺったく? ああ、肉を薄くして焼くという事だね」
「うん。薄くしとけば早く焼けるでしょ? そしたら焼けてカリカリのとこと、中のふんわりしたとこがおんなじくらいになるもん」
ノートンさんはさ、ぐちゃぐちゃにしてお野菜を混ぜたお肉をおっきなおさじで掬って、それをそのままフライパンの上にべちゃって置いて焼いたでしょ?
だからせっかく片方を焼いてひっくり返したのに、ぶ厚かった分中まで火が入るのに時間がかかっちゃったから、ぐちゃぐちゃのお肉を蒸したお料理みたいになっちゃったんじゃないかなぁ。
「なるほど。確かにこれはこれで美味かったが、肉を焼いた時特有の香ばしさはなかったな」
「でしょ? お醤油のたれをかけるんだったら、焦げてるとこも無いとおいしくないんじゃないかなぁって、僕、思うんだ」
原因が分かったって事で、再チャレンジ。
お肉をお母さんが焼いてくれた時とおんなじくらいにしてもらって、それをノートンさんに焼いてもらう事にしたんだ。
「厚さはこれくらいでいいか?」
「うん。それくらいでいいと思うよ」
でね、焼けるまでの間に僕とカテリナさんは、それにかけるたれの準備をする事にしたんだ。
「どれくらい砂糖を溶かせばいいなのですか?」
「えっとね、これくらいかなぁ。あっ、あとお酒ってある?」
「蒸留酒とワインがあるですよ」
「だったら蒸留酒がいいと思う」
お家ではお水を入れたけど、お酒があるんだったらそれを使った方が絶対おいしくなるって思うんだよね。
だからお醤油にお酒をまぜて火にかけてから、その中にお砂糖を入れて溶かしてったんだよ。
「お酒のアルコールを飛ばすですね?」
「うん。鳥のお肉に味付けする時は焼いてる途中でフライパンに入れて煮詰めるから混ぜるだけでいいけど、ぐちゃぐちゃのお肉は焼いてから掛けるでしょ。だから一度あっつくしとかないと、僕が食べられないもん」
そんなこと言いながらカテリナさんと煮えてくたれを見てたらね、お鍋の中からすっごくいいにおいがしてきたんだ。
「そのまま舐めてもすごくいい香りだったけど、火にかけるともっといい香りなのです」
「うん。すっごくおいしそうなにおいがするね」
僕とカテリナさんがくつくついってるお鍋の前でそんなこと言ってたらね、ノートンさんがお肉焼けたよって言ってきたんだ。
「暴力的と言っていいくらいの香りだな。焼けた肉にこれをかけるのか?」
「う~ん。それでもいいけど、それより焼けたお肉をこの中に入れた方がたれがいっぱい付くからおいしいんじゃないかなぁ」
上からかけただけだと、お皿にくっついてる下っ側にはたれがつかないよね?
でもお鍋の中にドボンって入れたら全部にたれがつくから、そっちの方が絶対おいしいって、僕、思うんだ。
だからその事を言ったらさ、
「確かにその方がソースがよく絡むだろうし、肉汁が入る事でたれもより一層おいしくなりそうだな」
ノートンさんはそうだねって言いながら、焼けたぐちゃぐちゃ肉をフライパンから直接たれの入ったお鍋の中に入れたんだよ。
そしたらジュウっていって、さっきまでよりもっと美味しそうなにおいがしてきたんだよね。
「おいしそう! ノートンさん、早く食べてみよ」
「ああそうだな。カテリナ、せっかくだから俺が試食の準備をしている間にストール女史も呼んで来てくれ。彼女もきっと、しょうゆの味が気になっているだろうからな」
ストールさんはね、僕をカテリナさんのとこまで連れてってくれたらすぐにお仕事に戻っちゃったんだよ。
でもここでお醤油を使ったお料理をしてる事を知ってるのに、仲間外れにしちゃ可哀そうでしょ?
