534 お醤油ができた!
醤油搾り器の入れもんを作ってから二日経って、やっとお父さんにドアを作ってもらえる約束の日になったんだ。
だから僕はお父さんとお母さん、それに今日もお家にいたキャリーナ姉ちゃんとの4人でお庭に置いてある石の入れもんのとこにきてるんだよ。
「お父さん、ここだよ! こっちっ側の壁につけるドアを作って」
ドアやその木枠に使う木材は昨日のうちにもう、この入れもんの横にお父さんが運んでおいてくれてたんだよね。
だから僕、入れもんのとこに着いたらすぐ、中に置いてある搾り器のお醤油が出てくるとこがある方の壁をパンパン叩いてお父さんにこっちの壁にドアをつけるんだよって教えてあげたんだ。
でもね、そんな僕にお父さんはちょっと困ったようなお顔でこう言ったんだよね。
「どこにドアをつけるのかは解ったけど、その前に穴を空けてもらわないと」
「先に穴を空けるの?」
「ああ。そうしないと、どれくらいの大きさの木枠を作ったらいいのかが解らないからな」
あっ! そう言えば石のお家にドアや窓を作る時って、先に石の壁を作ってからそこに穴を空けて、それに合うように木の枠を作るって言ってたっけ。
ならこの石の入れもんだって、穴が開いてないとどれくらいの大きさの木枠を作ったらいいか、お父さんも解らないよね。
「うん、解った! 今空けるね」
僕はお父さんに向かってそう言うと、魔力を体に循環させたんだよ。
でね、これくらいの大きさの穴が空いてって思いながら石の入れもんにクリエイト魔法を使ったんだ。
「おお、本当にあっという間に穴が空くんだな」
「そりゃそうだよ。だって魔法だもん」
お父さんが言う通り、僕が魔法を使うと石の入れもんの壁が変化を始めて、あっと言う間にドアをつける穴が空いちゃったんだよ。
そしたらそれを見たお父さんはちょっとびっくりしたみたいなんだけど、すぐに気を取り直してその穴を調べ始めたんだ。
「石壁に穴を空けた時と違ってこいつは断面がきれいだから、これなら何も手をくわえなくても木枠をつけられそうだな」
「普通は違うの?」
「ああ。壁の石を砕きながら穴を空けると、普通は断面ががたがたになるんだぞ」
石の壁に穴をあける時はね、まず大体の大きさの穴を空けてから、ノミやトンカチを使って表面をなるべくきれいになるように削るそうなんだよ。
何でかって言うとね、そうしないと固まる泥を塗っても壁と木枠の間に隙間が空くとこができちゃうからなんだって。
「でもこの穴なら、その心配はなさそうだ」
お父さんはそう言うとね、近くに置いてあった木の角材を穴の近くに当てて、どれくらいの長さに切ったらいいのか印をつけ始めたんだよ。
「うん、大体こんなもんかな」
でね、高さや幅を決めるとすぐにそれを切り始めたもんだから、僕たちはその邪魔にならないように、お父さんから離れて入れもんの中の様子を見る事にしたんだ。
「あっ、ルディーン。おしょうゆ、ぽたぽたしてないよ」
「ほんとだ! もう全部搾れちゃったのかなぁ」
石の入れもんを作った時はまだ、搾り器からお醤油がちょっとずつ出てたんだよね。
でも今見たら、もう全然出てなかったんだもん。
だからそれを見た僕たちは、お醤油を搾り終わったんだって思って搾り器の下に置いてあったかめをずらして中を覗き込んだんだよ。
でもね、
「そっか。かめに入ってるから、上から見ただけじゃ解んないや」
お醤油って、まっ黒でしょ?
だからかめの中を覗き込んでも、そこにお醤油がたまってるって事しか解んなかったんだ。
僕、これにはちょっと困っちゃったんだよね。
「ルディーン。これでもう、お醤油が完成したの?」
「ううん、まだだよ。搾ったお醤油はね、油が浮いてきたり、もろみの搾りかすが沈んだりするのを待ってから、一度火にかけないとダメなんだ」
僕はキャリーナ姉ちゃんにそう教えてあげるとね、もういっぺんかめの中のお醤油を見てみたんだ。
でも、もろみの搾りかすが沈んだかどうかなんて、お醤油が真っ黒だからかめの中を覗き込んでも全然見えないんだよね。
油はさ、ちょっと明るいとこに持ってくと虹色に光るから浮いてるって解るんだよ。
でもガラスのビンと違ってこのお醤油はかめに入ってるから、搾りかすが沈んでるかどうかなんて解んないでしょ?
