504 ただいま!
イーノックカウを出てから数時間、途中で何度かお馬さんを休憩させながら走ってると窓の外が見た事のある景色になってきたから、僕は前の方の壁についてる御者さんに声を掛けるための窓を開けてみたんだよ。
そしたら遠くにグランリルの村の門が見えたもんだから、僕はお爺さん司祭様に教えてあげたんだ。
「あっ、司祭様。村の門が見えて来たよ」
「うむ。到着は日暮れになるかと心配しておったが、思ったよりも早く着いたのぉ」
僕に教えてもらって窓を覗き込んだ司祭様は、にっこり笑いながら早く着いてよかったねって。
でもね、それを聞いた僕は頭をこてんって倒したんだよ。
だってさ、僕たちイーノックカウを午前中に出て来たでしょ?
イーノックカウからグランリルの村までは、いっつも馬車に乗って5時間くらいしか掛かんないもん。
だから僕、夜になんてなるはずないじゃないか! って思ったからなんだ。
「司祭様。なんでそんなに遅くなると思ったの?」
「いやな、ヴァルトたちが張り切りすぎたのか、持たせた土産の量が量であったのでな」
そう言って馬車の後ろの壁の方を見るお爺さん司祭様。
そっか、そう言えばロルフさんとバーリマンさんがくれたお土産、すっごくいっぱいあったもんね。
僕たちが乗ってる馬車はね、箱型の上におっきな扉がついてたり飾り彫りのレリーフがいっぱいついてたりしててすっごく重そうなんだけど、フロートボードの魔道具がついてるから普通の馬車よりも軽いでしょ?
だから普通のお馬さんが引いてるけど、僕の村の馬車とおんなじくらいの速さで走るんだ。
でもね、ロルフさんたちがお土産にって一緒についてきた荷馬車は荷物をいっぱい積めないとダメだから、普通のよりとってもおっきいんだよね。
お爺さん司祭様はそれを見て、もしかしたらいつもよりも帰るのに時間がかかっちゃうんじゃないかなぁって思ったんだってさ。
「しかし、それは杞憂であったようだな」
「そうだよ。だって荷馬車もおっきいけど、引いてるお馬さんもすっごくおっきいもん」
さっきも言ったけど、僕たちの馬車を引いてるのは普通のお馬さんなんだ。
でも後ろのおっきな馬車を引いてるのは、それとは全然違うんだよね。
だってさ、体がドォーンって感じだし、足もバーンってすっごくぶっといんだもん。
僕ね、あんなおっきなお馬さん、今まで見た事無かったんだよ。
だから最初みた時は、もしかして魔物なのかなぁ? なんて思ったくらいだもん。
でもああいうおっきな種類っていうだけで、普通のお馬さんなんだって。
「確かに、軍馬でもなければあまり見る事が無いほど立派な馬が引いておるからのぉ。あれならば並みの馬に比べて、力も体力もはるかにある事だろう」
「司祭様。兵隊さんの乗ってるお馬さんって、みんなあんなにおっきいの?」
「いや、あのような馬はあまり早く走れないから騎乗するには向かぬ。どちらかというと、大量な武具や兵站を運ぶ馬車に使われる事が多いな」
そっか、兵隊さんの武器や防具は鉄でできてるもんね。
そんなのをいっぱいのっけてる馬車は確かに、あんなおっきな馬じゃないと引けないかも。
僕は、あのお馬さんはそんなのに使うくらいすっごいお馬さんだったんだなぁって思いながら、一人でうんうんって頷いてたんだ。
「イーノックカウからお貴族様の馬車が来たかと思えば……なんだ、乗ってるのは司祭様とルディーン君じゃないですか。脅かさないで下さいよ」
グランリルの入口んとこまで行くとね、門番をしてるおじさんがすっごいお顔で走ってきたんだよ。
だから僕、どうしたんだろうってびっくりしてたんだけど、どうやらおじさんはこの馬車を見て貴族様がやって来たって思ったみたいなんだ。
それなのにお爺さん司祭様が木の窓を開いて顔を出したもんだから、おじさんははぁって息を吐きながらびっくりしたぁって。
「すまぬの。この馬車は知り合いからの借り物でな、試運転がてら送ってもらったのだ」
「そうだったんですか」
「うむ。それにもしこの馬車に貴族が乗っておったのなら、先ぶれを出しておらぬのはおかしいではないか」
貴族様はね、どっかに行く時は必ず自分ちで働いてる人を先に行かせて、これから来るよって相手に知らせるんだって。