だからノートンさんは、ストールさんにも食べさせてあげようって言うんだ。
「はい、解りました」
「おう、頼んだぞ。さて、それじゃあ最後の仕上げと行きますか」
ノートンさんはね、焼けたぐちゃぐちゃ肉をお鍋から取り出すと、それを4つに切ってお皿の上にのっけたんだよ。
だから僕、それをそのまま食べるとこに持ってくのかな? って思ったんだけど、
「さっき試食した感じからすると、こっちは鍋に入れるよりもソースを少しだけ上からかけた方が良さそうだな」
ノートンさんはそのお皿にさっき作ったミート何とかものっけて、その上にもおさじを使ってたれをかけてくれたんだ。
「ノートンさん。なんでこっちはかけた方がおいしいって思ったの?」
「ああそれはな、こっちの料理は薄くして焼いたものに比べて香ばしさが足らないと思ったからだよ」
そう言えばこのミート何とか、お水を入れてから蓋をして、弱火でじっくりと焼いたでしょ?
だからふんわりはしてるんだけど、焼いたお肉みたいな香ばしさは無いんだよね。
そんなお肉だから、ノートンさんはたれの中に入れるよりも上からちょびっとだけかけた方がおいしいんだろうなぁって思ったんだってさ。
「クラーク。試食の準備ができたとカテリナが私を呼びに来たのですか……」
「はい。どうせならストール女史にも試食をしてもらって、この料理を旦那様にお出ししても良いか意見を聞こうと思ったんですよ」
カテリナさんに呼ばれたストールさんが来ると、ノートンさんはもうお皿が用意してあるテーブルのとこへストールさんを連れてったんだよ。
「それでは皆が揃ったという事で、試食を始めましょうか」
でね、ノートンさんのこの一言で試食が始まったんだ。
「これは……一見すると別物のようですが、どうやら同じ肉を違う調理法で、しかし同じソースを使って仕上げた料理なのですね」
「はい。どちらも細かくした肉と野菜を混ぜ、そこに卵の黄身を加えたものを調理しました。ですがその厚さや焼く時の工程によって、このように全く違う料理に仕上がったのですからとても面白いです」
ノートンさんが二つのお料理がどんなものなのか教えてあげるとね、
「わたくしとしては、この柔らかい方が好みですね。この香ばしく焼いたものは、少々味が強すぎる気がします」
「それは私もちょっと思っていたのですよ」
ストールさんはもういっぺん両方をちょっとずつ食べてから、薄く焼いた方はちょっと味が濃すぎるんじゃないの? って言ったんだよね。
そしたらそれを聞いたカテリナさんまで私もそう思うよって言ったもんだから、僕はちょっと慌てちゃったんだ。
だってこれ、ほんとはそのまんま食べるお料理じゃないんだもん。
「ちがうよ! あのね、このぐちゃぐちゃ肉を薄く焼いた方は、ほんとだったら葉っぱのお野菜と一緒にパンにはさんで食べるお料理なんだもん」
「葉野菜と一緒に、パンにはさむのですか?」
僕がその事を教えてあげるとね、ストールさんはそうなの? って聞き返してきただけなんだけど、
「なるほど。そうすれば確かに、これくらい味が強くないとダメかもしれないな」
ノートンさんは確かにその方がおいしいかもねって言いながら立ち上がって、葉っぱのお野菜とパンを持って来てくれたんだ。
でね、それを試食用に小さく切り分けると、薄い方のお肉を挟んでパクリ。
「うん。確かにこの料理は、こうして食べるのが正しいようですね」
そしたらこっちの方がほんとに美味しいねって言って、僕たちみんなの分もパンと葉っぱのお野菜を切って渡してくれたんだ。
「なるほど。私としてはもう少し葉野菜が多い方が好みですけど……確かにこのようにして食べるのであれば、これくらいの味の強さは必要ですわね」
「ノートンさん。これ、卵のビネガーソースを入れてもおいしいではないですか?」
「なるほど。確かにあれを入れたら酸味も加わるし、より美味くなるかもな」
この後もノートンさんとカテリナさんは、このお料理には葉っぱのお野菜以外にも合うものがあるんじゃないかなぁって、ちょっとの間お話してたんだよ。
でもね、
「ただな、挟む野菜はいいとして、パンの方がな」
