360 食べ物に入ってる魔力ってそんな効果もあるんだね
アマンダさんのおかげで発酵や醸造だけじゃなく、熟成のスキルまで覚えることができてめでたしめでたし……
「う~ん、でもこれはちょっと困ったわねぇ」
って僕は思ってたんだけど、どうやらそうじゃなかったみたい。
「どうしたの? アマンダさん」
「まさかこんな短時間で発酵や醸造、それに熟成まで身につけるなんて思ってなかったのよ。だから熟成の練習に必要なお肉を用意していないのよね」
お料理って、おんなじ物でも作る人によって美味しさが違うでしょ?
それとおんなじで、料理人が使うスキルはそれを使いこなせているかどうかで全然効果が違うそうなんだ。
だからね、覚えたばっかりの時は、ちゃんと使える人と一緒に何度か練習した方がいいんだって。
「うちはお菓子屋でしょ? だからパンやお菓子に使う材料ならいくらでもあるけど、流石にお肉までは置いてないのよ」
「そっか。熟成ってお肉をおいしくするスキルだもん。そのお肉が無かったら練習、できないね」
だけど練習しようにも、熟成をかけるお肉が無いとできないでしょ?
だからアマンダさんは困ってたんだ。
「あら、お肉なら露店に行けば売ってるじゃない。何なら、私が買ってきましょうか?」
でもね、そんな僕たちのお話を横で聞いてたルルモアさんが、無いなら買ってくればいいんじゃないの? って聞いてきたんだよね。
でもアマンダさんは、それじゃダメなんだよって。
「それがね、売っているものはすべて、すぐに食べられるようにある程度の熟成がすんでいるものばかりなのよ」
「ああ、そうか。普通の家庭では熟成なんてできるはずないものね」
さっき言ってた通り、お肉って狩ったばっかりのものはすっごく硬いし、そのまんまだとあんまりおいしくないんだって。
そんなのをお店で売っても、みんな買ってくれないでしょ?
だからお店に売ってるのは、お肉屋さんが仕入れたものをちゃんと熟成させてから並べてるそうなんだよね。
「それにたとえ落としてすぐのものが売っていたとしても、露店に並んでるものの殆どは調理しやすいようにスライスしてあるでしょ? 熟練者ならともかく、初心者がそんなものに熟成を使ったら、流石に食べられなくなってしまうわよ」
「そう言われればそうよね。でもなぁ、この時間じゃあギルドに戻っても、もう何も残っていないだろうし……」
お肉を自分で熟成をしたいんだったら、普通は冒険者ギルドに買いに行くんだって。
でもギルドで売り出されるお肉ってみんな、前の日に冒険者さんたちが納品したものでしょ?
そう言うのは普通の家畜のお肉よりも人気があるから、予約しておかないと朝のうちにイーノックカウのお肉屋さんやおっきな商会がみんな買ってっちゃうんだってさ。
「流石に、今から新しい肉を手に入れるのは無理でしょうね」
「ねぇ、アマンダさん。この店にあるもので、他に熟成が試せるものはないの?」
「あるにはあるんだけど……」
ルルモアさんから他になんかないのって聞かれて、困った顔しながらお母さんの方を見るアマンダさん。
「えっ! 私?」
そんなアマンダさんに、お母さんはびっくりしちゃったんだ。
そりゃそうだよね。
だってお母さんは今まで自分は熟成のお勉強と関係ないからって、ちょっと離れたところに座ってたんだもん。
「どうしたの、アマンダさん。お母さんがなんかした?」
「いいえ、そう言うわけじゃなくて……。あのね、今このお店にあるもので熟成を試せるものと言うと、お酒しかないのよ」
最初に熟成のお話をした時、これを覚えたらおいしいお酒が作れるようになるって言ったもんだから、うちの子に何をさせる気なの! ってお母さんに怒られたでしょ?
だからアマンダさんは、お酒でも熟成の練習ができるよってのを言い出せなかったみたい。
でもね、それを聞いたお母さんはちょっとあきれた顔をしたんだ。
「さっき私が怒ったのは、幼いルディーンにお酒を造らせようとしていたからよ。でも流石に、この子のためになるなら反対はしないわ」
「そっ、そうですよね」
それを聞いてほっとするアマンダさん。
と言う訳で僕は、お酒を使って熟成の練習をすることになったんだ。
「この二つはどちらもうちの店でお菓子に使っている蒸留酒でね、これは2年前に仕込まれた比較的新しいもので、そしてこっちは同じ果物から作られた10年前に仕込まれたものよ」
もう熟成のスキルは持ってるけど、練習をするならやっぱり見本はあった方がいいでしょ?
