363 ロルフさんへのお届け物
今回はロルフさん視点です。
カンランカラン。
「あら、いらっしゃい。伯爵」
「うむ」
わしはほぼ毎日と言っていいほど訪れておる錬金術ギルドに今日も訪れたのじゃが、
「いい所にいらっしゃいました。お届け物が届いてますよ」
すると来て早々、ギルマスが何やら届け物があると言って来おったのじゃ。
「錬金術ギルドに、わし宛の届け物じゃと?」
それを聞いたわしは少し面をくらう。
それはそうじゃろう、わしの館はこの街にあるのじゃから、何か届け物があると言うのであればそちらに届ければよいのじゃから。
じゃと言うのに、館ではなくわざわざ錬金術ギルドに預けたと聞かされれば驚くのも無理はあるまい?
「ええ。本当は東門の外にある館に届けるべきだけど、村に帰らなければいけないから預かってほしいと頼まれてしまって」
「村に帰る? おお、という事は、届け物の主はルディーン君じゃな」
「ええ。帰る前に私や伯爵にと、置いて行きましたわ」
しかしじゃな、ギルマスの話を聞いて合点がいった。
ルディーン君は本宅の位置を知らぬし、別館となるとちと遠い。
まぁ魔法で飛べば一瞬ではあるじゃろうが、今日村に帰ると言うのであれば、あそこから戻る時間を考えるとこの錬金術ギルドに預けると言うのはいい案であろう。
「して、その届け物と言うのは?」
「これですよ」
そう言ってギルマスがギルドのカウンターの上に置いたのは小さな樽。
「ふむ。樽という事は、食べ物か何かかのう?」
「ええ、中身はお酒との事ですよ」
ギルマスが聞いた話によると、今朝早く兄弟たちと森に赴いてベニオウの実を収穫し、それを大急ぎで酒に仕上げたとの話じゃ。
うむ。と言う事は、先日話しておった醸造スキルをもう身につけたという事か。
「魔法や錬金術もそうじゃが、あの子はどんなものでも素早く吸収し、自分のものにしてしまうのぉ」
「ええ。まだ幼く、何事も一番早く吸収する時期とは言え、ルディーン君の成長には毎回驚かされますわ」
わし同様、どうやらギルマスもルディーン君の成長速度には驚いておるようじゃが、その表情は明るい。
そしてかく言うわしも、彼の成果を思うと顔が緩んでしまうのを止められなんだ。
「まだ来たばかりじゃが、折角ルディーン君からの頂き物じゃからのぉ。今から館に戻り、早速頂くとするかな?」
「あら、いいですわね。それなら私も……と言いたいところですが、流石にそうはいきませんし。伯爵がうらやましいですわ」
日参しておるとは言え、わしはこのギルドで別に何かやらねばならぬことがある訳でない。
じゃからうらやましそうな目で見るギルマスを残して、わしはさっさと館に帰る事にしたのじゃ。
「あっ、そうそう。このお酒ですが、ルディーン君が言うには熟成スキルを使って品質をあげてあるそうですよ」
「ほう。では熟成スキルも?」
「ええ。彼が言うには教えてもらった方から発酵や醸造と同じようなスキルだから、それが使えるようなら簡単に覚えられると言われて、ついでに覚えたそうですわ」
わしは料理人のスキルについてよく知っておるわけではないが、ルディーン君にスキルを教えた者がそう言ったのであれば多分その通りなのであろう。
じゃがな、普通はその様な技術を一日で二つも三つも覚える事などできるはずはないからのぉ。
その者はよくぞ常識に捕らわれることなく教えたものじゃと、わしは心の中で一人感心する。
「ただ、昨日初めて使ったスキルだから、あまりうまくできてなかったらごめんなさいとも言っていたわ」
「それは仕方が無かろう。ポーション作りとて、初心者と熟練者とでは同じ等級のものでも効果に差が出るからな」
じゃがな、ルディーン君は初めて作ったポーションでも熟練者並みの効果があるものを作り出したからのぉ。
もしかするとこの酒も、予想以上に良い出来に仕上がっておるかもしれぬ。
そう思ったわしは従者を呼んで樽を持たせると、ほくほく顔で錬金術ギルドを後にしたのじゃ。
「わしもベニオウで作った酒を呑むのは初めてじゃから、ちと楽しみじゃわい」
館に帰ったわしは余計な邪魔が入らぬようにともろもろの雑務をこなした後、自室で一人、ルディーン君が造ったと言う酒をグラスに注いだ。
「ふむ。かなり甘い香りの酒じゃのぉ。しかしスキルでしっかり熟成されておるからか搾りたてのような強さはなく、かなりまろやかな香りじゃ」
