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501 冷蔵庫のお部屋の中は工夫でいっぱいなんだよ


 冷蔵庫のお部屋がつべたくなるまでの間、僕たちは2階の探検。


 でもね、こっちは前に来た時とほとんど変わってないんだって。


「変わっておるのはライラの部屋と、後は遊戯室くらいか?」


「はい。ただ、わたくしの部屋は必要のない家具を出して、少し配置換えをした程度しか変わっておりませんが」


 ストールさんのお部屋はもう使ってるから、みんなで見に行けないでしょ?


 だからどんな風に変わってるのかだけを聞きながら、僕たちは遊戯室ってとこに向かったんだ。


「これはまた、ずいぶんとすっきりしたのぉ」


「ルディーン様はカードを楽しまれる事などないでしょうし、当然人を招いてお酒をふるまうような事もございませんから」


 前来た時はね、ここにはお酒を置くおっきな棚とそれを飲むためのカウンターがあったんだよ。


 でも今はそれをどかしちゃって、代わりに床よりもちょとだけ高い舞台みたいになってたんだ。


「この作り方からすると、少人数の楽団を入れて、簡易的なダンスホールとして使うつもりなのじゃな?」


「はい。メイドや執事見習いの中には楽器を嗜むものも少なからずおりますので」


 ロルフさんって、すっごいお金持ちでしょ?


 だからそこで働く人たちも、お金持ちの人が多いんだって。


 でね、そういう人たちってほとんどがちっちゃい頃からいろんな楽器とかを習ってるそうなんだけど、楽器って練習しないと下手になっちゃうよね。


 それにメイドさんの中には、お金持ちのお家にお嫁さんに行く人もいるでしょ?


 だったらダンスの練習もしとかないとダメだもん。


 だからこういう場所があると楽器やダンスの練習できるから、働いてる人たちはみんな喜ぶんだって。


「この館にはダンスホールがございますが、あそこは少々広すぎますので」


「うむ。あそこは本格的な作りになっておるからのぉ。少人数での演奏に使うには向かぬであろうな」


 そんな訳でここは働く人たちが楽器を演奏したり、それを聞きながらダンスの練習や休憩をする場所にしたんだってさ。



「そろそろ冷蔵庫の部屋が冷えたころですわ」


 遊戯室を見た後はね、そのお隣にある食堂でお茶を飲みながらおしゃべりをしてたんだよ。


 そしたらストールさんが、もうそろそろつべたくなってるんじゃないかなぁって言ったもんだから、僕たちは冷蔵庫のお部屋に行く事にしたんだ。



「ほう。先ほどとは違って、扉のすぐ近くに来ただけで冷気が漂ってきておるのぉ」


「そうですわね。ですがこの状況を考えると、冷蔵庫部屋の近くに置くものにも気を使う必要がありそうですわ」


 僕は飲まないから知らなかったんだけど、お酒ってあんまりつべたすぎるとおいしくないものもあるんだって。


 冷蔵庫のお部屋、扉の前まで行くとさっきと違ってすっごくさぶくなってたでしょ?


 だからそれを感じたストールさんは、そういうお酒はこの近くに置かないようにしなきゃって言ったんだ。



「それでは中に入るとするかのぉ」


 ロルフさんはそう言うと、冷蔵庫のお部屋の扉を開いたんだよ。


 そしたら中から、すっごくつべたい風が……あれ? 出てこないや。


 そう思ってお部屋の中を見てみると、扉の向こうで布がひらひらしてたんだよね。


「あれ? 何であんなとこに布があるの?」


「ああ、あれはカーテンというもので、扉を開けた時に中の冷えた空気をあまり漏らさないようにするためにつけてあるそうですわ」


 あの布はね、お金持ちのお家の窓とかについてるカーテンっていうのとおんなじ物なんだって。


 でね、そのカーテンってのを閉めるとつべたい空気を止めてくれるから、お外がさぶい季節になってもこれがあればお部屋の中は温かいんだよってストールさんは教えてくれたんだ。


「そっか。でもさ、さっきはあんなの、無かったよね?」


「それはですね、先ほど皆さまが外に出られた後に、わたくしが閉めておいたのです」


 さっきはまだ、お部屋を冷やす魔道具が動いてなかったでしょ?


