391 何でついてないんだろう?
ガタゴトガタゴト。
僕たちを乗せたすっごい馬車はイーノックカウへ向かう街道をゆっくり進んでる。
これは多分朝早く出たもんだから、ゆっくり進んでもお昼過ぎには着くって御者さんが思ってるからなんじゃないかな?
でもそのおかげで馬車はあんまり揺れないし、僕たちが座ってる椅子も村の馬車と違ってふわふわだからお尻もいたくならないんだよね。
でもさ、僕、この馬車に乗ってて、ちょっと解んない事がいっこだけあるんだ。
「ねぇ、司祭様。ちょっと聞いていい?」
「何だい、ルディーン君」
「あのね、この馬車って領主様のなんでしょ? なのに何で浮いてないの?」
僕がなんでかなぁって思ったのはね、この馬車にフロートボードの魔法が使ってなかったからなんだよね。
だってこの馬車は領主様ので、鍵があるおっきな扉がついてたり、お外の壁にいろんな飾りが彫ってあったりするすっごい馬車なんだもん。
それに椅子だってこんなにふわふわなんだから、きっとすっごくお金を出さないと作れないよねって僕、思うんだ。
だったらさ、フロートボードの魔法が使ってないのは変じゃないかな?
だって今走ってるとこはあんまりデコボコしてないからいいけど、場所によってはもっと揺れるかもしれないでしょ?
それに領主様だったら何かのご用事で遠くまで行くかもしれないから、その時はやっぱり揺れない方がいいはずだもん。
だから僕、お爺さん司祭様に何で? って聞いたんだよ。
「何故、浮いておらぬのかとな? それはな……」
そしたら司祭様はちょっと困ったお顔になって、黙っちゃったんだ。
あっ、そっか! そう言えばこの馬車、司祭様のじゃないもんね。
だったら司祭様にだって、何でついてないのかなんて解んないか。
「司祭様にも解んないことあるよね。僕、御者さんに聞いてみるよ」
そう思った僕は、司祭様にそう言って前にあるちっちゃな窓を開こうとしたんだよ?
でもね、それを聞いた司祭様はダメって言うんだよね。
「え~、何で? 御者さんだったらきっと知ってるって思うのに」
「それはだな……うむ。もしかすると、失礼に当たる質問になるやもしれぬからだ」
「しつれい?」
何で浮いてないのって聞いたら失礼になるかもって言われた僕は、よく解んなくって頭をこてんって倒したんだよ。
だってさ、この馬車は御者さんのじゃなくって領主様のでしょ?
だったら聞いても、御者さんに失礼な質問になんかならないって僕は思ったからなんだ。
でもね、司祭様が言ったのは御者さんの事じゃなかったみたい。
「ルディーン君。このような豪奢な馬車はな、領主自らが作らせる事も確かにあるが、他の貴族や大商会からの寄贈品である場合も多くてのぉ」
「この馬車、貰ったものかもしれないの?」
「うむ。その通りだ。でな、ルディーン君。それが魔法と縁遠い者が作らせた馬車だとすると、フロートボードを使うと言う発想自体が無い場合も少なからずあるのだよ」
僕たちが前に作ったお尻の痛くならない馬車って、司祭様が作り方を教えてくれたでしょ?
だから村には無かったけど、僕、他んとこにはきっといっぱいあるんだろうなぁって思ってたんだよね。
でもね、司祭様が言うにはそうじゃないみたいなんだ。
「魔法を使えるようになるには、多額の金が必要だという事は知っておるな?」
「うん。僕、前に教えてもらったよ」
「だからこそ、魔法使いは貴族や金持ちに多いのだが、しかしすべての貴族がその金を出せるわけではないのだ」
イーノックカウはすっごくおっきな街でしょ?
だからこの馬車を貸してくれた領主様はお金持ちなんだけど、ちっちゃな領地の領主様やイーノックカウに住んでるお貴族様の中にはそんなにお金をもってない人もいるんだってさ。
「確かに貴族は帝国から毎年、一定の額を頂いてはおる。だがな、使用人への給与や館の維持費、それに社交シーズンともなればパーティーを開く費用も必要となるからのぉ。役職や収入の多い領地、または何かの副業を持たぬ貴族はそれほど裕福ではないのだよ」
「そっか。そういう人は、魔法を覚えるお金が無いんだね」
「うむ。だがそのような者でも、祝い事などの時には何かしらの献上品が必要となったりすることもあるのだ。そのような時、中には知り合いに借金する者もおるが、多くは同じような境遇の者と連名で何か見栄えの良いものを送ったりすることになるのだよ」
「そっか! じゃあこの馬車は、そういう人たちの贈り物なのかもしれないんだね」
「そうじゃな。わしが見たところ、この馬車にはフロートボードの魔道具どころか、魔法を使った際に荷台が浮かび上がる機構すらついておらなんだからのぉ。その可能性は高いかもしれぬな」
お爺さん司祭様はね、そういう人たちが送ってきた馬車はすっごく豪華なんだけど、いっつも使うにはあんまり向かないものも多いんだよって僕に教えてくれたんだ。
それにフロートボードを使えるようにすると、普通の馬車を作るよりもっとお金がかかっちゃうでしょ?
だから、そう言うのにはついてない事も多いんだってさ。
「そもそも、そのような貴族はフロートボードが使える馬車に乗ること自体があまりないから、中には知らぬ者もおるやもしれぬ。だとすると、それを指摘すれば送った者への失礼となるであろう?」
「そっか! じゃあやっぱり、何でこの馬車は浮かばないの? なんて聞いちゃダメなんだね」
お爺さん司祭様が一緒でよかった!
もし一人だったら何でそんなこと聞いたの? って、後で怒られちゃったかもしれないもんね。
僕はそう思うと胸に手を置いてほっとしながら司祭様に、何で浮いてないのなんてもう聞かないよって約束したんだ。
■
危うい所であった。
わしはとっさに良い言い訳を思いつけた事に一人安堵した。
流石にフロートボードの魔道具を使った馬車など、もしかすると侯爵クラスですら持っておらぬ家があるかもしれないなどとルディーン君に知られるわけにはいかぬからな。
そもそも、このような豪奢な箱馬車の荷台を持ち上げる事ができる力を持った魔法使いを雇っておる者など、貴族の中でもごく一部しかおらぬ。
だからこそ、フロートボードの魔法で浮かすことができる機構の付いた馬車自体、ほとんど存在せぬのだ。
それなのに、この子の手にかかれば魔道具としてのフロートボード馬車が簡単にできてしまう。
そのような話がもし他の貴族たちの耳に入ろうものなら、まず間違いなくルディーン君の争奪戦が始まる事は火を見るより明らかであろう。
後でもう一度、村の外の者がおる前ではフロートボードの馬車の話をするでないぞと言い聞かせておく必要があるな。
わしはそう思うと、ルディーン君に気取られぬよう、この旅について来てよかったと一人静かにほっと胸をなでおろすのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
まだイーノックカウへ出発したばかりだと言うのに、もうルディーン君爆弾がさく裂!
この感じからするとお爺さん司祭様、この旅の最中に胃に穴が開くんじゃないでしょうか?
まず間違いなく、これからもルディーン君の無邪気な質問が降りかかってくるでしょうからねw




