345 これって覚えるのがすっごく難しいんだって
ここでロルフさんが声を掛けてくるなんて全然思ってなかったもんだから、僕、びっくりしたんだよね。
だってさ、ロルフさんはベーキングパウダーもどきの使い方を話してた時にお料理の事は全然解んないって言ってたもん。
だから柔らかいパンを作るスキルなんかに興味を持つなんて思わなかったんだ。
「ロルフさん、どうかなさいまして?」
「おお、ギルマス。いやな、カールフェルト夫人が気になる事を口にしたから、それを確かめようと思ってのぉ」
「気になる事、ですか?」
「うむ。どうやらルディーン君が、柔らかいパンを作る料理人のスキルを教えてもらいに行くそうなんじゃ」
「まぁ」
それに、バーリマンさんまでこの話に興味を持ったみたいなんだよね。
でもさ、確かバーリマンさんも料理人さんにご飯を作ってもらってるはずだから、そんなスキルなんて関係ないよね?
だから僕、何でなのかなぁ? って思ったから聞いてみたんだよ。
「ねぇ、ロルフさん。柔らかいパン、食べたいの?」
「ん? おお、確かに先ほどわしらが話しておった内容だけ聞くと、そう思ってしまっても仕方が無いのぉ。じゃが、少し違うのじゃよ」
「ええ。私やロルフさんがこの話に興味を持ったのは、柔らかいパンを作る料理人のスキル、その性質ゆえになのよ」
よく解んないけど、この言い方からするとロルフさんもバーリマンさんも、どうやら料理人さんが柔らかいパンを作る時に使うって言うスキルの事を知ってるみたいなんだ。
「ルディーン君。錬金術には大まかに分けて4つの重要な技術があるのじゃが、覚えておるかの?」
「えっと。確か、分解、抽出、結合、付与だよね?」
「うむ。一応解析などの補助的なものもあるが、おおむねその通りじゃ。ではこの中で一番難しいのは何だと思う?」
「抽出だよ。だって、前にロルフさんがそう言ってたもん」
「うむ、正解じゃ。よく覚えておったのぉ」
ロルフさんが急に錬金術の事を話し始めたけど、これは僕が明日アマンダさんに教えてもらう発酵とかができるようになるスキルに関係してるからなんだって。
「実はな、先ほどカールフェルト夫人の口から出た柔らかいパンを作るスキル、これはその抽出を必要とするスキルなんじゃよ」
このスキルって料理人と錬金術、両方の一般職を持ってないと覚える事ができないって話だったでしょ。
そのうち、錬金術の方は4つの重要な技術の中でも一番難しい抽出ができるようにならないとダメなんだってさ。
「話によると、柔らかなパンを作るためには空気中に漂っている菌と呼ばれるものが必要でな、抽出はそれを集めるために使われるそうなのじゃよ」
「そしてそれをパン生地に混ぜて、良く練る事で普通のパンよりも柔らかく仕上げる事ができるそうですわ」
そう言えばパンを発酵させるにはイースト菌ってのがいるって、前の世界で見てたオヒルナンデスヨでやってたっけ。
って事は、そのイースト菌ってやつも空気中にあるのかなぁ?
