382 あっ、ヒルダ姉ちゃんのこと忘れてた
「あら、おいしそうなものを食べてるわね」
「あっ、おかあさんだ!」
僕たちがケーキをおいしいねって言いながら食べてたら、そこにヒルダ姉ちゃんがやってきた。
そう言えばさっきスティナちゃんが、ヒルダ姉ちゃんは近所のおばさんとお話してるから先に一人で来たって言ってたっけ。
だからお姉ちゃんがここに居るのは当たり前なんだけど、
「あっ! ヒルダ姉ちゃんのこと、忘れちゃってた」
僕ね、ケーキ作りに夢中になってヒルダ姉ちゃんが後で来るって事、すっかり忘れてたんだ。
「忘れてたって、ルディーン。まさかそのお菓子、私の分は無いなんて言わないわよね」
「うん。僕とスティナちゃん、それとお母さんの3人で全部食べちゃった」
「なっ! それじゃあ、本当に無いの!?」
もうケーキは無いよって言ったら、ヒルダ姉ちゃんはちょっとびっくりしたお顔になって、そのすぐ後に何で取っといてくれなかったのよって怒りだしちゃったんだ。
でもそしたらね、僕とヒルダ姉ちゃんのお話を横で聞いてたお母さんが不思議そうな顔したんだよ。
「あら、ルディーン。あなた、これ一個じゃなくて、何個か焼いてたじゃないの」
だからどうしたのかなぁ? って思ってたら、スポンジケーキはまだいっぱいあるよね? だって。
うん、お母さんの言う通り、ちっちゃいスポンジケーキは後でお姉ちゃんたちも食べたいって言うだろうからっていっぱい作ったからまだあるんだよ?
でもね、実はケーキにのっけた青紫の甘いベリーがもう無いんだ。
「あのね、さっきのケーキには青いベリーがのっかってたでしょ? 僕、森に行けば魔法ですぐに見つけられるからって、お家にあったのを全部使っちゃったんだ。だからおんなじのは作れないんだよ」
「ああ、なるほど。それじゃあ確かに、さっきのケーキはもう作れないわね」
お母さんは上にのっかってるベリーが生クリームによく合っておいしいねって言ってたでしょ?
だから僕が、ベリーがないからケーキが作れないって言ったら、そっかって納得してくれたんだよね。
でも、
「えっと、そのベリーが無いだけで、他のはあるんでしょ? じゃあ、それなしで作ればいいじゃないの」
ヒルダ姉ちゃんは、ベリーが無いならのっけなきゃいいって言うんだよ。
でもさ、それじゃあスポンジケーキの生クリームのせになっちゃうじゃないか。
「ダメだよ。それだったらケーキじゃなくなっちゃうもん」
「ケーキじゃなくなる? って事は、このケーキって言うお菓子は上にベリーがのっていないとダメって事なの?」
「ううん、違うよ。でも、今日作ったやつは上にベリーがのってるやつなんだ」
別にね、スポンジケーキと生クリームのケーキはベリーがのってるのしかない訳じゃないんだ。
でもさ、今僕んちにある果物だとさっき使ったベリー以外にはおいしいケーキになる果物が無いんだよね。
「う~ん。要するにそのベリーがないから、ルディーンたちが食べていたケーキはもう作れないって言うのね。それじゃあさ、別のは作れないの?」
「別のケーキ?」
「そうよ。ルディーンはさっき、今日作ったのはベリーがのっているケーキだって言ったでしょ? なら、他のケーキもあるって事よね?」
ヒルダ姉ちゃんはね、僕の話を聞いてケーキにはいろんな種類があるんじゃないかって思ったんだって。
そう言えばホールのケーキじゃないのだったら、今お家にある果物でも美味しいケーキは作れるんだよね。
「あっ、そっか。フルーツケーキがダメだったら、別のケーキを作ればいいのか!」
「ほら、やっぱりあるんじゃない」
僕が別のを作ればいいって言ったら、ヒルダ姉ちゃんはやっぱりねって笑ったんだよ。
でね、そんな僕たちのお話をベリーのケーキを食べながら聞いてたスティナちゃんは、ちょっと不思議そうな顔をして、
「ルディーンにいちゃ。これじゃないケーキ、たべれうの?」
頭をこてんって倒しながら僕にそう聞いてきたんだ。
「うん。ヒルダ姉ちゃんの分を作んないとダメになったから、スティナちゃんの分も一緒に作ってあげるね」
「やったぁ!」
「こら、スティナ。物を食べながら暴れちゃダメでしょ」
新しいケーキが食べられるって聞いたスティナちゃんは、大喜び。
ヒルダ姉ちゃんに暴れちゃダメだよって怒られたのに、フォークを持った手を大きく振り上げて僕に早く作ってって笑顔でお願いしてきたんだ。
「お母さん、ヒルダ姉ちゃん。僕一人で作るといっぱい時間かかっちゃうから手伝って」
「ええ、いいわよ」
お母さんはさっき、僕がスポンジケーキの生地を作ってるとこを見てたでしょ?
