350 やっぱりお芋からでもお酒は作れるんだってさ
「ねぇ、アマンダさん。ここでお勉強するの?」
「う~ん、そうねぇ。今回の話はちょっと専門的なものになってしまうから、ルディーン君のお姉さんたちは一緒に聞いていても退屈しちゃうかもしれないわね」
僕たちがみんなで来たもんだから、とりあえずこの部屋を使ったんだよってさっき言ってたでしょ?
でも今日来たのはお勉強のためだから、このままここでお話をするとお姉ちゃんたちはつまんないかもしれないねって、アマンダさんは言うんだ。
だからね、とりあえず僕とお母さん、それにルルモアさんだけが別のお部屋に行って、他のみんなにはここでお菓子を食べながら待ってもらったらいいんじゃないかなぁ? だって。
「いや、できたら俺も一緒に行って話を聞きたいんだけど」
「何を言ってるのよ、ハンス。あなたはどうせ、お酒が作れるかどうかが知りたいだけでしょ?」
ところがそこでお父さんが、自分も一緒のお勉強するお部屋に行きたいって言い出したんだよね。
でも、それを聞いたお母さんはもうカンカン。
僕のお勉強の邪魔はしないでって言ってたでしょ! ってお父さんは怒られちゃったんだ。
「お酒ですか?」
ところが、その話を聞いてたアマンダさんがお酒って言葉に反応したもんだから、お父さんは大喜びでそのまま質問を始めちゃったんだよね。
「ええ。そこにいるルルモアさんから、今日ルディーンが教えてもらう技術を使えば酒を作れるようになると聞いたもので。それでですね、本当に芋から酒が作れるようになるんですか?」
「ちょっと、ハンス!」
だからお母さんは慌てて止めようとしたんだけど、その前にアマンダさんが質問に答え始めちゃったんだ。
「えっとですね、確かに今日ルディーン君にお話しするスキルを使えば、お酒を造る事が出来ます。ただ麦やブドウからではなく、芋から造るとなると少し特殊な作業が必要となりますが」
「特殊な方法、ですか?」
「ええ。実を言うと芋だけでお酒を造る事は、このスキルを使ってもできないのです」
この状況を見てたルルモアさんが僕たちに教えてくれたんだけど、アマンダさんってお料理やそれに関するお話をするのが大好きなんだって。
だからこんな風に一度話始めちゃうと、これが終わるまでは止めようとしても無理みたい。
「ルディーン君には、錬金術ギルドにいるお爺さんと同じようなものと言えば解りやすいかな?」
「ロルフさんと?」
そう言えばロルフさんも気になる事があると考えこんじゃって、僕たちが呼んでも全然気付いてくれなくなっちゃうんだ。
そっか、アマンダさんもそれとおんなじなんだね。
なら止めようとしても無駄だねって事で、僕たちはアマンダさんの気がすむまで、そのままお話が終わるのを待つことにしたんだ。
「そもそも、麦やブドウからお酒が造れるのは、この二つが糖化というものを起こしやすいという性質があるからなんですよ」
お酒ってさ、アルコールってのが入ってるでしょ?
これって、材料の中に入ってる糖ってのが発酵してできるんだって。
でね、麦やブドウからはその糖ってのを簡単に作れるんだけど、お芋さんはそのままだと作れないんだってさ。
「ですから、まずは麦を発芽させて麦芽を作り、それを煮て糖化させるための元となる酵母液を作ってから、そこに蒸した芋を入れて糖化させる必要があるんです」
「なるほど。酒の元を作るって事ですね?」
「ええ。そしてここからが、ルディーン君が今日お勉強する発酵の出番なのです」
さっきアマンダさんが言った方法だけでも、本当はお酒を造る事はできるんだって。
でもね、それには作る場所とか材料の温度とかをしっかり気を付けてあげないと、お酒になる前に腐っちゃう事が多いそうなんだ。
だけど発酵させるスキルを使えば、何処で作っても腐らずにちゃんとお酒に変わってくれるんだってさ。
「このスキルを使用すると発酵に必要な菌や酵母だけが材料に働き、さらに腐敗させる要素を取り除く効果があるのです。なのでこのスキル持ちが作れば、どんな環境でもアルコールに変える事ができるのですよ」
「おお! それじゃあ、ルディーンがその技術を手に入れれば、色々なものから簡単に酒を作り出せるようになるんですね?」
「いえ、実を言うとそう簡単な話ではありません。なにせ、材料によってはそのままお酒として飲むには適さないものも多いですから」
あのね、発酵のスキルを使うと糖ってのにできる成分が入ってるのならどんなものでもアルコールにする事はできるそうなんだよ?