だからルルモアさんは、お店にあった二種類のお酒を持ってきてくれたんだ。
「ルディーン君は呑んじゃダメだけど、解析があるからこの違いは解るわよね?」
「うん。10年前に作ったやつの方が、アルコールと他のがしっかりと混ざってるみたい」
アマンダさんが用意してくれた二つのお酒を鑑定解析で調べてみたら、2年前のはアルコールと他のがバラバラって感じなのに、10年経ってる方はかなり混ざり合ってるみたいなんだよね。
それに、そのおかげでアルコールのにおいも弱くなって、お酒の香りがよくなってるって出たんだ。
「ええ、そうね。食材専門の錬金術師さんたちはその状態の事を、アルコールに水がまとわりついて角が取れた状態だと言っていたわ」
蒸留酒はね、作ったばっかりだとアルコールの味ばっかりしておいしくないんだって。
蒸留酒を熟成させるってのは、そのアルコールを水や他の材料ときちんと混ぜることでトゲトゲした味を取っちゃっておいしくする事を言うらしいんだよね。
「さっきはおんなじって言ってたけど、パンの生地を膨らませるのとは違うんだね」
「う~ん。あれはどちらかと言うとお酒と言うよりお肉の熟成に近いのよね。でも、おいしくすると言う意味では同じでしょ?」
アマンダさんはね、せっかくお母さんがお酒で熟成の練習をしてもいいよって言ってくれたんだから、どうせなら全然違う蒸留酒でやってみた方がいいんじゃないかな? って思ったんだってさ。
「例えばワインだと熟成に酵母が関係してくるからある意味お肉の熟成と似てるけど、蒸留酒はお酒の成分自体が変化して行くからね。せっかくやるなら同じような熟成をするものばかりで練習するより、違う効果が出るもので練習した方がいいでしょ?」
「違うのに、おんなじなの?」
「そうらしいわ。私もこの技術を覚える時、同じように思って聞いてみた事があるのよ。だけど、正直難しすぎて説明を聞いても良く理解できなかったのよね。でもまぁ、どちらも熟成には違いないからこの技術を使えばおいしくなるとだけ覚えておけばいいと言われてからは、何も考えずに使うようになったわ」
要はこのスキル、食材がおいしくなる効果の中で熟成と名の付く物なら全部有効みたいなんだよね。
だから難しく考えないで、そういうものなんだよって思って使えばいいんだってさ。
「それじゃあ、ルディーン君。これを使って、こっちの2年物くらい熟成させてみて」
「えっ? これってさっき作った強い方のベニオウのお酒だよね? 蒸留酒ってやつじゃないけど、いいの?」
「大丈夫よ。これはワインと同じ醸造酒だけど、アルコール度数はそこにある蒸留酒よりも強いもの。蒸留酒を見本に熟成させれば、同じような効果が出るはずよ」
この場合、自然に熟成させるとワインとおんなじようになっちゃうけど、スキルを使うと思ったように熟成させることができるんだって。
だから気にしないでとりあえずやってみてって、アマンダさんは言うんだよね。
「うん、解った! じゃあ、やってみるね」
と言う訳で、早速挑戦。
失敗しないようにもういっぺん2年物の蒸留酒を調べてから、実とか皮が入ったまんまのベニオウのお酒に熟成スキルを使ったんだ。
でね、それを鑑定解析してみると、ちゃんと見本の蒸留酒とおんなじくらいの混ざりぐわいになってたんだよね。
「アマンダさん、うまくできたよ!」
「そう? なら、ちょっと見せてもらえるかな?」
アマンダさんはそう言うと、ちょこっとだけ木のさじで掬ってパクリ。
「うん。まだちょっときついけど、さっきよりは味が滑らかになってるわね。それじゃあ、ルディーン君。今度はこちらの10年物くらいまで熟成を進めてくれる?」
「うん!」
どうやら成功していたみたいでひと安心。
と言う訳で、今度はもう一個の蒸留酒くらいになれ~って思いながら熟成を使ってみたんだ。
そしたらね、今度は何も言わずにアマンダさんがまた木のさじでベニオウの実のお酒を掬ってパクリ。
「凄いわね、このお酒。10年もの並みに熟成させたのに、香りはフレッシュなままだわ」
どうやら熟成はちゃんと成功してたみたいで、アマンダさんはすっごく美味しくなってるわよって僕に笑いかけてくれたんだ。
「そんなにおいしいの? 私も一口貰うわね」
そんなアマンダさんを見て自分も飲みたくなったのか、ルルモアさんも木のさじで掬ってパクリ。
「あらホント。果実酒は長期間寝かせるとまろやかになる代わりに香りが少し弱くなるんだけど、これは全くそんな感じが無いわね」
「ええ。それなのにアルコール臭さは殆どなくなっているから、すごく呑みやすくなってるわ」
お酒の種類によっては、あんまり長い間熟成させるとおいしくなくなっちゃうものもあるんだって。
でもこのベニオウのお酒は、10年くらい熟成させても全然大丈夫なんだってさ。
「さて、後はどれくらいまでこのお酒が熟成に耐えられるかね」
「えっ? これをさらに熟成させるつもりなの?」
「ええ。商品開発と言うのならこれでいいんだけど、今日はルディーン君の練習が目的ですもの。長期の熟成に耐えられるお酒なんてそう簡単に手に入らないのだから、いい機会だしルディーン君には思いっきりやってもらおうかと」
長い間の熟成に耐えられるお酒ってね、買うとすっごく高いんだってさ。
だから普通はこんな実験、やろうと思ってもできないそうなんだよ?
