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503 楽しみにしてたのがダメになるとしょんぼりしちゃうよね


 次の日の朝、僕たちはご飯を食べたらすぐに宿屋さんを出たんだ。


 何でかって言うとね、帰る前にニコラさんたちのお引越しをしなきゃって思ったからなんだよ。


 なのにそのニコラさんたちを見たらちょっとおっきめの肩掛け袋を持ってるだけだったもんだから、すっごくびっくりしたんだ。


「ニコラさん。お引越しの荷物はどうしたの? もしかして、宿屋さんに忘れて出てきちゃった?」


 だから僕、ずーっと泊まってたから、今日もいつもとおんなじつもりで宿屋さんに置いて来ちゃったのかも? って思ったんだよ。


 でもそんな僕にニコラさんたちは、笑いながら違うよって。


「私たちは元々、この程度の荷物しか持っていなかったのよ」


「冒険者は依頼があれば、護衛のために遠くの街に出かけるなんて事もあるでしょ? だから極力、余分なものは持たないようにしてるってわけ」


 ニコラさんたち、今日は初めて会った時とおんなじ格好をして、背中にはおっきなマントまでつけてるんだよ。


 それに武器だって腰につけてるもんだから、荷物になるようなものは肩に担いでる袋に入るくらいしかないんだって。


「そりゃあ今はその他にもルディーン君に買ってもらった服とかがあるんだけど、その殆どはルディーン君のお屋敷に置きっぱなしでしょ?」


「それに服なんて今までの生活じゃそう何枚も買えるものじゃなかったから、ルディーン君に出会うまでは今着てる服と、それを洗濯しているときに着るボロボロのものしかなかったのよ」


「その服もルディーン君に新しいのを買ってもらったから、処分しちゃった」


 お洗濯のときに着てた服はね、古着屋さんに持ってっても買い取ってくれないくらいボロボロだったんだって。


 でもそんな服でも、ばらばらにしたらつぎはぎには使えるでしょ?


 だからニコラさんたちはその服をお洗濯して、孤児たちの服を直すのに使ってくださいって近くにある教会へ持ってったんだってさ。


「そんな訳で、今私たちが持っているのは昨日着ていた服だけってわけ」


「それにこの袋だって、私たちのものじゃないのよ?」


「ええ。ルディーン君に買ってもらった服を入れるのに、私たちの袋じゃ汚れちゃうかもしれないからってストールさんに貸してもらったものなのよ」


 ニコラさんたちが僕が買ってもらったって言ってる服って、ストールさんが3人に選んでくれたものでしょ?


 だからいっつもお外に持ってってた袋に入れて、もしお洗濯しても取れないような汚れがついちゃったら怒られちゃうからって、入れる袋も昨日のうちに借りといたんだってさ。


「そっか。じゃあ、宿屋さんに忘れて来たんじゃないんだね」


「ええ、そうよ。でも、心配してくれてありがとうね」


 ニコラさんにありがとうって言われた僕は、何だかとっても嬉しくなってニコニコしながら僕んちに歩いてったんだ。



「あれ? もう馬車が来てるよ」


 お家に着くとね、もうそこに馬車が来てたもんだから、僕、ちょっとびっくりしたんだよ。


 それは何でかって言うと、僕たちがイーノックカウを出るのがもっとず~っと後のはずだからなんだ。


「何でもう来てるのかなぁ?」


「いや、あれは我々を送ってくれる馬車では無さそうだ」


 だから僕、なんでかなぁって頭をこてんって倒したんだけど、そしたらその馬車を見たお爺さん司祭様が、あれは村に帰るための馬車じゃないみたいだよって。


「司祭様。何でそう思うの?」


「ほれ、あの馬車には紋章の入った旗が立っておるであろう? あれはな、ヴァルトの家の紋章なのだ」


 僕たち、ここに来る時はロルフさんが領主様から借りたすっごい馬車で来たでしょ?


 でもその馬車にはあんな旗、ついてなかったんだよね。


 それにさ、僕たちの帰りの馬車は錬金術ギルドが出すってバーリマンさんが言ってたもん。


 だからあれは僕たちが帰るための馬車じゃないんじゃないかなぁって、お爺さん司祭様は考えたんだってさ。


「って事は、ロルフさんが来てるって事かなぁ?」


「そういう事なのだろうが……はて、ヴァルトならば見送りに訪れるための馬車に、わざわざ紋章の入った旗など立てぬと思うのだが」


 そう言えばロルフさんちから錬金術ギルドに連れてってもらった馬車にも、あんな旗、ついてなかったんだよね。


 なのに今日は、あんなのがついてるでしょ?