だからヒルダ姉ちゃんと二人で、その生地を作ってもらう事にしたんだ。
でね、僕はと言うと、これから作るケーキにはいっぱいいるからって、冷蔵庫から出した生クリームをおっきなボウルの中にドバドバって入れてったんだ。
「あっ、お母さん。魔法で細かくするから、お砂糖のツボ、取って」
「ええ、いいわよ」
でもかき混ぜる前にお砂糖を入れなきゃって気が付いた僕は、お母さんにお砂糖を取ってもらって、スポンジケーキと生クリームに使う分だけクラッシュの魔法で細かくしたんだよ。
でね、その細かくしたお砂糖の内、生クリームに使う分だけをボウルに入れてから、
「はい。こっちはスポンジケーキの分ね」
「ありがとう」
残りのお砂糖をお母さんに渡して、今度こそ僕は生クリームをかき混ぜ始めたんだ。
「しろいふわふわ、いっぱいだね」
僕が魔道泡だて器で生クリームを泡立ててると、スティナちゃんが寄ってきて凄いねって言いながらボウルの中を覗き込んできた。
そう言えばさ、僕やお母さんはパンケーキにのっける分を作るためにいっぱい生クリームを泡立てる事があるけど、スティナちゃんちじゃそんな事やる訳ないもんね。
だからスティナちゃんは、一度にこんなたくさんの生クリームを見るのがきっと初めてだと思うんだ。
「今度のケーキはね、このふわふわの生クリームをさっきのよりもいっぱい使うんだよ」
「そっか~、いっぱいなんだ~」
そう思った僕は、この生クリームをいっぱい使うケーキをこれから作るんだよって教えてあげたんだけど、それを聞いてもスティナちゃんはいまいちよく解ってないみたい。
スティナちゃんからしたら、さっきのケーキだって生クリームをいっぱい使ったお菓子だったもん。
それなのにもっといっぱいって言われても、よく解んないのは仕方ないのかも?
でもさ、その分実際に出来上がったのを見たら喜んでくれるかもしれないよね。
「ルディーン、こっちはできたわよ」
「わかった! じゃあ、こっち持ってきて」
スポンジケーキの生地が出来上がったそうだから、早速焼いていく事に。
「あら、今度は丸い型を使わないのね」
「うん。今度のはね、このくぼんだ鉄板の上に生地を広げて焼くんだ」
さっきはまっすぐの鉄板の上に生地が入った型を並べてったけど、今度は薄い生地を作んないとダメだから鉄板そのものが型になってるんだよね。
「生地を広げて? でもそれだと、ホットケーキみたいになってしまわないの?」
「大丈夫だよ。これはベーキングパウダーもどきを入れたのじゃなくって卵を泡立てて作ったやつだから、薄く作ってもちゃんとスポンジケーキになるんだ」
僕は焼きあがった生地がちゃんと取れるようにって鉄板いっぱいにバターを塗ると、へこんだとこいっぱいに生地を流し込んでへらで伸ばしていく。
でね、今回は型を使ってない分これならオーブンの中に何枚かいっぺんに入れられるよねって、おんなじ物を3つ作ったんだ。
「あっ、そうだ! オーブンを予熱しないと」
これをしとかないと、スポンジケーキが上手く焼けないかもしれないからね。
って事で一度全部の火の魔石を活性化させてオーブンの中の温度を一気に上げると、僕は何個かの魔石の活性化を止めて中の温度が160度くらいになるようにし調整してから生地がのっかった3枚の鉄板をオーブンに入れてったんだ。
「もういいの?」
「うん! 今度のはね、生地が薄いからさっきよりちょっとの時間で焼きあがるんだ」
お母さんには、もう焼きあがったの? ってびっくりされたけど、僕は大体これくらいだよねって思ったところでオーブンから鉄板を取り出したんだよ。
でもね、もし焼きあがって無かったらだめでしょ?