だから僕、頭をこてんって倒してどうしよっかなぁって考えてたんだよ。
そしたらさ、そんな僕を見たお母さんがどうしたの? って。
「何か問題でもあった?」
「うん。あのね、お醤油は真っ黒だから、もうもろみの搾りかすが全部沈んじゃってるか、上から見ても解んないでしょ? だから僕、困っちゃったんだ」
僕ね、上からのぞき込んでも底の方まで見えないから、もろみの搾りかすが沈んじゃってるかどうかが解んないんだって教えてあげたんだよ?
でもね、それを聞いたお母さんが、
「あら、そんな事で悩んでいたの?」
なんて言って笑うんだもん。
だから僕、何で笑うのさ! って怒ったんだよ。
そしたらお母さんはごめんごめんって謝りながら、僕に教えてくれたんだ。
「その搾りかすはおしょうゆに沈むのよね? ならよほどの事が無い限り、1日も置いておけば殆どのものが沈んでしまうと思うわよ」
「そうなの?」
「ええ。中には沈まないものもあるかもしれないけど、それはしょうゆよりも軽いという事だから、逆にいくら待っても沈まないんじゃないかしら?」
この搾ったお醤油、石の入れもんの中に二日間も入ってたでしょ?
だからその中に入ってたもろみの搾りかすなんか、もうとっくに沈んじゃってるはずよってお母さんは笑うんだよね。
「そっか。じゃあ、後は油が全部浮くのを待つだけだね」
「ルディーン。油は多分、搾りかすよりも早く浮いていると思うわよ。だからすぐに次の工程に進んでしまってもいいんじゃないかしら」
そっか、お水に油を入れたらすぐに浮いてくるもんね。
それに気が付いた僕は、お醤油が入ってるかめを持ってお台所に行こうと思ったんだよ?
でもそれを見たお母さんが、ちょっと待ってって。
「ルディーン。かめを揺らすとせっかく沈んだ搾りかすがまだ浮いてきてしまうかもしれないでしょ? だからそのかめは私が持つわ」
沈んじゃってる搾りかすも、僕が運んでお醤油がちゃぽちゃぽ言ったらまた浮いてくるかもしれないよね?
だからお母さんが揺らさないように、お台所までゆっくりと運んでくれたんだ。
「ルディーン。まずは上に浮いている油を掬うのね?」
お母さんはそう言うとね、おっきな木のおさじを使ってすーって油を掬ってくれたんだよ?
そしたらさ、あっと言う間に浮かんでた油が全部なくなっちゃったんだ。
「やった! お母さん、後はお醤油をお鍋に入れてあっつくするだけだよ」
「ええ。でも慎重にやらないと搾りかすが浮いて来ちゃうかもしれないから、それもお母さんがやるわね」
「はーい!」
って事で僕とキャリーナ姉ちゃんは、お母さんがお玉でお醤油を掬って隣りのお鍋に入れてくのをずっと見てたんだよ。
そしたらさ、何でか知らないけどかめの中にまだお醤油が入っているのに、お母さんはそれを掬うのをやめちゃったんだ。
「お母さん。まだお醤油、残ってるよ?」
「ええ、それは解っているけど、これ以上掬うと沈んでいる搾りかすまで掬ってしまいそうだから」
あっ、そっか。
下の方に搾りかすが沈んでるんだから、全部掬ったらダメだよね。
そう思って僕がうんうんと頷いてたらね、
「でもでも、中にまだこんなに残ってるよ? このおしょうゆ、どうするの?」
キャリーナ姉ちゃんが、残ってるお醤油がもったいないよって。
でもお母さんは、その事もちゃんと考えてたみたいなんだよね。
「最後に火を入れるのは、保存する為よね? なら搾りかすが殆ど入っていない方がいいでしょうけど、すぐに使ってしまうのなら多少残っていてもいいんじゃないかとお母さんは思うのよ」
お母さんはそう言うと、こないだもろみを入れたのとおんなじ麻の袋を持ってきたんだ。
でね、それを新しいお鍋に入れると、かめの中に残ってたお醤油をその中に入れてからきゅって軽く絞ったんだよ。
「ほら、こうすれば搾りかすが殆ど残らないでしょ?」
「そっか! お母さん、頭いい!」
そりゃあちょっとは残ってるかもしれないけど、こうすればほとんどの搾りかすは取れちゃうもんね。
別に売る訳じゃないんだし、お母さんの言う通りすぐに使う分だけだったらちょっとくらい濁っててもいいから、これでいいのかも。
「それじゃあ、火入れを始めましょうか」
「お母さん。あんまりあっつくしすぎちゃダメだよ。ぐつぐついったら、お醤油が美味しく無くなっちゃうからね」
「あら、そうなの?」
最後の火入れはね、中の酵母が働かなくするためにするんだって。
それにね、あんまりあっつくしすぎちゃうと、お醤油が美味しく無くなっちゃうんだってさ。
「なら、ルディーン。ちょうどいいくらいになったなと思ったら、お母さんに教えてね」
「うん!」
僕、お料理のスキルを持ってるでしょ?
