357 果物のお酒なら別に失敗してもいいんだってさ
「ルルモアさん。戦うためのスキルのお話、もう終わらせても大丈夫ですか?」
「えっ? ああ、ごめんなさいアマンダさん。ルディーン君のスキル習得を中断させてしまって」
僕が攻撃スキルを何にも持ってないって聞いてぐでーってなっちゃったルルモアさんに、アマンダさんがもうお話は終わった? って聞いたんだよ。
そしたらさ、ルルモアさんはすぐにガバッ! て起き上がって、お勉強の邪魔してごめんなさいって言ったんだ。
「いえ、さっきまでの話からするとルディーン君はもう発酵と醸造をものにしたようだし、後は本人の努力で精度を上げていくしかないからそれについてはいいんですけど……」
でもね、そんなルルモアさんにアマンダさんはそのお勉強は終わったから大丈夫だよって言って、それから今度は僕の方を見て、
「でもルディーン君が発酵と醸造を使えるようになったと言うのなら、一つお願いしたい事があるのよ。後、せっかくだからもう一つの技術の話もしておきたいのよね」
発酵スキルは一応使えるようになったみたいだからそのお話はもういいんだけど、でもね、それだったら一つ頼みたい事があるんだよって言うんだよね。
「頼みたい事?」
「ええ。実はね、ある果物のお酒を造って欲しいのよ」
アマンダさんはそう言うと、部屋の隅に置いてある魔道冷蔵庫から何かが入った器を持ってきたんだ。
「これって、ベニオウの実?」
「ええ、あなたのお母さんとお姉さんたちが持ってきてくれた、ベニオウの実よ」
そう、アマンダさんが持ってきたのは、すぐに食べられるように皮をむいて一口大に切ってあるベニオウの実だったんだよね。
って事はさ、このベニオウの実をお酒にしてって事?
そう思った僕は聞いてみることにしたんだ。
「アマンダさん、これをお酒にするの?」
「ええ。このベニオウの実は普通のものよりもはるかに良い香りがするでしょ。だからこれを材料にすれば、焼き菓子に合う最高のお酒が出来上がると思うのよ」
アマンダさんはね、昨日お母さんたちが持ってきたベニオウの実を一目見て、その香りにすっごくびっくりしたんだって。
でね、その時にこれでお酒を造ったらすっごくいいにおいのお酒ができるんじゃないかなぁって思ったそうなんだ。
でも、このベニオウの実ってすっごく悪くなりやすいでしょ?
だから発酵が使える料理人さんのいる街まで持ってくのは無理だからって、お酒にするのをあきらめてたんだってさ。
「だからこれも本当は、ルディーン君が将来醸造を使いこなせるようになったらこれと同じベニオウの実でお酒を造ってねって言うために用意しておいたものなのよ」
このベニオウの実は、お勉強の後に頑張ったご褒美としてみんなで食べるつもりだったみたいなんだけど、僕が発酵と醸造のスキルを覚えちゃったでしょ?
それなら折角だし、このベニオウの実でお酒を造って欲しいなぁって。
「このベニオウの実は森の奥地に行かないと採れないって話だから、次にルディーン君たちが来た時に手に入るとは限らないでしょ? だからおねがい! これを使ってしまっても勉強を頑張ったご褒美の代わりはちゃんと別のお菓子を用意するから、お酒にしてもらえないかな?」
「うん、いいよ。あっ、でも僕、ベニオウで作ったお酒がどんなのか知らないよ?」
次来た時にあるかどうか解んないから作ってってお願いされたもんだから、僕はすぐにいいよって答えたんだ。
でもね、ブドウのしぼり汁をワインにした時と違って、今回は見本になるお酒が無いでしょ?
だから僕、うまくできないかも? って言ったんだよ。
そしたらアマンダさんは笑いながら、そんな心配はしなくてもいいよって。
「あら、それは大丈夫よ。これはそのまま呑むわけじゃなく、甘くて良い香りがするお酒にして欲しいだけだからアルコール度数なんて関係ないもの」
最初にブドウのしぼり汁をお酒にした時も、調べたら糖分はちゃんとアルコールになってたけど、香りの方は変になってなかったから失敗じゃないんだ。
何でかって言うと、そういうお酒は何年か置いとくとその内にアルコールのきつさが抜けて美味しいお酒になるからなんだって。
それとおんなじで、このベニオウの実に醸造スキルを使っても多分香りはあんまり変わんないだろうから、アルコールがきつすぎちゃうかもなんて心配はしなくてもいいらしいんだ。
「それにね、ちゃんとワインが作れたって事は、中の糖分を全部アルコールにしてしまわなくても途中で止められたって事でしょ? なら今回も同じようにやってみればいいんじゃないかしら?」
「そっか。最初みたいにアルコールになれーって思いながらやらなくてもいいんだもんね」
そう言えば確かに、全部がアルコールになっちゃう前に醸造スキルをやめればいいんだっけ。
そりゃあ、どれくらいで止めたらいいのかなんて解んないから最初は失敗しちゃうかもしれないけど、何度かやればどれくらいが一番おいしいかもきっと解るよね?