だから一応、焼きあがったスポンジケーキの真ん中に木の串をブスリ。
抜いたみたら生地がついてこなかったから、僕は安心して鉄板から3枚の焼きあがったシート状のスポンジケーキを取り出してったんだ。
「これはちょっとおいといてっと」
少し冷めないと生クリームが溶けちゃうって事で、薄いスポンジケーキはいったん放置。
この間に僕は、生クリームの仕上げに入る事にしたんだ。
って言っても、別になんかすごい事をするわけじゃないんだ。
やるのはね生クリームを三つに分けで、そのうちの一つに木いちごやちょっと酸っぱいベリーを入れて、もう一個にははちみつとお父さんがいっつもおつまみに食べてる焼いた木の実を砕いて入れたんだ。
そして最後に残った生クリームのために、僕はある果物を箱から取り出して熟成をかけたんだ。
「これ、絶対においしいよね」
それは何かって言うと、アマショウの実。
これとおんなじような果物を生クリームと一緒にスポンジケーキで巻いたケーキは、前の世界でとっても人気があったんだよね。
そう、僕が作ろうと思ってるのは3種類のロールケーキなんだ。
ケーキと言ったら普通は果物がのっかったホールのケーキを思い浮かべるけど、このロールケーキもおいしいんだよね。
それにロールケーキは、クリームに入れるものを変えるだけでいろんなのが作れるでしょ?
だからこの薄いのだったら生地が一度に3枚も焼けるからって、僕は3種類のロールケーキを作ろうって思ったんだ。
「おかあさん! こっちのはすっぱいだったけど、ほかのはどっちもおいちいね」
「確かにベリーが入ったこっちのケーキは、スティナにはちょっと酸っぱすぎるかもしれないわね」
生クリームが甘いから大丈夫かなぁ? って思ったんだけど、木いちごとベリーが入ったロールケーキを食べたスティナちゃんはお顔をきゅ~ってさせて、これはもういらないって。
でも他の二つはとっても気に入ってくれたみたいで、お口の周りをクリームでべたべたにしながらおいしいおいしいって食べてくれたもんだから僕はひと安心。
おまけにそのベリーのロールケーキも、お母さんとヒルダ姉ちゃんはその酸っぱさもいいよねって。
それにね、このロールケーキは中に入れるものを変えるだけで、全然違うお菓子になっちゃうでしょ?
「このお菓子、前にルディーンが作ったプリンってのを入れてもおいしいんじゃない?」
「それに、この生地でアイスクリームってのを巻いてもおいしいと思うわよ」
だからお母さんとヒルダ姉ちゃんは、どんなのを入れたらおいしいかなぁってわいわい話しながら3種類のロールケーキを食べてったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
ルディーン君はすっかり忘れていましたが、スティナちゃんは先に来ただけで後からは当然ヒルダ姉ちゃんも来るんですよね。
なので、本当はケーキを3つじゃなくて4つに切らないといけなかったわけで。
でもまぁ、そのおかげでロールケーキも食べる事が出来たので、スティナちゃん的にはラッキーだったんですけどねw