だからこれだって、多分どれくらいあっつくしたらいいのか解ると思うんだよね。
そう思って台の上にのっかってお母さんの隣でお鍋の中を見てたら、
「あっ、これくらいでいいと思う」
「えっ! もう?」
これくらいの熱さがちょうどいいんじゃないかなぁって感じたんだよね。
だから僕、これくらいだよって教えてあげたんだけど、そしたらそれを聞いたお母さんはびっくりしちゃったんだ。
「まだ湯気が出始めたばっかりよ?」
「うん。でもね、これ以上あっつくすると、お醤油がおいしくなくなっちゃうみたい。あっでも、そのまま冷やしたらダメな気がする」
「冷やしたらダメって、どうしたらいいの?」
「あのね、今くらいの温度で、ちょっとの間置いとかないとダメみたい」
多分だけどさ、今くらいあっつくなってれば酵母の動きは止まると思うんだよね。
でも、すぐに全部が動かなくなるわけじゃないでしょ?
だからちょっとの間、これくらいの温度のまんま置いとかなきゃダメなんだろうなぁって思うんだ。
「そう。でも、流石にそれは難しそうだから、もう少しだけ温めてもいい?」
「もうちょっとあっつくするの?」
「ええ。ちょうどいいくらいで止めるとすぐにそれ以下の温度になってしまうけど、少し熱めにしておけばその温度以下になるまでに時間がかかるでしょ?」
そっか、ちょうどいいあったかさって事は、火からおろしたらすぐにそれよりつべたくなっちゃうって事だもん。
でもちょっと熱めにしとけば、少し冷めちゃってもちょうどいい温度になるだけだよね。
「うん、いいよ。多分その方がおいしくできるって、僕も思うもん」
「解ったわ。それじゃあ、もう少しだけ温めるわね」
お母さんはそう言うとね、かまどの薪を崩して火を弱くしてからもういっぺんお醤油の入った鍋をかけたんだよ。
そしたら一気にあっつくなったりしないでしょ?
でね、そのまんまちょっと置いといてから、お母さんはお鍋をかまどからおろしたんだ。
「ルディーン。温度が下がりすぎないか、ちゃんと見ておいてね」
「うん、解った!」
僕は元気よくそう答えたんだけど、
「あれ? もうこれくらいでいい気がする」
お鍋に入ってるお醤油を見てたらね、なんとなくこれ以上お鍋を温めなくってもいいような気がしたんだ。
「あら、もういいの?」
「うん。お醤油、あんまりいっぱい作んなかったから、これくらいの時間でも大丈夫だったみたい」
多分だけどさ、いっぱいお醤油があったらもっと長い時間あっつくしとかないとダメなんじゃないかなって思うんだよね。
でも今回はかめ一杯分より少なかったし、それにもういっぺん温めた時も火を弱くしてから少しの間置いといたでしょ?
だからこれだけの時間で、お醤油の火入れが終わっちゃったんじゃないかなぁって、僕、思うんだ。
「なら後は、このまま冷やせばいいのね?」
「うん。これでつべたくなったら、お醤油の完成だよ」
冷えたら後でまたかめに移さないとダメだけど、最後の火入れが終わったからとりあえずお醤油はこれで完成。
これからはいつでも、このお醤油を使ったお料理が食べられるようになったんだ。
「あっ、でもごみとかが入ったらやだから、お鍋に蓋しといてね」
「ええ、解ってるわよ」
お母さんはそう言うとね、お醤油が入ったお鍋を涼しい場所に置いてからこっちに振り向くと、
「やり方はもう解ったし、残ってるこっちのしょうゆの火入れはやっておくから、ルディーンとキャリーナはハンスの様子を見てきて頂戴」
麻の袋でこした方のお醤油を入れたお鍋を手に持って、僕とキャリーナ姉ちゃんにそう言ったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
本当は今回でドア作りも醤油造りも終わらせるつもりだったのですが、この時点ですでにいつもよりかなり長くなってしまったのでここで今回は終わらせることにしました。
なにせまだドアを完成させるだけじゃなく。醤油を使った料理まで作らないといけませんからね。
さて、長く続いた出張ですが、前回もお知らせした通り今週で泊まりの出張は終わりのようです。
すみませんが今週もこれまで同様金曜日の更新はお休みさせて頂きますが、来週からは通常通り月金の週2回更新に戻す予定です。




