495 護衛の方が強いとは限らないんだって
「ニコラさんたちを貸すの?」
ロルフさんから急にこんなこと言われたもんだから、僕、何の事か解んなくって頭をこてんって倒したんだよ。
そしたらそれを見たストールさんが、何で貸して欲しいのかを教えてくれたんだ。
「先ほども申しました通り客室にてメイド見習いたちの教育をさせていただきたいのですが、その際、主人や客人の役目をするものが必要となるのです」
「えっと、それをニコラさんたちにやって欲しいの?」
メイドさんたちがするのって、お部屋のお掃除やお洗濯だけじゃなく、お客さんのお世話ってのもあるんだって。
ストールさんはね、そのお世話をされる役をニコラさんたちにやって欲しいんだよって言うんだ。
「わしとしてはメイド見習いや執事見習いたちが交代で主人や客人役をやっても良いと思ったのじゃが、それではあまり勉強にならぬとライラが主張するのでな」
「はい。彼ら彼女らは立場上、主人や客人のどのように振る舞えばついているメイドたちが動きやすく、また仕事がやりやすくなるのかを誰よりもよく解っておりますもの」
どうしたらやりやすいかが解ってると、わざわざそうしようって思ってなくてもいつの間にかそんな風に動いちゃうんだって。
でもお客さん役の人がメイドさんのやりやすいようにばっかりしてたら、そんな風にしてくれない人が来た時に困っちゃうでしょ?
だからお客さんの役はメイドさんじゃなくって、そういう事を知らないニコラさんたちに頼みたいんだってさ。
「これがもし、何の知識も無いものが相手ならば流石にわたくしもお願いしたりはしませんわ。ですが彼女たちは、ここ数日間だけでも淑女教育を受けておりますもの」
「そうじゃな。貴族ならともかく、商家の子息・令嬢ならばそれほどしっかりとした教育を受けておらぬものもおるじゃろう。そのようなものたちを相手にする場がある事を考えると、この子らが適任じゃろうて」
ストールさんもね、初めて会ったばっかりの頃のニコラさんたちだったらこんな事、頼まなかったんだって。
だってあの時のニコラさんたちって、スカートも履いた事無いって言ってたくらいなんだもん。
でもね、こないだからずーっとストールさんとお勉強してたでしょ?
だから今のニコラさんたちだったら大丈夫だからって、ロルフさんとストールさんはニコラさんたちをメイドさんたちのお勉強のために貸してほしいんだってさ。
「そっか。うん、メイドさんたちのお勉強にニコラさんたちが一番合ってるって言うんだったら僕はいいよ。あっ、でも……」
そう言えばこれってニコラさんたちの事なのに、僕だけで勝手に決めちゃっていいのかなぁ?
そう思った僕は、近くで話を聞いてたニコラさんたちの方を見たんだよ。
そしたら、
「むっ……」
「む?」
「無理です! そんなの」
ニコラさんがすっごい勢いで顔を横に振りながら無理ですって。
それにね、その横ではユリアナさんとアマリアさんが、これまたすごい勢いでうんうんって頷いてるんだもん。
僕、これじゃメイドさんたちのお勉強の手伝いなんて無理なんじゃないかなぁって思ったんだ。
だからね、ロルフさんたちに無理っぽいよって言おうとしたんだけど、そしたらそれを見てたお爺さん司祭様がニコラさんたちにこんな事を言ったんだよ。
「おぬしたちのためにも、この話は受けておいた方がよいぞ」
「わっ、私たちのためにですか?」
これにはニコラさんたちもびっくり。
3人とも、それはどういう意味なの? ってお爺さん司祭様に聞いたんだよ。
そしたら司祭様は、今のまんまだったら近いうちにとっても困った事になるからだよって。
「困った事、ですか?」
「うむ。先日からおぬしたちの行動を見ておると、どうしてもそう思えてならぬのだ」
お爺さん司祭様はね、イーノックカウの僕んちや宿屋さん、それにロルフさんちの馬車とかを見た時にニコラさんたちがびっくりしすぎてるのが問題だって言うんだ。
「おぬしたちは、これからこの館で生活する事になるのであろう? それなのに、多少高価なものがあるというだけでいちいち恐れおののいていては周りにも迷惑であろう?」
ニコラさんたち、借金奴隷ってのにならない代わりに僕んちに住まないといけなくなっちゃったでしょ?