「それにね、そのまま呑むのには強すぎるお酒になってしまっても、今すぐそれを何とかする手段がないわけじゃないのよ?」
「そんなのがあるの?」
「ええ。それに関してはまた後で教えるから、今はとりあえず、ちょっと強めのお酒にするくらいのつもりでやってちょうだい」
果物のお酒って、アルコールが弱すぎるとお菓子にする時に使いにくいんだって。
だから普通には飲めないくらい強くってもいいからねって、アマンダさんに頼まれちゃった。
「うん、解った! あっ、でもアマンダさん。美味しいのを作るんだったら、皮がついてるまんまでやった方がいいんじゃないの?」
「えっ、皮つきで? 確かに赤ワインを作る時はブドウの皮も種も取らずに発酵させるって話だけど、ベニオウの実もやっぱり皮や実をつけたままの方がいいって事?」
「ううん。このベニオウの実はね、普通のと違って皮つきで食べた方がおいしいんだよ」
この話を聞いたアマンダさんは、それってホントなの? ってすっごくびっくりしたんだよ。
それでね、何でそんな事を知ってるのかって聞いてきたもんだから、僕はルルモアさんがそのまま食べてたからだよって教えてあげたんだ。
でもね、そしたら今度はそれを聞いたルルモアさんがびっくりしたお顔になっちゃった。
「えっ! 私?」
「うん。冒険者ギルドに持ってった時、皮をむかずに食べちゃったでしょ? ルルモアさんはおいしいのをいっぱい知ってるんだよってみんなが言ってたから、きっとそれが一番おいしい食べ方なんだねって僕、思ったんだ」
「ルルモアさん。そんな事があったんですか?」
「えっと……」
アマンダさんにほんと? って聞かれたルルモアさんは、困ったような顔しながらその時のお話をしてくれたんだ。
「あのベニオウの実を初めて見せてもらった時、あまりの薄さに持った瞬間に皮がやぶれてしまったのよ。だから、この皮をむくのは大変だぞって思ってしまって、思わずガブリと」
「あきれた。そんな事をして、もし皮が口の中に残ってしまったら吐き出さなければいけなくなるんですよ?」
「ええ、そうなんだけど、これだけ薄かったらきっとそのまま食べられるんじゃないかなって思って……」
そう言いながら、ルルモアさんの声はだんだん小さくなっていっちゃったんだ。
でも、そっか。
ルルモアさんは別に、あの食べ方が一番おいしいって思ったから皮ごと食べたんじゃなかったんだね。
「そっか! でもね、ルルモアさんが皮ごと食べてくれたもんだから、一緒に食べた方がおいしいって解ったんだよ」
「そうなの? ルディーン君」
「うん! そうだよ」
僕はね、錬金術ギルドで調べたら皮の方にいっぱい魔力が入ってる事が解ったんだよってルルモアさんたちに教えてあげたんだ。
「そう。魔物だけじゃなく、果物にも魔力を含んで味がよくなるものがあったのね」
「だからね、森の奥にあるベニオウの実の一番おいしい食べ方が解ったのはルルモアさんのおかげなんだ」
僕はそう言うと、採ってきたベニオウの実がおいしく食べられるのは、ぜ~んぶルルモアさんのおかげだねって笑ったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
ハンスお父さんとの会話でも出てきましたが、アマンダさんはいろいろな果物でお酒を造れたらいいなぁって思っていたんですよね。
そこでルディーン君が醸造スキルを習得してしまった上に、普段ではまず手に入らないであろう魔力を多く含んだベニオウの実まで手元にあったので、思わずお酒を造って欲しいと頼んでしまいました。
でもまぁ、その気持ちは解らないでもないですよね。目の前に人参をぶら下げられて走らない馬はいませんから。
それにルディーン君だって、今から作るお酒を使って別のスキルを教えてもらうのですからwinwinの関係と言えない事もないですしね。