 だからなんでだろうねってお話しながら、僕たちはその馬車の横を通ってお家に入ってったんだ。


「おお、ルディーン君、それにラファエルも。思ったよりも早く着いたのぉ」


「あっ、ロルフさんだ! 司祭様、やっぱりあの馬車、ロルフさんのだったね」


「うむ。その様だな」


 そしたら中にロルフさんがいたもんだから、僕はやっぱりロルフさんの馬車だったねってにっこり。


 でもね、そんな僕と違ってお爺さん司祭様は中にいたロルフさんに、何でいつもと違う事をしたの? って聞いたんだよね。


「ヴァルトよ。紋章が入った馬車は本来、公務などにしか使わぬはずであろう? それなのに今日は何故、あの馬車を使っておるのだ?」


「いやな、実はルディーン君が帰る前に一つ、やってもらいたい事があるのじゃよ」


「僕にやって欲しい事?」


 僕も何で今日はあんなのがくっついてる馬車で来たのかなぁ? って思ってたもんだから、二人を見上げながら横でお話を聞いてたんだよ?


 そしたらさ、そこで急に僕の名前が出て来たもんだからびっくり。


 だからなんかやる事があるの? って聞いてみたんだけど、そしたらロルフさんがポケットからちっちゃな皮の袋を取り出したんだ。


「うむ。実はな、この袋に入っておる魔石にフロートボードの魔法陣を刻んで欲しいのじゃよ」


 お外にある馬車、あれは僕んちにあるお尻の痛くならない馬車とおんなじような作り方がしてあるんだって。


 だから後はフロートボードの魔法陣が刻んである魔石をくっつけるだけで、お尻の痛くならない馬車が出来上がるんだよってロルフさんは言うんだ。


「実を言うと、あの馬車はわしのものではなく孫のものなのじゃよ」


 ロルフさんのお孫さんはね、帝都にいる魔法使いさんにフロートボードの魔法を刻んである魔石を作ってってずっと前から頼んでたんだって。


 でもお尻の痛くない馬車が欲しいって人はいっぱいいるから、なかなか順番が回ってこなかったそうなんだよね。


「長い間待たされていたその順番がそろそろ回ってくると聞いて、気が急いた我が孫はすぐにあの馬車を作るよう指示を出したそうなのじゃが、どうやらそれがさらに延びる事になったらしくてのぉ」


「何で? もうすぐ順番が来るはずだったんでしょ?」


「それがどうやら、その魔法使いが病気を患ったようなのじゃ」


 その魔法陣を刻んでくれるって言う魔法使いさんは、もうお爺さんなんだって。


 だからご病気になると無理をしちゃダメだからって、完全に治るまでは全部のお仕事をやめて休んじゃうそうなんだ。


「若い者と違って、わしらのような年寄りは一度病気になると治るまでが長いからのぉ」


「ふむ。病気を治す魔法が無いわけではないが、あれは患者の体力をかなり使う物だからな。年寄りに使えば、かえって悪くなるやもしれぬ」


「うむ。しかしそれを聞いた我が孫は完成を心待ちにしておっただけに、それはもう見ておれぬほど気落ちしてしまったのじゃよ」


 ロルフさんのお孫さんはね、お仕事で遠いとこに行く事がよくあるそうなんだ。


 でも普通の馬車だと座るとこが柔らかい椅子が付いててもがたがた揺れるから、長い事乗ってるとすっごく疲れちゃうんだって。


 だからやっと乗ってても疲れない馬車ができるって喜んでたのに、それが急にダメになっちゃったでしょ?


 それを聞いてすっごくしょんぼりしちゃったお孫さんを見て、ロルフさんは何とかしてあげたいなぁって思ったんだってさ。


「じゃからな、ルディーン君。すまぬがこの魔石に、魔法陣を刻んではもらえぬか?」


「うん、いいよ!」


 僕のステータスはさ、使えるようになった魔法は全部のっかるようになってるんだ。


 でね、僕、前にお家でお尻の痛くならない馬車を作ったでしょ?


 どうやらそれは魔法陣もおんなじらしくって、後で見たらその時に刻んだ魔法陣がフロートボードのとこに載ってたもんだから、魔石さえあればすぐにおんなじもんが作れちゃうんだよね。


「おお、やってくれるか」


「いや、ヴァルトよ。少し待て」


 だからすぐにいいよって答えたんだけど、そしたらロルフさんは大喜び。


 でもね、そこでお爺さん司祭様がちょっと待ってって止めたんだよ。


「りょ……貴様の孫の馬車の魔石をルディーン君に造らせて、本当に大丈夫なのか?」


「おお、その事ならば心配はない。ギルマスのつてを使って手配したことにするからな」


 お爺さん司祭様はね、僕がお尻が痛くならない馬車を作れるって他の人が知ったら悪もんが来るかもしれないって心配したんだって。


 だから大丈夫なの? って聞いたんだけど、それはロルフさんも解ってたみたいでバーリマンさんに頼んだことにするから大丈夫って言うんだよね。


「フロートボード自体は習得するのが簡単な魔法じゃからのぉ。過去に冒険者をやっておった知り合いの老錬金術師に、ギルマスが無理を言って刻んでもらった事にするつもりじゃ」