だからお爺さん司祭様は、どんなにすっごい馬車でもその人が来なかったら貴族様が乗ってるはずないじゃないかって言うんだよ。
「そういえばそうですね。確かに徴税官が来る時も先ぶれが来ますし」
「何より、いくらこの馬車が立派でも、もし貴族の来訪であれば後ろの荷馬車もそれ相応のものでなくてはおかしかろうて」
貴族様はね、自分たちが一緒に行く時は荷物を運ぶ馬車もすっごく立派なものを使うんだって。
だからついて来てる荷馬車を見たら、乗ってるのが貴族様じゃないのが解るでしょ? ってお爺さん司祭様は言うんだよ。
でもね、
「いやいや、この村に来るお貴族様は徴税官くらいですからね。荷馬車なんて引いてくるはずがないから、そんなの知りませんよ」
おじさんは貴族様がこの村に来る事なんてないから、そんなの知らないって言うんだ。
それにね、村に来る徴税官様も貴族のお家の人だけど、後継ぎじゃないから正確には貴族様じゃないんだって。
「確かに、そういう意味で言えば、この村に貴族が来る事は無いと言えるかもしれぬのぉ」
「そうでしょう? だから馬車だけを見て、それにお貴族様が乗っているかどうかなんて解りませんよ」
そう言って笑うおじさんにお爺さん司祭様はそれはそうだよねって頷いたんだけど、でもすぐにそれじゃダメだよって言ったんだ。
「ふむ。しかし覚えておいて損はないぞ。これからも貴族の来訪が無いとはけして言い切れないのだからな」
「まさか。そんな事、あるはずがないじゃないですか」
おじさんは困ったようなお顔をしながら脅かさないでって言うんだけど、
「本当にそうだといいのだがな」
お爺さん司祭様は僕たちが来た道の方を見ながら、ちっちゃな声でこう言ったんだ。
「ところで、この荷物はどうしたんですか?」
「おお、そうであった。これはイーノックカウにおるわしの知人がルディーン君に持たせてくれた土産でな」
ホントはね、よそから来た馬車はこの門のとこに置いとかないとダメなんだ。
でもこの荷馬車の中身って、ロルフさんたちがくれた僕へのお土産でしょ?
だからお爺さん司祭様は、僕んちまで持ってってもいい? っておじさんに聞いたんだよね。
「ああ、確かにこれだけの大荷物、ここから運ぶのは大変ですからね。いいですよ」
「うむ。すまんのう」
「ありがとう、おじさん」
おじさんがいいよって言ってくれたもんだから、乗ってきた馬車と御者さんたちとはここでお別れして、僕たちは荷馬車へ移動。
お爺さん司祭様に御者をしてもらって、僕んちまで乗せてってもらったんだ。
「あっ、ルディーンだ! お母さん、ルディーンが帰って来たよ」
そしたらね、うちの庭にいたキャリーナ姉ちゃんが僕を見つけて、お母さんを呼びに中へ入ってくのが見えたんだ。
でね、馬車がお家の前に着くとすぐに、中からお母さんとキャリーナ姉ちゃん、それとレーア姉ちゃんが出て来たんだよね。
だから僕、荷馬車の御者台からえいって飛び降りて、お母さんの所へ走ってったんだ。
「お母さん、ただいま!」
「お帰りなさい、ルディーン。元気にしてた? ケガとかしていないわよね?」
「うん! 僕、元気だよ!」
僕が両手を上げながら元気だよって教えてあげると、お母さんはほっとしたお顔をしてお爺さん司祭様にもおかえりなさいってご挨拶したんだ。
「司祭様もお帰りなさいませ。ルディーンがご迷惑をかけたりはしませんでしたか?」
「うむ。とても良い子にしておったぞ。まぁ、このイーノックカウ訪問の間にはいろいろな事があったがな」
「いろいろ、ですか」
お爺さん司祭様のお話を聞いて、お母さんはちょっと心配そうなお顔をしたんだよ?
でも司祭様はそんなお母さんに、そのお話はまた今度にしましょうって。
「少々長い話になるし、わしも長い移動で疲れておるからのぉ」
お爺さん司祭様はそう言うとね、僕んちの庭に馬車を置いて村の簡易神殿に帰ってったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
ルディーン君ですが、やっとグランリルの村に帰ってきました。
でもまだお土産の中身を確認していないし、そして何より、イーノックカウで買った館やニコラさんたちの話もしなければいけないんですよね。
ハンスお父さんとシーラお母さん、びっくりしないといいんだけど。




