508 そっか、これって茹でて食べるんだね
お母さんたちは、このフィートチーネってのがとっても珍しいものなんだよって言ってたでしょ?
でも、これがどんなお料理になるのかはまだ教えてくれてなかったもんだから、それが気になったのかキャリーナ姉ちゃんがお母さんにどうやって食べるの? って聞いたんだ。
「ねぇねぇ、お母さん。これってどんなお料理になるの? 小麦粉で作ってある棒って事は、パンを焼く時に石窯の中に一緒に入れてもらって作ってるお菓子みたいに、こないだルディーンが作った魔道オーブンでおんなじように焼くのかなぁ?」
「ああ、そう言えば家だけじゃなく、イーノックカウでもこの手のものを家族みんなで食べに行った事は無かったわね。これはね、キャリーナ。お菓子じゃなくて……そうね、パンの代わりになるものといえば一番近いのかしら?」
キャリーナ姉ちゃんはね、フィートチーネってのが平ぺったい棒の形をしてたもんだから、僕が前に作った兵隊さんのおやつみたいなお菓子とおんなじようなお料理になるの? って聞いたんだよ。
そしたらそれを聞いたお母さんが、これはお菓子じゃなくってごはんになるんだよって。
「まぁ、口で説明してもよく解らないだろうし、ルディーンもどんな風に調理するか知りたいみたいだから、実際に作ってみましょうか」
お母さんはそう言うとね、レーア姉ちゃんにお料理するから手伝ってって頼んだんだ。
「レーア、大きめの鍋でお湯を沸かして」
「うん、わかったわ」
レーア姉ちゃんがお鍋に水を入れてる間に、お母さんがかまどに火をつけたんだよ。
でね、そののっけたお鍋のお湯がだんだん沸いてきたのを見たお母さんは、お塩の入ったツボを持ってきたんだよ。
そしてその中に入ってたおっきな木のさじですっごくいっぱいのお塩を掬ったと思ったら、それを全部お鍋の中にどばって入れちゃったもんだから、それを見た僕はびっくり。
「お母さん、そんなにいっぱいお塩を入れちゃったら飲めなくなっちゃうよ?」
「ああ、心配しなくてもいいわよ。このお湯はスープにするための物じゃないもの」
そんなにいっぱい入れたらダメじゃないかって怒ったんだけど、そしたらこれは飲むためのお湯じゃないから大丈夫よってお母さんは笑ったんだ。
「飲まないお湯なのに、お塩を入れたの?」
「そうよ。お塩をいっぱい入れたのはね、フィートチーネを茹でるのに必要だからなのよ」
お母さんはそう言うと、箱から一握り分くらい取り出したフィートチーネってのを、バラバラバラってくっつかないようにお鍋の中に入れてったんだよ。
でね、そのお鍋の中を木でできた長い調理用のフォークでくるくるってかき回すと、さっきまではあんなに硬かったフィートチーネがみんな、へなへなって柔らかくなっちゃったんだ。
そしてそれを見た僕は、その時初めてこれが何なのか解ったんだよね。
そっか! これ、平ぺったい形をしてるけど色はおんなじだし、もしかして前の世界にあった乾燥パスタってのとおんなじもんなのかも?
そう言えばさっきお母さんも、これの事をパンの代わりになるものって言ってたもん。
これがパスタとおんなじものなら、確かにお菓子じゃなくってごはんだよね。
そんな事を考えながら茹ってくパスタを見てたんだけど、そしたら急にある事を思い出したんだ。
あっ! そう言えば確か、パスタっていろんな味で食べられるんじゃなかったっけ?
それを思い出した僕は、このフィートチーネはどんな味で食べるんだろうって楽しみにしながらお鍋の中のフィートチーネを見てたんだよ?
でもね、
「そろそろいいかな? 後は煮汁を少しだけこっちの鍋に移して、そこにブラックボアの脂身を入れてっと。これに柔らかくなったフィートチーネを絡めれば完成よ」
お母さんは、ブラックボアの脂を溶かしたのに塩を入れただけのをかけて食べるんだよって言うんだもん。
もう! そんなのより絶対おいしい食べ方ができるのに!
そう思った僕は、お母さんに言ったんだ。
「お母さん。それと違う味のフィートチーネも作っていい?」
「ええ、いいけど……何か美味しくなりそうなものを思いついたの?」
「うん。これ、平ぺったいでしょ? だから僕、絶対濃い味の方がおいしいと思うんだよね」
思いついたって言うか、前の世界で見てたオヒルナンデスヨで、簡単で美味しい平ぺったいパスタのお料理作り方を見た事があるんだよね。
見ただけで食べた事無いけど、アナウンサーって言うお仕事をしてるきれいなお姉さんがお家で作ってみたらおいしかったって言ってたもん。
だからきっと、ほんとに簡単で美味しいんじゃないかなぁ?