ロルフさんたちのお話を聞きながら僕はそんな事を考えてたんだけど、次に言われたことを聞いた僕はびっくりする事になるんだよね。
「このように錬金術の高い技術を必要とするにもかかわらずじゃ、実を言うとこの技術は錬金術師ではなく料理人が覚えるスキル系統に分類されておるのじゃよ」
「料理人さんの? って事は、錬金術師さんが抽出を使えるようになるより、もっと難しい事ができる料理人さんじゃないと覚えられないって事なの?」
「うむ。それもただ使えるようになるだけでなく、抽出を使いこなせねばならぬらしい。じゃからの、この技術を使える者はこの国でもあまり多くはない。少なくともわしが知る錬金術師には一人もおらぬな」
錬金術って、まず魔力を動かせるようになる練習をしないと一番簡単な事さえできないんだよね。
それにね、僕はすぐできちゃったからそんなに大変だとは思わなかったんだけど、それができるようになってからも普通は抽出が使えるようになるまでにはいっぱい練習をしないとダメなんだって。
「長年錬金術師として働いておるものでも、抽出を使いこなせておるものはごく一部。それを考えると、いかにこの技術を習得するのが難しいかが解るじゃろ?」
「だからね、ルディーン君がもしかしたらこの技術を手に入れる事ができると、そのアマンダって言う菓子職人が判断した事に私たちはとても驚いているのよ」
そっか。料理人の一般職を持ってる人でも、錬金術の抽出を使いこなすのとおんなじくらい難しい技術を持ってる人はあんまりいないと思うんだよね。
でもこれが錬金術じゃなく料理人のスキルって事は、そんなのよりもっと難しい事ができる人じゃないと使えないって事だもん。
そう考えると、アマンダさんが何で僕なら使えるようになるかも? なんて思ったのか、解んないよね。
「ただルディーン君の場合、抽出は間違いなく使いこなしていると言っていいレベルなのよねぇ」
「そうなの?」
「うむ。それに関しては間違いない。抽出と言う技術はな、解析をいかにうまく使えるかによってその練度が決まるのじゃよ」
抽出はね、まず解析を使って取り出すものを特定しないとダメなんだよ。
でも物によってはしっかり交じり合っちゃって、解析じゃ指定するのが難しいものがあるんだよね。
それが僕の場合は解析の上位スキルである鑑定解析が使えるもんだから、そこに含まれているものなら何でも抽出できるんだよね。
「君は解析の上位スキルである鑑定解析が使えて、その上髪や肌のポーションまで作れるのですもの。錬金術師としても技術は、間違いなく発酵を使うスキルのレベルに達していると思うわよ」
「うむ。それは間違いないじゃろうな」
ロルフさんたちはね、これが錬金術の技術なら、どんなに難しいものでもがんばれば間違いなく使えるようになるって言ってくれたんだよ。
でもね、これが料理人となるとどうかなぁ? って二人とも頭をこてんって倒すんだよね。
「料理人は長い修行を経て、初めて一流と呼ばれるようになると言う話じゃからのぉ」
「ええ。それに鑑定解析のようなスキルがあるとも聞きませんし、色々な事で驚かせてくれるルディーン君でも、今の段階でその技術を覚える事が出来るとは、正直思えないですわよね」
有名な料理人さんはみんな、長い間修行してるもんね。
なのに僕がそんなスキルを覚えられるなんて、普通は考えられないよね。
「あら、そんな勘違いをしてたのね」
ところが、そんな僕たちの話を聞いてたお母さんが、ふふふって笑いながらこう言ったんだ。
「アマンダさんは別に、ルディーンが使えるようになるなんて思っていないみたいですよ」
「使えるようにならないじゃと? 本当にそう考えているのなら、何故そのスキルを伝授しようとしておるのじゃ?」
「そこが間違ってるんですよ。私が聞いた話では、アマンダさんも柔らかいパンを作れるわけじゃないらしいですもの」
これには、ロルフさんもバーリマンさんも頭にはてなマークをいっぱい浮かべたんだよね。
だって話だけ聞いてると、自分でできない事を僕に教えようとしてるみたいに聞こえるもん。
でもそんなロルフさんたちに、お母さんはこう言ったんだ。
「アマンダさんはただ、自分では習得するのは無理だったけどルディーンならいつかは使えるようになるかもしれないから、知り合いから写させてもらったその技術を習得するために必要な資料を見せてくれるそうなんです。そして将来的にもしルディーンがこの技術を習得できた時には、それをどうやって使ったらいいのかも一緒に教えてくれるつもりらしいですよ」
読んで頂いてありがとうございます。
発酵と醸造のスキル、実を言うと使えるようになるにはこの世界の人たちからするとかなり高いハードルがあります。
料理人の一般職を得るには普通、かなり若い内から修業しなければ到達できないようなレベルの技術を必要とします。なのでこのスキルを使えるレベルまで料理人としての腕を上げる事ができた人が、また新たに抽出を使いこなせるほど錬金術の修練を積むのは難しいんですよね。
そしてそれは錬金術師も同じで、抽出を使いこなせるようになるまでの時間を考えると、そこから更に料理人の一般職を得るのはほぼ不可能と言っていいんですよね。
それも、錬金術における抽出が使えるようになるよりも、さらに高い技術を必要と言う話なのですから、ロルフさんたちがいかなルディーン君でもこれを習得できるなんて、などと考えてしまうんですよ。
でもなぁ、相手が自称チートがもらえなかったルディーン君ですからねぇ(苦笑)