わしは一通り香りを楽しむと、グラスに口を付けて一口含む。
「ん、何じゃこれは!?」
するとその瞬間、体温によって温められることによってより強調された芳醇な香りと、酒精がかなり強いにもかかわらず柔らかなその味わいに、わしは思わずこうつぶやいてしもうたのじゃ。
二代前のイーノックカウ領主であり、美食を身上とする孫を持つおかげで名酒と呼ばれるものをいろいろと口にしてきたが、そんなわしでも正直言ってこれほどの酒を味わった事は無い。
そのあまりの美味さに、一時ベニオウの実を酒にすればこれほどのものができるのかと驚いたのじゃが、次の瞬間わしはある事に思い至る。
「いや待て。これはルディーン君たちが朝、わざわざ森の奥まで採りに行って造ったと言っておったではないか。という事はもしや、魔力によって酒の品質が上がっておるのか!?」
魔物の肉は、魔力を含むことによって普通の獣の肉に比べると格段に上質な味わいを持つ。
という事はもしやこの酒にも同じことが言えるのではないかと思ったわしは、雇っておる食材専門の錬金術師を呼んで調べさせることにしたのじゃった。
「結論から申し上げますと、この酒がこれだけ美味になっているのは異常なまでの熟成によるものだと思われます」
子飼いの錬金術師からの返答に、わしは首をひねる。
と言うのも普通、酒というものは熟成をさせすぎるとかえって味が落ちると言うのが常識なのじゃから。
「待て。異常なまでの熟成と申すが、おぬしから見て年数にしてどれくらい寝かせればこの酒と同じだけの熟成がなされると言うのじゃ?」
「そうですね。少なくとも200年以上は必要とするのではないでしょうか」
これを聞いた瞬間、わしは軽いめまいを覚えた。
それはそうじゃろう。いくらなんでも200年と言うのは……。
「そんなバカな。この酒は蒸留酒ではなく、ルディーン君がスキルで作った醸造酒じゃぞ? 同じ醸造酒であるワインは、長期熟成が可能と思われるものでさえ100年も保存すれば呑めなくなると言うではないか」
「はい。それに関してですが、魔物の肉などの魔力を含む食材は普通のものより長期熟成に耐えられると言う研究結果が出ております。そこから考えますと、素材として使われたベニオウの実が魔力を吸収すると言う特性を持っていたおかげで、この長期熟成に耐えられる酒ができたのではないかと」
蒸留酒の中には長期の保存がきく物は確かにある。
じゃが原材料の成分がそのまま残されており、なおかつ酒になるための菌が生きておる醸造酒では熟成どころか貯蔵する事さえそんなに長くは不可能のはずなのじゃ。
しかしこの者が申すには、ベニオウの実に含まれておる魔力が持つ特性によってそれが可能になったのではないかとの事。
そしてもう一つ、この酒を調べておる間にまた別のある事実が判明したそうなのじゃ。
「この酒はスキルによって熟成されたとの事ですが、料理人が使うこのスキルでは本来、200年もの長期熟成をなす事はできないはずなのです」
「そうなのか?」
「はい。料理人に限らず、スキルというものはすべて魔力を消費します。ですが料理人は魔法使いなどのジョブもちと違って魔力強度は低いですし、保有魔力もあまり多くありません。ですから、おのずと込められる魔力量も少なくなってしまうのです」
魔法使いの場合、魔法を使えば狩りをするのに比べるとはるかに遅いペースであるとは言え、少しずつはそれによってレベルが上がっていく事が解っておる。
しかし料理人はと言うと、いくら料理を作ったとて腕は上がっても魔法使いのようにレベルが上がる事はない。
そのため、保有する魔力量がどうしても少なくなってしまうので、より多くの魔力を必要とするこのような長期間熟成をスキルで行う事はできぬらしいのじゃ。
「ですから、料理に使う食材である魔物を自ら狩りに行く。そんな特殊な料理人でもなければ、いくら魔力を含んだ素材で作った酒とは言え、これほどの熟成をなす事はできないでしょう」
この者の話によると、魔法に精通する者か、元々狩りなどで何かしらのジョブのレベルを上げたものでもなけれ到底魔力が足らぬらしい。
「なるほどのぉ。熟成と言うスキルは料理を極めねば使えぬと聞く。そしてそのような者は料理とは別に魔法まで極めようなどとは思わぬじゃろうから、その両方をこなすことができる者などこの帝国広しと言えど、ほとんどおらぬじゃろうなぁ」