でもこのベニオウのお酒は僕が作ったやつだから、お勉強のために使っちゃおうってアマンダさんは言うんだ。
「なるほど。ルディーン君にとっては、今の限界を知るのも勉強だからね」
「あっ、でもこのまま全部使ってしまうのはちょっともったいないから、小分けにした分を少しだけね」
とは言ってもせっかくおいしいお酒なのに、僕が力いっぱい熟成スキルを使って全部ダメになっちゃったら困るよね。
だからアマンダさんはベニオウのお酒が入った器からちょこっとだけ小皿に移して、僕の前に置いたんだ。
「さぁ、ルディーン君。今日最後のお勉強よ。今、君ができる全力でこのお酒を熟成させてみて」
「うん! 僕、やってみるね」
アマンダさんはね、これは実験だから失敗してもいいんだよって。
だから僕は今できる全力で、目の前の小皿に入ったベニオウのお酒を熟成させたんだ。
「なにこれ? こんな凄いお酒、今までに呑んだことないんだけど」
「流石に、これは予想していなかったわ」
そしたらね、いろんなとこでおいしいものを食べてるはずのルルモアさんでさえ飲んだことないほど、すっごく美味しいお酒ができちゃってみたいなんだよね。
でもね、流石にこれはおかしいってアマンダさんは言うんだ。
「ルディーン君は10年ほどの熟成も使えてたんだから、本来なら呑めなくなるとまでは言わないけど全力で熟成させたら多少は味の劣化があるはずなのに」
「う~ん。一度しっかりと調べなければはっきりとは言えないけど、もしかするとベニオウの実に含まれている魔力によって過熟成のマイナス面が取り除かれているのかもしれないわね」
ルルモアさんが言うにはね、魔物のお肉みたいに魔力がいっぱい入ってる素材を使うと、本当だったらダメになるくらい熟成が進んでも魔力が悪くなるのを防ぐからどんどんおいしくなるんだって。
「ちょっと待ってください、ルルモアさん。という事は、このベニオウ酒って……」
「魔力溜まりにより近い場所に生えた木から取れた実ですもの。普通のものよりはるかに多くの魔力を含んでいるでしょうから、熟成をよりうまく使える料理人が手を加えれば、この世のものとは思えないほどの極上のお酒になるでしょうね」
このお酒に使ったベニオウの実は、普通のと違っていっぱい魔力を吸っておっきくなってるでしょ?
だから熟成させすぎると、ほんとだったら香りが無くなっちゃったり発酵のし過ぎで酸っぱくなったりして飲めなくなるはずなんだけど、魔力を多く含んでたおかげでこんな風においしくなったんじゃないかな? って、ルルモアさんは言うんだ。
う~ん。でも、なんかしんないけどすっごく美味しいお酒が作れるようになっちゃったみたいだし、だったらそれを聞いたお父さんはきっと大喜びするよね。
そう思った僕は、後でお父さんにいっぱい作ってあげるんだって、心の中でふんすと気合を入れたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
極上酒爆誕!
でもまぁ今回はルディーン君の手柄と言うより、森の奥から採ってきたベニオウの実のおかげって感じですけどね。
しかし実際にとんでもないお酒が発見されたのは事実ですし、今のところこれの材料であるベニオウの実を採りに行けるのはカールフェルト一家(ルディーン君必須)のみ!
その上熟成はともかく、他に醸造が使える料理人がイーノックカウにいるかどうかが解らない状態なので、今のところこのお酒を造ろうと思ったらルディーン君に頼るしかないんだよなぁw