それなのに今のまんまだったら、ここに来る他の人たちも困っちゃうよってお爺さん司祭様は言うんだ。
「だけど私たち、そんなすごい物なんて今まで見た事も無かったし」
「そうです。もし傷なんかつけちゃったらどうしようって思うと……」
「それが解っておるからこそ、この申し出を受けるべきだとわしは思っておるのだ」
そんなお爺さん司祭様に、ニコラさんたちはこのお家にあるような高そうなものなんて怖くて触れないって言うんだよ?
でもね、だからこそ今慣れとかないとダメなんだって。
「近い将来、ルディーン君は商会を起こす事になっておるのは知っておるな?」
「はい。聞いています」
「うむ。ならば将来、ルディーン君が誰かと合わねばならぬ機会が訪れる事は容易に想像できるであろう?」
お爺さん司祭様はそう言うとね、ニコラさんたち3人のお顔を順番に見てからこう言ったんだ。
「その時に護衛であるおぬしたちが周りの調度品に恐れおののいておっては、来客からルディーン君が侮られることになりかねないではないか」
「えっ! 私たちがルディーン君の護衛をですか?」
これにはニコラさんたち、すっごくびっくりしたんだよね。
「待ってください。私たち、ルディーン君よりもずっと弱いんですよ?」
「そんな私たちが護衛なんて!」
僕、魔法を使わなくってもニコラさんたちより強いでしょ?
そんな僕の護衛なんてできるはずないよって、ニコラさんたちは言うんだ。
でもね、
「何を言っておる。守られる立場のものが護衛より強い事などよくある事ではないか」
「えっ、そうなの?」
「ええ。それほど珍しい事でもないわよ」
お爺さん司祭様がこんなこと言ったもんだから、僕、すっごくびっくりしちゃったんだよね。
だから近くにいたバーリマンさんにホント? って聞いてみたら、頷きながらそういう事もあるのよって。
「例えばね、大きな街などの近くで脅威となる魔物が見つかった時、その魔物を倒した冒険者が褒美として爵位を受けるなんて事があるの。その場合、一代限りの爵位ではあるものの、その冒険者はもう貴族なのだから公の場に出る時は護衛がいるのよ」
どっかの村や街を襲った強い魔物をやっつけたとかで、そのご褒美に貴族になっちゃう人が何年かに一人は出てくるんだよってバーリマンさんは言うんだ。
でね、そんな強い冒険者さんでも、貴族は貴族でしょ?
だからお城とか偉い人のお家に行く時なんかは、絶対に護衛を連れていかなくっちゃダメらしいんだよね。
「しかし、そのような者の場合、護衛がその者より強くないといけないとなるとなり手などおるはずも無かろう?」
「その場合は弱くてもいいから、昔の冒険者仲間とかを護衛として雇う事が多いのよ」
僕、まだちっちゃいから偉い人に会う事なんかないでしょ?
でもお店を開くんだから、おっきくなったらそんな人たちにも会わなくちゃダメなんだって。
ニコラさんたちはその時に僕の護衛になるんだから、今のうちに慣れとかないとダメってお爺さん司祭様は言うんだ。
「この館にあるものはすべてルディーン君のもの、そしてそこを整えるのはヴァルトの所のメイド見習いたちであろう?」
「多少の失敗をしてもここでなら問題になる事は無いのだから、ハンバー司祭様のおっしゃられる通り、ここで慣れておくべきだと私も思いますわよ」
ニコラさんたちのお顔にはやっぱり無理って書いてあったんだけど、バーリマンさんとお爺さん司祭様にそんなこと言えなかったもんだから、3人ともしょんぼりしながらストールさんにお世話になりますって頭を下げたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
本当は手伝う立場なんだからお世話になりますって言うのは変ですよね。
でも今までの力関係から、ニコラさんたちはストールさんにこう言ってしまったわけです。
そしてこれを聞いたストールさんが、ニコラさんたちの淑女教育にもしっかりと力を入れなければと決意を新たにしたとかしないとか。
彼女たちの受難は、まだまだ続きますw