この者はクラウンコッコの肉をルディーン君からお土産にもらった際、わしから彼の事を聞いて知っておったからのぉ。
だから魔法で狩りができるほどの魔力を持つルディーン君じゃからこそ、ここまでの熟成をこなせたのではないかと言う結論に至ったそうじゃ。
錬金術師を下がらせた後、わしはベニオウ酒を楽しみながら物思いにふける。
材料さえあればベニオウ酒を作り出せるものは帝都にもおるじゃろう。
じゃがこの酒に限定した場合、錬金術をこなす魔法使いが料理まで一流と呼ばれる程の腕を身につけねば作れぬとの事。
絶対におらぬとまでは言わぬが、そのような物好きを見つけるのはかなり難しいじゃろうから、現在のところ、この酒はルディーン君にしか作れぬと思った方がよいじゃろうな。
「しかし困った。この酒、もう孫に届けさせてしまったのじゃが……」
ベニオウの実はとても美味な果実ではあったが、この街の近くで採れるにもかかわらず今まで誰も酒にしたものはおらんかった。
じゃからこそわしは、美食を好む我が孫にも飲ませてやろうと樽の中から1本分だけビンに移して届けさせてしまったのじゃ。
「まぁ、なるようになるじゃろうて」
しかし、送ってしまったものは仕方があるまい。
先の事はまたその時考える事にしようと、わしはグラスを傾けるのじゃった。
そして数日後。
「お爺様! あれを一体どこで手に入れたのですか」
「おお、我が愛しの孫よ。どうしたのじゃ? そのように血相を変えて」
「どうしたではありません。先日届けて頂いた、あの酒の事です!」
わしからの贈り物とは言え、中身が酒精の強い酒であると伝えて置いたから忙しい我が孫は昨日の夜まで口にする事ができなんだらしい。
じゃが美味いものがあると聞けば遠くの地まで足を運ぶほどの美食家である我が孫じゃ、あの酒の味を知ってしまえば居てもたってもおられなんだのじゃろう。
本来は今日も政務で忙しいであろうに、時間を作ってわしの所に飛んできおったわい。
「おお、あれか。美味かったじゃろう。わしもな、あれほどの酒を口にするの初めてじゃった」
「確かにあれは美味かった……いや、そうではなく! お爺様はあの酒をどうやって手に入れたのですか!?」
なんとも予想通りの展開じゃのぉ。
そう思いながらわしは、あらかじめ考えて置いたとおりの返答を我が孫に返す。
「ふむ。実は先日、醸造と言う酒を作るスキルを持った者がこの街に訪れてだな、その時にベニオウの実を使って酒を作ったのじゃよ。ついでに言うと、その料理人が熟成までスキルで行ったおかげで、あれほどの味になったとわしの子飼いのものが申しておったぞ」
「なるほど。ではその料理人は今どこに?」
「もうおらぬよ。元々この街の者ではなく、ここには観光で訪れただけらしいからな。あの酒はめずらしい魔力を多く含んだベニオウの実があると知り、たまたまそれを手に入れた知り合いの料理人から譲り受けて造ったそうじゃ」
「という事はまさか……」
「うむ。残念ながら、次に手に入るのは何時になる事やら」
それを聞いて膝から崩れ落ちる我が愛しの孫。
その姿を見ると、ちと可哀そうにも思えるのじゃが……わしにとってルディーン君もまた、孫のように可愛い存在じゃからのぉ。
いかに我が孫とは言えど、いや我が孫だからこそ彼の事を教えるわけにはいかぬ。
教えてしまえばこやつの事じゃ、この酒を求めて村まで押し掛ける姿が目に浮かぶからな。
読んで頂いてありがとうございます。
と言う訳で、ロルフさん視点のお話でした。
雲のお菓子に続き、ベニオウのお酒も誰が作ったものか解らずもんもんとする領主様。
これが両方ともルディーン君が作ったものだと知れば、間違いなくグランリルの村まで飛んでいくでしょうね。
そしてそこで、アイスクリームやかき氷、それにプリンを発見して連れ帰ろうとするとw
うん。確かにロルフさんの言う通り知られちゃダメですね。
さて次回なのですが、今週末、急に出張が決まってしまいました。
週末の出張は別に珍しい事ではないので、このような場合はいつもあらかじめなんとか時間を作って次話も書いておくのですが、今回は急に決まったので書く時間がありません。
ですのですみませんが次回更新分はお休みさせていただき、次の更新は来週の金曜日になります。