だけど、だからと言ってできたお酒が全部美味しいわけじゃないんだって。
例えば芋からお酒を造ると、雑味が強すぎてそれを布とかでこしてもダメらしいんだ。
それにね、芋はブドウとかに比べると糖になるものがちょびっとしか入ってないから、ワインやエールに比べて発酵させてもアルコールが弱いみたいなんだよね。
だから美味しいお酒を造ろうと持ったら、発酵させたものをさらに別の道具を使って蒸留ってのをしなきゃいけないんだってさ。
「なるほど。芋では蒸留酒しか作れないのか」
「ええ。ですから、芋などからお酒を作る事はできますが、そう簡単ではないと言う訳です」
それを聞いたお父さんはしょんぼりしちゃったんだよね。
でもね、そんなお父さんにアマンダさんは、そんなにがっかりしなくても大丈夫ですよって。
「確かに道具をそろえるのは大変ですが、そんなに大規模に作るのでなければ蒸留そのものはそれほど難しいものではありません。それに芋にこだわらないのであれば、発酵スキルによるお酒の製造自体はそれほど難しいものではありませんから」
「そうなのか?」
「ええ。ブドウに限らず、糖が多く含まれている果物であれば露店でも簡単に手に入ります。そして酵母ができにくくて普通ならアルコール発酵をさせるのが難しい果物でも、このスキルを使えば簡単にお酒にする事が出来ますからね」
お酒ってさ、糖ってのがアルコールに変わってできるんだよってさっき言ってたよね?
この糖ってのは甘い果物ほどいっぱい入ってるから、そう言うのからだったらスキルを使う事でお酒を造る事ができるんだってさ。
「普通、甘い果物ほど腐りやすいのでお酒にするのは難しいのですが、このスキルを使えば腐敗を防げますからね。ですからいろいろな果物の香りがするお酒を造る事が可能なのです」
実を言うとね、アマンダさんが僕に発酵のスキルの事を教えようって思ったのは、いろんな果物からお酒を造って欲しかったからなんだって。
何でかって言うと、いろんな香りのお酒があれば、それだけいろんなお菓子が作れるかららしいんだ。
「例えば、昨日持ってきてもらったベニオウの実です。あれはとても良い香りがしますが、腐りやすいので普通なら絶対にお酒にする事ができません。でもこのスキルを使えばお酒にする事ができるし、それを蒸留すればあの甘い香りがさらに強くなりますもの。ああ、そのお酒を使えばどれほど美味しいお菓子が出来上がる事でしょう」
そう言いながら、うっとりするアマンダさん。
そっか。そう言えばお菓子って、お酒を入れて作るものもあったっけ。
特に乾燥フルーツを入れたスポンジケーキなんかは、甘い香りのお酒を入れたらきっとすっごく美味しくなるはずだもん。
アマンダさんがベニオウの実のお酒が欲しいって思う気持ち、僕も解るなぁ。
「それにですね、このスキルとは別に、料理人には熟成と言うスキルも存在するのです」
「熟成、ですか?」
「ええ。これは主に肉などにかけて味を良くする為のスキルなのですが、蒸留酒に使えば飲み口をまろやかにしたり、香りを際立たせたりすることができるのです」
この熟成ってスキルはね、発酵よりもずっと簡単に覚えられるんだって。
だから発酵のスキルを覚えるくらい料理や錬金術の腕が上がれば、僕にだってきっと使えるようになるはずだよってアマンダさんは言うんだよね。
それに実はこのスキル、アマンダさんも使えるそうなんだよ。
だからもし僕が発酵させるスキルしか覚えられなかったとしても、それから熟成を覚えるまでの間はアマンダさんが代わりにスキルを使ってくれるから大丈夫なんだってさ。
「後々、ルディーン君が発酵のスキルを身に付けたらまたいらしてください。その時はどんな果物がお酒に向いているかの研究のお手伝いをしますし、もしまだ使えないようなら私が熟成のスキルも伝授しますから」
「はい。その時には必ず」
そう言ってお父さんとアマンダさんは、にっこり笑い合いながら握手をしたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
前回は移動だけで終わり、今回は酒造りの話で1話終わってしまいました。まぁ、そうは言ってもこれは想定していたことなんですけどね。
なにせアマンダさんはロルフさんとはまた違ったタイプの探究者で、こと料理関係の研究となれば夢中になるタイプなので。
これに関してはルディーン君たちが初めてお店に行った時に、パンケーキの正しい作り方だけでなく、ひたすら新しいレシピを聞き出し続けたのを見ても解りますよね。
それに本文にもある通り、そもそもアマンダさんがルディーン君に発酵を覚えさせたい理由がこの酒造りなのですから、もしハンスお父さんからこの話が出なかったとしてもきっと彼女からこの話を切り出し、その有用性を力説していた事でしょう。
お菓子に使えると言うのであれば、ルディーン君だってきっとお酒を作ろうと思うはずですからね。
ただこれを知ったお父さんが、冒険者ギルドのギルマスと一緒に何とかしてルディーン君に自分たちが呑む為のお酒を造らせようとする未来が目に浮かぶのが、少々不安ではありますがw