「ふむ。確かに錬金術ギルドのマスターならば、そのようなつてがあってもおかしくはないか」


 このお話はね、バーリマンさんにもちゃんとしてあるんだって。


 だから何の心配もないんだよって言いながら、ロルフさんは僕に魔石を渡してきたんだ。


「それとな、帰りの馬車はギルマスが用意する事になっておったが、外の馬車に魔石を取り付けたらその試運転としてあれに乗って帰ってもらおうと思っておるのじゃ」


「いいの? さっきお外で見たけど、すっごい馬車だったよ?」


「うむ。無理を言っておるのはわしの方じゃからな。それぐらいの事はせねば」


 ロルフさんがそう言ってくれたもんだから、僕は気合を入れて魔石に魔法陣を刻んだんだよ。


 そしたらロルフさんは、その魔石を持ってお外へ。


 すぐに紋章の書いてある旗がついたすっごい馬車に、その魔石を取り付けたんだ。


「あらかじめ魔道リキッドは入れてあるから、これで動くはずじゃ。起動させてみよ」


「はい、旦那様」


 でね、御者台にいたおじさんに、魔道具を動かしてって言ったんだよ。


 そしたら馬車の乗るとこがちょびっとだけ浮かんだのを見て、ロルフさんはうんうんって嬉しそうにうなずいたんだ。



「それにしても、ギルマスは遅いのぉ」


「いやいや、われらが早く来ただけであって、まだ出発の時間にはなっておらぬではないか」


 ロルフさん、僕たちがもっと後になってから来ると思ってたでしょ?


 それとおんなじで、バーリマンさんも僕たちはもっと遅く来ると思ってるんだって。


 だから時間までには来るよってお爺さん司祭様は言ってたんだけど、


「皆様、お待たせしました」


 そしたら丁度そこにバーリマンさんが僕たちのいるお部屋に入ってきたんだ。


「おお、待っておったぞギルマス。して、頼んでおいたものはちゃんとそろっておるな?」


「はい、頼まれたものはすべて揃えておきましたわ」


 でね、そんなバーリマンさんにロルフさんは、よく解んない事を言ったんだよね。


 だから僕、その時は何の事だろうって頭をこてんって倒したんだけど、それはお外に出たらすぐに解ったんだ。


「わぁ。おっきな荷馬車が置いてあるよ」


「これに積んであるのはね、ロルフさんからルディーン君へのお礼。親御さんへのお土産よ」


 そこにはね、樽とか木箱がいっぱい積んであるホロ付きのおっきな荷馬車があったんだよ。


 でね、バーリマンさんはこれはフロートボードの魔石を作ってくれたお礼にロルフさんが用意したものなんだよって教えてくれたんだ。


「わぁ、すっごくいっぱい載ってる。でも、ロルフさん。こんなにいっぱい、いいの?」


「うむ。ルディーン君の魔力は、そこいらにいる魔法使いよりもはるかに高いからのぉ。そんな君に魔法陣を刻んでもらったのじゃから、これくらいのお礼は当たり前じゃよ」


 初めてイーノックカウに来た時も言ってたけど、魔法使いさんや錬金術師さんの手間賃ってとっても高いんだって。


 だから僕がフロートボードの魔法陣を刻んだら、これくらいのお礼をもらってもおかしくないんだってさ。


「本来はお金を支払うべきなのじゃろうが、ギルマスに相談したところ、この方がよいと言われてしまってな」


「それはそうですよ。グランリルの村に帰ったらお金なんて持っていても仕方が無いのだし、かと言って今から土産を買いに行く時間もありませんもの」


 バーリマンさんはね、僕が持って帰ったらお父さんやお母さんが喜ぶものを選んで馬車に載っけてくれたんだって。


「ありがとう! お父さんとお母さんも、これ見たらすっごくびっくりすると思うよ」


「うむ。喜んでもらえたら嬉しいのじゃが」


「それじゃあ、ルディーン君。気を付けて帰るのよ」


 お見送りしてくれるバーリマンさんも来てくれたって事で、僕とお爺さん司祭様は馬車の中へ。


 でね、扉を閉めてもらうと、僕は小窓を開けてお外のみんなにバイバイしたんだ。


「みんな、またね!」


「うむ。また来るのじゃぞ」


「楽しみに待っていますからね」


 こうして僕たちは、ちょっぴり懐かしいグランリルの村へと向かって行ったんだ。



 読んで頂いてありがとうございます。


 ちょっぴり、いやかなり長かったイーノックカウ編ですが、今回でやっと終了です。


 今調べたら110話以上続いたんですね。


 なんと、物語によっては開幕から完結まで行きそうな話数だった!w


 でも、これが終わった事でやっとこの物語のメインヒロインを出す事ができます。


 流石に次回は家族の話になりますが、すぐに出てくることになるんだろうなぁ。


 ……次こそは長いエピソードにならないように気を付けないとw


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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず荷馬車にもフロートボードの魔法が必要かもですね。 (そのままだと、移動速度に差が出そうなので) この大量のお土産を村に持っていって、 はたして主人公はすぐに村に戻れるのか。 …
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