「はい。お肉が柔らかい分、パンが硬くて食べにくく感じるです」
いろんな意見が出てくると、最後には硬いパンがこれには合わないよねってなったんだよ。
「そっか。そう言えば僕んち、こんな風になんかを挟んで食べる時は柔らかいパンを使ってたっけ」
「柔らかいパン? もしかしてルディーン君、発酵スキルが使えるですか?」
「うん、前にアマンダさんに教えてもらったから使えるようになったんだよ」
「いいなぁ」
そう言えばアマンダさんも、錬金術が使えないと発酵と醸造スキルは使えるようにならないって言ってたっけ。
カテリナさん、お料理はとっても上手だけど錬金術は使えないもん。
だから当然、発酵スキルを使わないと作れない柔らかいパンは焼けないよね。
「いや、待て。そう落胆する事も無いかもしれないぞ」
だからちょっぴりしょんぼりしちゃったんだけど、そんなカテリナさんにノートンさんが、もしかしたら何とかなるかも? って。
「話をしているルディーン君の姿を見ていて思い出した。俺たちは発酵スキルが無くても作れる柔らかいパンの事を、彼からすでに教えてもらっているじゃないか」
「発酵ないけど柔らかい……あっ、そうだ。パンケーキなのです!」
そっか、パンとはちょっと違うけど、あれもすっごく柔らかいもんね。
それに気が付いたノートンさんは早速、お砂糖の代わりにお塩をちょびっとだけ入れたちっちゃなパンケーキを何枚か焼いてくれたんだよ。
でね、残ってたぐちゃぐちゃ肉をちょっとずつに分けて薄くしたのを焼いてから、それをタレの入ったお鍋にドボンって入れて葉っぱのお野菜と一緒にそのパンケーキに挟んでくれたんだ。
「うん、これなら俺たちでも簡単に作れるし、さっきの硬いパンを使ったものよりも間違いなくこっちの方が美味いな」
「ええ、これでしたら、旦那様がどこかにお出かけになる際、馬車の中でお召し上がりになるにはちょうど良いでしょうね」
この塩味のパンケーキ、焼いたぐちゃぐちゃ肉だけじゃなくって、いろんなものを挟んでも美味しそうだよね?
だからこれを食べたストールさんはノートンさんに、これは研究をする必要がありますねって。
「クラーク。どのような具材がこのパンケーキに合うか、至急調べてもらえますか?」
「はい。旦那様が外出なされる時もそうですが、これは領し……ゴホン。旦那様のお孫様が他の街までお出かけになる時にも重宝しそうですしね」
「ええ。社交シーズンも近いですし、数点でもいいですから旦那様にお出しできるレベルのものを早めに仕上げてわたくしに報告してください」
なんかね、ロルフさんのお孫さんは、その社交シーズンってのが来ると他の街までおでかけするようになるんだって。
だからストールさんに早くしてねって言われたノートンさんは、
「今試食した料理はルディーン君が作ったしょうゆというソースが無いと作れませんが、明日から別館の料理人総出で研究し、近いうちに必ずこのレベルのものを開発してみせますよ」
そう言って自分のぶ厚い胸をそらしながら、ドンって叩いたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
この世界では遠出をする場合、貴族であったとしても普通は硬く焼いたパンと干し肉などを使った料理を食べる事が多いんですよ。
しかしルディーン君がパンケーキを教えたおかげで、イーノックカウではパンだけは柔らかいものが食べられるようになったんですよね。
そして今また、新しくパンケーキを使ったサンドイッチが生まれました。
流石に旅先では新鮮な野菜を挟むなんて事はできないかもしれないですけど、塩とマヨネーズはあるのですからコールスローサンドとかはできそうですよね。
まぁ旅の食事前にこれ、食事をとる暇もないほど忙しい役人の人たちの間で大流行しそうですがw
さて、年末という事で今年の更新はこれが最後となります。
また年始もいろいろとやらなければならない事があるのですみませんが3回お休みを頂き、次回の更新は九日の月曜日になります。
それでは皆様、また来年もお付き合い頂けますよう、よろしくおねがいします。