「お母さん。ブラックボアのお肉とって」
僕はブラックボアのお肉を薄く切ると、それにお塩を振ったんだよ。
でね、ロルフさんから貰ったお土産の中にあったバターを使って、お母さんにそのお肉を焼いてもらったんだ。
「お母さん。焼けてきたらこの葉っぱのお野菜を入れて」
「ええ、いいわよ」
今はあっつい季節だから、葉っぱのお野菜がおいしいんだよね。
だからそれを入れてもらって火が通ってきたら、僕は冷蔵庫からあるものを取り出してお母さんに渡したんだ。
「後はこれと牛のお乳を入れてちょっと煮てから、最後にチーズを入れるんだよ」
「これを入れるって……これ、生クリームじゃない」
「うん。牛のお乳だけじゃなくって、これも入れた方が絶対おいしくなると思うんだよね」
そう、僕が持ってきたのは生クリームなんだよ。
だって牛のお乳だけだと味が薄くなっちゃうでしょ?
だからこれを入れて、味を濃くするんだ。
「お母さん。味見していい?」
「いいわよ」
でね、最後に味見してちょっと薄かったもんだから、お塩をぱらぱら。
この時ね、料理スキルがあるからなのか、頭の中にお土産の中に入ってた胡椒をちょびっと入れたらもっとおいしくなるよって急に浮かんだんだ。
でも、胡椒って辛いでしょ?
僕、辛いの食べるとお口の中がいーってなっちゃうから、胡椒を入れた方がおいしくなるっていうのはお母さんにはないしょにしたんだ。
そして最後に、そのソースを茹で上がったフィートチーネに絡めて出してねってお母さんに頼んでから、僕は先にお父さんやお兄ちゃんお姉ちゃんが待ってる食卓の椅子に座ったんだ。
「何これ? すっごくおいしい!」
「ちゅるちゅる食べられて、私、パンよりこっちの方が好き!」
レーア姉ちゃんとキャリーナ姉ちゃんは、このフィートチーネってお料理がとっても気に入ったみたい。
それにね、お兄ちゃんたちも黙ってるけどすっごい勢いで食べてるから、きっとおいしいって思ってるんじゃないかなぁ?
「イーノックカウで食べたのは多めの脂を絡めながら焼いたものだったけど、こういう食べ方をしてもおいしいのね」
「ああ。ルディーンが言っていた通り、濃い味のフィートチーネも美味いな」
イーノックカウのお店だとね、フィートチーネはおいしい魔物の脂にバジルとかのハーブを入れたり、からしや胡椒なんかを入れたりしたのを絡めて食べるんだって。
でもお父さんたちは、それとはちょっと違うけど僕が作ってもらったクリームパスタもおいしいねって言ってくれたんだよ。
「そっか。じゃあもしかしたら、ロルフさんたちもこんな風に食べるって知らないのかなぁ?」
「そうねぇ、少なくともイーノックカウには無かったから、もしかしたら知らないかもしれないわよ」
「土産にこんなものをくれるくらいだから、あの爺さんもきっとフィートチーネが好きなはずだ。教えてやったら喜ぶんじゃないか?」
「うん! 今度行ったら、ロルフさんたちにも教えてあげよっと」
ニコラさんたちもきっと食べたいだろうし、あっそうだ! ルルモアさんもおいしいものが大好きって言ってたから教えてあげないとね。
僕はクリームパスタをお口いっぱいに入れてモグモグしながら、イーノックカウのみんなもこれ食べたらおいしいねって言ってくれるかなぁ? なんて思ったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
作中にフィートチーネという名称で平面パスタが出てきますが、これはフィットチーネを間違えて表記したのではなくわざとなので念のため。
最初はもっともじった名前にしようとも考えたんですよ? でもベニオウの実の時にイチゴと間違えられることが多かったので止めておきました。
因みにベニオウの実の時は白桃から始まって、赤い実という事で紅へ変えて”べにとう”に変え、なんとなく変な感じがしたので”とう”を”おう”にしてベニオウの実としました。
でも、今考えるとベニオウの実って確かにイチゴっぽい名前なんですよね、あまおうって言う有名な品種があるし。
それを考えるとどうやら私にはネーミングセンスが無いようなので、今回は最低限の変更だけに留めて置いたという次第です。