 だから僕たちがこのお部屋に入った時はあのカーテンは扉のふちっこの方に寄せてあったそうなんだけど、さっき魔道具をつけたから閉めといたんだってさ。


「左右から重なるようにかけてあるだけですから、皆さま、それをめくって中にお入りください」


 僕たちはストールさんに言われた通り、そのカーテンってのをめくりながら中に入ってったんだよ?


 そしたらさ、お部屋の中はそこだけ冬になったみたいにすっごくさぶかったんだ。



「それでは中の施設をご説明いたしますわ」

 

 ストールさんはそう言うとね、まずはお部屋の一番奥までみんなを連れてったんだよ。


 でね、壁んとこに何個かある、木の扉を指してこう言ったんだ。


「こちらにある扉の中は上にある製氷用の棚同様、冷凍庫になっております」 


 ストールさんに言われたとこを見てみるとね、壁のとこにクローゼットみたいな扉が何個かあったんだ。


「ねぇ、ストールさん。開けてみて、いい?」


「ええ、いいですわよ」


 この中は冷凍庫だよって言われても、扉が閉まってたらどんな風になってるか解んないでしょ?


 だから僕、ストールさんに聞いてからそのうちの一個を開いてみたんだ。


 そしたらさ、中には棚も何にもなかったもんだから、びっくりしちゃった。


「ストールさん。この中、何にもないよ?」


「ああそこはですね、大型の魔物などの肉を吊るして保存するところですわ」


 ストールさんが言うにはね、お肉とかは下に置いたり積み上げたりして凍らせちゃうと、他のとくっついちゃうんだって。


 だからおっきなお肉を買って来た時はここに吊るしといて、使いやすいようにちっちゃく切り分けたやつを凍らせる時は入れもんに入れて棚のある冷凍庫に入れるんだってさ。


「その他にも、このようなものもありますのよ」


 ストールさんはそう言うと、壁のふちっこの方にあった一段一段がおっきなタンスみたいなのの一番下を引き出したんだよ。


 だからそれを覗き込んだら、そこの中は陶器でできた入れもんになってたんだ。


「ライラよ。わざわざこのような作りにしておるとは、これはいったい何を入れるための物なのじゃ?」


「はい。ノートンが申すには、この引き出しは砕いた氷を入れる場所のようです」


 氷ってさ、あんまりおっきくない塊でも、砕いて小っちゃくしちゃったらすっごく場所を取るようになるよね。


 だから普通はおっきな氷のまんま冷凍庫に入れといて、使う時に料理人さんたちが砕いて小っちゃくするんだって。


 でも、ここは普通の冷凍庫と違ってすっごく広いでしょ?


 だったらさ、場所があるんだから最初っからちっちゃい氷を入れとくとこを作っといて、時間がある時に砕いといた方がいいんじゃないかって、ノートンさんは考えたんだってさ。


「なるほど。今のような季節だと、出した氷はすぐに溶けてしまうからのぉ。そのたびに調理の手を止めて氷を砕く事を考えると、このような場所にあらかじめ砕いて入れて置いた方が便利じゃな」


「はい。これを見ても解る通り、この冷蔵部屋の中にはノートンが考えたいろいろな工夫があるのです」


 ストールさんはそう言いながら、いろんなとこの説明をしてくれたんだ。


 例えば、このお部屋の中には薄い銅の板が内側に貼ってある蓋付きの木箱が何個か置いてあるんだけど、これは冷蔵庫の中に人が入ってきても箱の中の温度が変わらないようにするためなんだって。


「前にわたくしたちがここを訪れた時、扉が閉じられていたからこの部屋の中は前の部屋より冷えていたという話を聞いて思いついたそうですわ」


「ふむ。確かにこの館が本格的に稼働し始めれば、この冷凍庫も人の出入りが激しくなるであろうからな。入口にカーテンの仕切りがあったとしても、温度変化は避けられぬであろう」


「はい。ですから牛やヤギの乳など、温度変化を嫌うものはこの冷蔵庫内の棚ではなく、この箱に入れて保管するそうです」


 その他にもバターやチーズ、それに生クリームなんかもあんまり温度は変わんない方がいいんだって。


 それにね、凍らせてないお肉やお魚も、こういうとこに入れとくと悪くなりにくいそうなんだよ。


「特に肉の熟成には、常に一定の温度下に置く必要があるそうでして」


「このような場所があれば、それが楽になると言う訳じゃな」


 前にアマンダさんから教えてもらった熟成ってスキル、あれを使うとお肉もおいしくなるって言ってたよね?


 ノートンさんはそんなスキルは使えないそうなんだけど、きちんとお肉を管理する事で熟成させてるから、ロルフさんのお家ではおいしいお肉がいっつも食べられるんだってさ。


「その数々の工夫の中でも、ノートンが特にこだわったのはこれですわ」


「これは……はて、わしには酒などの飲み物を入れる、ごく普通の棚のように見えるのじゃが?」


「はい、この形状だけに限っていうのであれば、その通りでございます」


 その入れ物はね、ロルフさんが言った通りお酒とかが入った瓶を入れるための格子状の仕切りがしてある、奥に向かって少しだけ傾いた棚がいっぱいの前開きの扉がついたおっきな箱だったんだよ。


 でもね、見ただけでロルフさんが解った通り、そういう入れ物はどこにでもあるんだって。


 だからこれをノートンさんが一番こだわって作ったんだよって聞いて、ロルフさんはとっても不思議そうなお顔になったんだ。


「確かにこれがあれば酒の管理は楽になるかもしれぬが、ありふれたものではないのか?」


「はい、この入れ物自体はその通りでございます。ですが、ノートンが工夫したのはこの棚の中ではなく箱の下にある仕組みですの」


 ストールさんはそう言うとね、その棚を軽く押したんだよ?


 そしたらさ、棚がすーって動いたもんだから、僕たちはびっくりしたんだ。


「旦那様もご存じな通り、お酒などの飲み物は季節によっておいしいと感じる温度が違いますでしょう? ですが冷蔵庫の温度は常に一定ですから、冬場などはお出しする時間に合わせて早めに外に出す事により、温度調節をしていたそうなのです」


「そうか! そう言えばこの部屋は、場所によって温度が違うように作られておると言っておったな」


「はい。ですからあらかじめ季節ごとに一番おいしく感じるであろう温度の場所を把握しておき、保管場所である棚をその場所に素早く移動できるようにする事で、その温度管理をしやすくしたそうでございます」


 その他にもね、お酒がいっぱい入ると棚がすっごく重くなっちゃうから、動かしやすいように下についてる輪っかには僕んちのお尻が痛くならない馬車とおんなじボールベアリングが使ってあるんだって。


「ハンバー司祭様から教えて頂いた新しい形の軸受けをクリエイト魔法で作らせたものですから、従来の転がし型軸受けよりもさらに滑らかに動くようになっているそうですわ」


「おお、そう言えば前にそのような物をラファエルからの手紙で知らされて、商業ギルドに登録したと言っておったのぉ」


「はい。この軸受けは作成時に魔法を使うので少々割高にはなりますが、重さ以前に割れ物を入れて運ぶことを考えると滑らかに動くこの車輪を使った方がいいとノートンは考えたようですわ」


 パッと見ただけだと普通の入れもんだけど、この棚はそんな風にノートンさんがいろいろと考えて作ったものなんだよってストールさんは僕たちに教えてくれたんだ。



 読んで頂いてありがとうございます。


 ノートンさんの工夫は誰にでも思いつきそうなものばかりです。


 でも、実際に取り入れようと思うとかなり大変なんですよね。


 だってそれを運用する為の大きな冷蔵庫なんて、今まではどこにも存在していなかったのですから。


 そう考えるとこの冷凍冷蔵倉庫も特許案件なのかもしれませんが、仕組み自体は前に登録した簡易冷蔵庫と同じものなので今回は見送られました。


 ただすごく便利だという事で、これと同じものがすぐにロルフさんの本宅とバーリマンさんの本宅、それに錬金術ギルドに作られるんですよね。


 そしてそれが後にロルフさんの本宅を訪れた孫である領主に見つかって、何ですかこれは! と大騒ぎに発展するのですがw


 便利な施設なんだから、秘匿しちゃダメですよね。


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